ショタゾンビ
ある日、ゾンビウイルスがひそかに拡散した。人知れずこっそりと。でもそのウイルスは、生物の抗体に弱く、さらに空気中でも長く生きられなかった。なので、みんな気がつかず生活していた。僕も久しぶりの秋風を車椅子で楽しんでいた。そんなとき
「かはっ!!」
急に肺がジリジリと焼け付くように痛みだし、苦痛に目を閉じ、両手で胸を押さえた。両手からジトッとした手の湿り気と爆発しそうな心臓の鼓動が伝わってきた。体を膝に埋め、痛みが引いて行くのを待つ。
「はあ」
胸の痛みはなんとか治まり、力を入れていた瞼をゆっくりと開けた。そして流れるように足元をすり抜けていくアスファルトの凹凸を目にした。
「!!」
ここは坂になっていたのだ。僕はなんとか車椅子を止めようとブレーキを掛けた。そんなとき、両端の建物がスパッと途切れた。そして僕の左からトラックが走って来た。
嫌だ、死ぬのは嫌だ!!こんなところで消えちゃうなんて!!僕は・・・
頭に、ベッドに座っている少女の姿が浮かんだ。
「僕は・・・。」
音は遮断されたようになかった。体が空中を移動していく。目の前を車椅子のフレームや靴、汗ばんだ手の平が放物線を描きながら飛んで行く。体が地面に落ちると日の光を浴びたアスファルトがまるで包んでくれたみたいに暖かかった。
ここはどこだろう。何も感じない。辺りは真っ暗で宙にふわふわ浮いている感じ。でも、いつもより視野が広いというか、体を動かす感覚がない。どうやら魂のようなものになってしまったようだ。
そんなとき、頭の中に声が聞こえてきた。
「私を受け入れてくれてありがとう。」
すると、白いパジャマを着たあのベッドに座っていた少女が現れた。どうしてこんなところに。
「あなたの最も強いイメージをお借りしました。あなたのこれからを伝えるために。」
「僕の、これから・・・?」
「ええ、ご存知の通り、あなたは死にました。しかし、あなたは事故の原因であるゾンビウイルスによって、これからも現世で暮らすことができます。では、私からこれだけ渡しておきます。」
すると少女の手から、何か光に包まれたものがこちらにきた。それが合図になったのか、周りの真っ暗なものが僕の周りに絡み付いてくる。溺れたときみたいに身動きが取れない。
「待って、君は本当は誰なの?」
少女はニッコリと笑うと、
「いずれわかりますよ。」
とだけ言った。少女の姿は黒く塗り潰され、僕は新しい、木の臭いのする硬い床に仰向けになっていた。光は全くなく、右手を動かすと床と同じ感触が伝わってくる。僕は左手に力が入らなかったから、右手に力を入れて目の前の板をこじ開けた。すると隙間から土が入ってきた。土を掻き分けながら上を目指して這い出して来るときは、蝉の幼虫はこんな感じで出てくるのかな?と思った。ほぼ右手だけで上にいくと、辺りは月明かりで照らされていた。とりあえず街灯の下まで・・・足にも力が入らない。僕はほふくぜんしんのように明かりの側に寄った。光の円に体が入ると、僕は、振り返って左手と足を見た。すると、アニメだとモザイクや自粛のテロップが入るような断面が照らされていた。もちろんモザイクなどはない。どうやらトラックによってだめになったしまったようだ。肌の色も心無しか青白くなったいる。
僕は街灯の柱に寄り掛かると、これからどうしようか考えた。
そういえば、少女に何かもらった気がしたんだけど・・・
『針、ピアノ線、大きなペンチ』
・・・え~と、これは? 考えた末にこの三つの使い道は・・・
まず、ほふくぜんしんで他のお墓に行き、棺桶に通じる穴を掘る。すごい罰当たりなことをしているが・・・本当にゴメンなさい。棺桶の箱をペンチで壊すと、棺桶の中の遺体を引きずり出した。ペンチで左手と両足を切断する。・・・本当に罰当たりだ。右手だけだとすごい切りにくかった。ピアノ線もペンチで切って、針の穴に・・・すごくやりにくそう。なんとか穴に線を通すと腕を地面において、腕を縫った。これもまたやりにくかった。上半周はしたけど、後半周はどうすればいいんだろう?すると、道の先から人が歩いて来た。助けてもらおうとも思ったが、この姿ではまずい。でも、隠れる時間も・・・
「っ!」
見つかった!はっ早く逃げないと・・・すると目の前に赤いかわいらしい靴が見えた。
「お前、ここで何をしている。」
と言われても・・・
「え~と・・・腕を縫っていました。」
こうとしか言い返せない。
「・・・本当にいたんだ。」
「えっ?」
靴と同じ赤い服の女の子は急に僕に抱き着いて来た。えっ~?!ちょっ、は?ふぇ?何?へ?え?
「あっ~ひんやりしていて気持ちイイ。」
はい~?
「このグロテスクな傷口も・・・は~たまらん。」
嫌~!!見ないで~!!
「はぁはぁ。ねえ、私に縫わせてよ!その他にもいろいろと・・・ぐふふふふ。」
こっ怖い、あと絶対いろいろの方がメインだ!!
「ねえ、いいでしょ。まずはお腹に切り込みを入れて内臓を出すところからしましょう!そのあと脳みそを鼻から出して・・・」
ぎゃ~!!いろいろとアウトな発言してる!!もう腕関係ないし!!
「ふふふ、大腸、小腸、胃、肝臓、膵臓・・・」くるくるくるくる ぎゅっぎゅっぎゅっ
やめて!!内臓の名前言いながら包帯で縛るの!!
ちょっと?!ハサミをチョキチョキ言わせながらこっちに近づいて来ないで!!うっ動けない!!嫌!!そんな!!お腹に銀色を刃先が飲み込まれ・・・ぷしゅ~
僕は目を覚ました。上から電球がUFOのように光っている。すごく嫌な夢を見た。なんであんな夢を見たんだろう? でも、なんかお腹空いたな~。お腹がスースーすr・・・
「あっ、おはよう。」
そこには、夢に居た赤い服の女の子と、同じぐらい赤い物が詰まったビニール袋。そしてペッタンコになった僕のお腹が見えた。
通りで空腹のはずだ。っていうかまさに文字通りのことになってるよ!!
「ちょっと待ってね、いま綺麗にしてあげるから。」
そう言って女の子は僕のお腹に握ったタオルを入れて内側を拭き始めた。
「うぎぃ!」
お腹を中がうごめく感触と、タオルのさらさら感がなんとも言えない気色悪さを作り出していた。
「かはっ、うげっ、も、もういいから。これ以上は・・・」
「えっ、そう?」
すると女の子は僕のお腹から赤くなったタオルを引きずり出した。
「くはっ!! ハァ、ハァ、ハァ、もう許して。」
「え~ まだ脳みそ取り出してない。」
「いや、脳みそはアウト!あと心臓も!」
「まあ、心臓はいいよ。取る気ないから。・・・で(脳みそは)ダメ?」
「ダメ!絶対ダメ!!というか脳みそ取られたら死ぬでしょ!!」
「もう死んでるくせに。」
「そーだったー! ってどっちみちあげないよ!!」
「ちぇ~ 脳みそ抜いて樹脂流し込もうと思ったのに・・・」
断っておいてよかった。
「で、僕お腹空いてるから何か食べたいんだけど。」
「えっと、木くずにする?布にする?それとも~砂?」
「なんでそういうチョイスになるの!というか内臓返してよ。元々僕のなんだから!」
それに内臓ないと消化・・・できるのかな?
「いいけど、そのかわり脳みそを・・・じゅるり。」
「うっ、脳みそは渡せない。」
「じゃあ返さない。」
う~ 元々僕のなのに・・・
「まあまあ、いまからいいのあげるから。」
「・・・いいのって?」
嫌な予感しかしない。
「頭に容れる予定だった樹脂。」
「却下がふっ。」
僕の口に漏斗のようなものが突き刺さり、包帯で固定された。
「ちょっと待ってね、いまお腹の傷口縫ってあげるから。お前の針と糸借りるね。」
お腹の傷口があっという間にふさがる。
「さあ、たあんとお食べ。」
と言って、一斗缶の中の白い液体を口に繋がった漏斗に流し込み始めた。漏斗の隙間から白い液体が口から漏れたり、咳込んで辺りに散ったりしながら、僕のお腹を膨らませていく。
「そろそろいいかな。」
すると女の子は樹脂を注ぐのをやめて、漏斗を取り外した。
「ぶはっ!!ゲホッ、ゲホッ、かはっ。」
「どう?おいしかった?」
「口の中はベタベタで、味は最悪。食べ過ぎみたいに苦しいし、お腹はたぽたぽ・・・って何飲ませてるの!!」
「いや~ いろいろ考えてみたんだけどこれが一番かなと思って。お腹一杯になった?」
「なったけど、うえっ、きぼぢわるい・・・」
「あ~、気持ち悪いところ申し訳ないけど、いまのお前めちゃくちゃエロいことになってるぞ!」
「うえっ?」
自分の身体を見ると、飛び散った白い樹脂で身体中がベタベタになっていた。これじゃまるで・・・
「きゃ~~~!!」
「う~ん これはこれで良かったのかな~」
「良くなーい!!」
僕は、タオルを掴むと、ベタベタを拭い取った。口もベタベタだったので、口の周りも・・・タオルが赤く染まっている。これって・・・
「うん。お前のお腹の中を拭いたタオルだな。」
もう一度身体を見ると、白い樹脂の変わりに、赤い跡が付いていた。これは・・・
「うえっ。」
また吐き気が混み上がってきた。そんななか、ハァ、ハァ、という興奮した息が鳴っていた。嫌々、息の張本人の方を見ると、目をギラギラさせながらこちらを向いていた。
「ハァ、ハァ、血、血まみれのゾンビ・・・ハァ、ハァ、いい!!すごくいい!!」
興奮することそこ?! やばい!!見た目がやばい!!
「血まみれのゾンビ・・・ウフッ。」
「ギャーーーーーー。」
ごそごそという物音と、小鳥の鳴き声の交響曲を聞いて目が覚めた。すごくホコリっぽい空気で、昨日の棺桶のような狭いところだ。でも棺桶と違うのは、右から太陽の光が射していることだ。僕は光に向かってまたも右手でほふくぜんしんする。ホコリ臭い陰から這い出し、外の様子を確認しようとすると、
「キャー!!」
えっ!何?! と思った瞬間、右目に、尖った銀色のものが瞳孔を貫通していた。左目は、頬をあの靴のように赤くした、下着姿の女の子を写していた。
「ごめん。ついとっさに刺しちゃって。しばらくこれ付けといて。」
と言って、ガーゼの付いた眼帯を渡してきた。少し迷って、その眼帯を受け取って付けてみた。
「いいじゃない。似合ってる。そして、ゾンビ感がすごく上がったような・・・ハァ、ハァ。」
・・・やっぱりわざと刺したんじゃないだろうか?そんなことを考えながら、女の子を睨んでいると、
「さあ、お前の左腕、早く縫い付けよ。お前もそのままじゃ気持ち悪いだろ。」
僕は自分の左腕を見ると、半分だけ縫い付けられた腕がだらしなく糸で繋がっていた。そういえばまだ途中だったんだっけ。
「縫ってあげるよ。縫いにくそうだし。 ついに念願のゾンビの傷縫いシーン。しかも私が縫ってあげられるなんて!!」
あまり触って欲しくなかったが、腕だけは縫えないので、手伝ってもらうことにした。
「こんなにぐちゃぐちゃで大丈夫?」
傷口は相変わらずモザイクがいるようだ。
「まだ付けたことがないからわからない。」
「へ~そうなの。(パチン)これでよし。我ながらいい感じに縫えた。どう?動く?」
左手を握ったり閉じたりしてみる。どうやら大丈夫のようだ。
「大丈夫そうね。じゃあ、足も・・・ハァ、ハァ。」
「いや、もう自分でするよ。左手も治ったし。」
これ以上触れられたくないというのが八割なんだけどね。
「う~ん、足から縫えばよかった。でもゾンビが自分の傷口を縫うのもなかなか・・・エヘヘヘ。」
もうどんな姿でもいいんじゃないかなと思った。でも、僕の太股に他の人の足を縫い付けるのは・・・って、僕は太股の付け根に下着一着しか着ていない。しかも、うえもなんにも着ていない。ということは・・・
「キャー!!」
僕は下着を見られないように手で覆ったが、なんで僕は下着一枚に・・・
「いや~ 内臓取り出すのに邪魔だったからさあ、脱がせちゃった。」
「エエー それじゃあその時からずっと裸同然?!うう~ もう死にたい。」
「だからもう死んでるって。いいじゃん下着見られたぐらい。」
同じく下着を見られて僕の目を刺した人に言われたくない。
「とっ、とりあえず何か着るもの。なんでもいいから!」
「ちょっと待ってね。えっと、これがいいかな。はいどうぞ。」
僕は黒っぽい服をもらうと、急いで服を着る。
「あれ?ズボンは?このままだと下がスースーするんだけど。」
「えっ、それワンピースよ。ズボンなんて穿くわけないでしょ。」
僕は着た服をもう一度見ると、たしかに黒いフリルが僕の足を覆っていた。
「ちょっと!!僕を着せ替え人形みたいにしないでよ。他の服にしてよ。」
僕は男の子なんだから、女の子と服はちょっと・・・
「え~ いいと思ったのに。じゃあ、私とおそろいの赤?それとも肌と同じ白?私ワンピースしか持っていないから、色だけ教えて?」
「・・・もういいです。」
僕は、床にうつぶせになると、受け入れがたい現実から目を逸らした。
窓から差し込む赤い光が床一面を照らしている。どうやら夕方まで寝てしまったようだ。
「ただいまー。」
女の子の声がして真っすぐこちらに向かってくる足音がしてきた。ドアノブが捻られるとドアを蹴開けて入ってきた。
「ねえ、散歩しよ。お前も歩いてみたいでしょ?」
そういえば歩くなんていつぶりだろう。前の僕の足じゃ歩けなかったけど、この足なら・・・
「うん、行こう。」
僕の足の裏がしっかりと体重を支え、二本の足で立つことができた。女の子が手を伸ばして来た。
「行こう。」
僕はその手を握り、部屋を後にした。
今、僕は念願だった散歩をしている。でも俯いて、前の女の子の背中にピッタリくっついて歩いている。
「いや~ ゴメンゴメン。さすがにその格好のままはまずかったかな?」
そう、僕は寄りによって黒いワンピースを着て散歩をしてしまったのだ。久しぶりの散歩が、こんな冒険になるとは・・・
「あっ、もうすぐ公園だよ。」
どうやら公園が目的地だったらしい。早く帰りたい。大きな噴水の前に来ると、妙に真剣な顔で、こちらに向き直して。
「ねえ、私と結婚してくれない。」
どうだったでしょうか。ぜひ評価等々お待ちしております。この作品はゾンビ画像を見て、衝動書きしたものです。次は人形ものを書こうかな、と思っております。