婆娑羅戦争
さて、冬場の休戦中とはいえ二人は弓馬の鍛錬を怠らず、馬場や射場で稽古に励んだ。
「秀郷公以来の武名に恥じるものであってはならぬぞ」
手取り足取り指導を受ける氏政は、
――何だか佐々木殿は父上みたいだな。
亡き秀朝に申し訳ないと思いつつも、この烏帽子親を本当の父親のように慕ってしまう。
――だけど、もうちょっと趣味が地味だとよいのだけど。
訓練用の馬にまで金覆輪の鞍をつける導誉であった。
また教養高い彼は、流刑中だというのに茶や香の道具を京から取り寄せて氏政に仕込んだ。
もっとも彼の作法は、抹茶は大きな器にあふれんばかりに淹れ、香は小火と間違うくらいに大量に焚く、といった過物である。
――このあたりは、割り引いて学んだ方が良いのだろうな。
氏政なりに考えるのである。
年を越し、いよいよ戦闘の季節が近付く。
城内には冬の間、蓄えられた兵たちの英気が漲っていた。
戦の拵えのため人々が慌ただしく行き交い、活気付く鷲城。だが、それは祇園城とて同じであろう。
高まり行く緊張の中に、ため込んでいた気張りの放出先を見つけ、謳歌しようと。
合戦の日、氏政は導誉の軍団を一目見て度肝を抜かれた。
導誉の本拠は近江であるが、関東にも数多くの所領を持つ。宮方の目をかいくぐって、各地から集めた手勢は三百騎。それは良いのだが、問題は彼らの出で立ちであった。
紫・萌葱の春めいた鎧・胴丸の若党らは、太刀の代わりに梅の一枝を手にし、兜の前立てにも梅の枝を差していた。
――いったい、なぜこんな格好を・・・・・・
導誉は言う。
「梅は花の兄と呼ばれ、百花に魁けて咲く。ちょうど季節の頃合いも好し、合戦の先駆けにもかけてある。うまいものだろう」
すっかりご満悦のようすである。
「惜しむらくは梅に鴬というに、彼の鳥を揃えられなかったことだ」
京を出たころに持たせた三百羽は山に返された。鴬も戦場にまで連れて行かれたら、さぞ迷惑だったことだろう。
導誉の軍団は味方だけではなく、敵の軍勢の常識をも脅かした。
「佐渡の判官、導誉だ!」
「あの婆娑羅大名が鷲城方にいる!」
その存在だけで敵勢を浮き足立たせた。
「それ今だっ! 行けぇい」
導誉は陣鼓を叩かせ、花の先駆け隊を敵軍に突入させた。
若党らは梅の枝を一斉に放り上げると、太刀に持ち替え、敵陣に駆け入った。
兜の梅は彼らの動きに合わせて花びらを散りこぼす。
花の軍団は武者埃ならぬ、梅の香と花吹雪を舞い上がらせながら、太刀を振るった。
「天晴れ、美哉! どうだっ。かような合戦をそなたは見たことがあるか?」
導誉は会心の笑みを氏政に送る。
出鼻を挫かれ、調子を狂わせた祇園城の軍勢は挽回する機会を失い、兵を撤退させた。
――こういう勝ち方もあるのか。
自分に到底真似できるものではないけれど。
勢いに乗じた鷲城方は、後の合戦でも優位に立った。
朝氏らを祇園城に包囲し、籠城させ、糧道を断つ。相手の援軍を追い返し、投降者を多数受け容れる。
祇園城の陥落まで、あと一押し―――
というところで、導誉は手勢をまとめ、京への帰り支度を始めた。
「田舎暮らしには飽きたな。俺は将軍家のもとへ帰る」
軍勢ごと下野小山を引き払ったのだ。
「もう少しで祇園城を陥落させられるところでございましたのに」
「随分といい加減な方だ」
家臣たちは口々に導誉の非を訴えたが、それを氏政は取りなした。
「手足をもがれ、裸も同然の祇園城を煮るなり焼くなり好きにしろ、とのことだよ。むしろ合戦の一番の旨味を譲ってくれたんだ」
実際祇園城勢はもはや敵ではない。そこまで追い詰めたのは導誉あっての結果だ。
そう烏帽子親をかばう氏政に、家臣らは主人の成長を感じていた。以前なら家来(主に野崎)に何か注意されても、ぐずぐずと泣き言をこぼすくらいが関の山であったのに。
家臣に堂々と物を言い、かつ皆をまとめようとする。気持ちに余裕さえある。
――入道殿の影響か。
野崎は思った。
しかし、それは当初からの彼の目論見であった。この城で最も弱い存在でありながら、権威の拠り所として御輿に担がれる氏政に、領主としての真の成長は見込められなかった。
その克服のため、父親のように偉大で屈強な存在をそばに据えること。
氏政を養育するなかで、己れでは与えられないものを導誉ならば与えてくれるだろうと。
故に、彼の滞在中は、氏政の近侍を控えていた。
――自分の選択は間違えていなかった。
野崎は、その成果を間近に見、満足げにうなずいた。
氏政は勝利を目前にしながら、朝氏へ和睦を提案する。
「同じ父母から生まれた兄弟同士、互いに血を流すことは止めましょう」
しかし祇園城からは何の音沙汰もない。
――五郎の叔父上だな。
朝氏をそそのかして担ぎ上げた責任は彼にあり、鎌倉から制裁として生命や領地を奪われる恐れがある。その上、吉野には妻子を残しているのだ。おいそれと降伏はできまい。
「でも、無理強いして反撃されても仕方がない。しばらくようすをみよう」
敵方を放置する。
勝者の余裕である。