プロローグ
子供の頃の夢を見ていた。
確かあれは6歳の頃で、お母様のお友達のお茶会に付いていって、退屈になって庭で遊んでいたら子犬がいて。
ビスケットをあげたら、尻尾を振って喜んでくれた。
そこに同い年くらいの、天使みたいな綺麗な男の子がやってきて、子犬の前にしゃがんだ。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、優しく子犬の頭に手をあてて、軽く撫でて。
男の子の指が子犬の首を軽く掻いたら、子犬は気持ちよさそうに小さく鳴いた。
「こんな一時の、しかもこんな少ない餌で尻尾を振って喜ぶのか。
僕に警戒もせずに撫でられて、無防備に急所を晒すのか。
確かに素直で可愛いが、子犬とは、とことん、つまらない生き物だな」
「なっ!」
私の中で、天使は似非天使に格下げされた。
カールのかかったキラキラ金髪だろうが、零れ落ちそうな大きな上質のエメラルドの瞳だろうが、白磁の肌に薔薇色の頬だろうが、柔らかそうな子供特有の輪郭だろうが、そんなのは関係ない。中身が大問題だ。
声が聞こえない距離ならば、美少年が子犬を愛でてるようにしか見えないだろう。
だが、その、子供特有の高めの声で告げられるのは、子犬に対する酷評。
見てるだけでも癒し、モフモフを撫でたら至福、そんな子犬に向かってなんて事を言うのだ!
いけない、怒鳴っちゃ。怒鳴り声は説得力を持たないってお父様が教えてくれた。
私は反論するべく、まずは精一杯似非天使を睨み付けた。
*****
目が覚めたら自分の部屋。
懐かしくも嫌な夢を見てしまった。
原因はわかってる。
寝台から体を起こして、確かめるように手を頭にのせる。
……この感触は夢じゃない。
立ち上がって姿見の前へ。
映っているのは自分の顔なのに、違和感があるようで、そのくせ納得できるような、奇妙な状態だ。
父親譲りの明るい茶色の髪は背中の中程まであるストレートロング。
アーモンド形な、やや釣り気味の目は、母方の祖母譲りの、光加減で金色に見える琥珀色。
通った鼻筋と、やや薄めの唇、すっきりとした輪郭線。
その形は綺麗に左右対称で、歪みが無い。
頭の上部にあるのは、髪と同色の獣耳。
人族としての耳もあるのに、獣耳も同時に存在している。
それはとても違和感があるはずなのに、違和感が無い。
そして狐の獣耳は、ややキツ目の顔立ちと茶色系の色彩に、とてもとても馴染んでいた。
私、公爵令嬢フェリシア・ユトロの頭には狐の耳が、そして腰には狐の尻尾が生えている………
夏期休業中で学園から戻っている王都実家においての突発事故。
原因は現在調査中である。
ちなみに狐の尻尾の先は、ほんわりと白い。