風鈴の夢
透き通る闇を裂いて、ちりちりと風鈴が鳴く。
一枚の硝子で隔てられた窓の向こう。遠く、彼方で揺れるそれが、何故か怖かった。
これも透き通るように細い指の間から、零れる紅い光。
ああ。そういえば、今日は、満月だったかもしれない。
くいっと体を伸ばして窓辺に向かうと、ちりちり、と、また何処かで鈴が鳴った。
――濁った、紅色の月。ずっと昔にお母様が呉れた、古ぼけた紅入れの貝殻のよう。
瓦斯灯さえ灯らない暗い空は、手が届きそうで、それなのにとても遠い。
私と、空との境目。それは、ただ一枚きりの硝子板。
「壊れろ」
それを聞きつけたのか。また、彼が笑った。
「大丈夫、君は壊せる。君は自由なんだ、さあ。こっちにおいで」
にんまりと、月が笑う。
「嘘吐き」
何時も通り、私は素っ気なく呟いて、月に背を向ける。
希望なんて、そんなの、全部嘘。それを知っているのに、私は、彼を無視する事はしない。
――月は、鏡なのだと。昔、私にそう言い聞かせたのは誰だったか。
月は鏡。私を映す、一枚きりの鏡。
だとすれば、月が囁く淡い希望は……私の、望みなのか。
「ほら。出ておいで」
部屋が、隅のほうから溶け始める。暖めた蝋細工か砂糖菓子のように、どろどろと崩れ、流れていく。
それでも、私は、首を横に振った。
天井が雨みたいに滴ってきて、月が揺れる。
遥か彼方で、闇空が滲んでいた。何時もと同じ、紅い月。
それは、回っては消える、朽ち果ての夢……。
月を題材とした掌編小説で、「風船の夜」と対になる作品です。
月よりほかに知る人もなし、とでも申しましょうか。
決して、力を持たない訳ではないのです。ただ、その力は、見たくない物。
所詮は籠の鳥……。外に出れば、耐えられぬことなど解っている。
だから、自由など……そんな物、別に、欲しくはない。
この作品は、そんな想いから生まれています。
また少し違った想いを込めた「風船の夜」と、併せてご覧になっていただければ幸いです。