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犬鏡外伝 Side By Side ―双璧―  作者: 奥瀬
第一部 お兄ちゃんとぼくのバサラ戦争
7/13

お兄ちゃんとぼくのバサラ戦争

 小山兄弟合戦の前哨戦となる曲輪(くるわ)焼き討ちの件は、北朝方の高師冬、南朝方の北畠親房、双方に伝えられた。

 下野・下総・常陸、三国の国境付近では、ちょうど師冬が南朝に与する各城を攻略していた時期である。


 師冬は親房を、親房は師冬を、小山分裂の策動者として疑い、相手を罵った。

「あの(じじい)っ、公家のくせに武将気どりか、随分と思い切ったことをする!」

「公家を公家と思わぬ高一族め、せっかくの宮方の団結をふいにするつもりか!」

 関東の名門小山氏がどちらに付くかで、東国の趨勢を決するといっても過言ではない。


 師冬の最終目標は、親房の在する常陸小田城。

 むしろ援軍を期待していた両者にあって、小山氏が不和を起こしたことは、敵の策謀としか思えず、己れらの勢力争いが起こした分裂作用とは考えもしない。

 互いに正面の敵に手一杯のなか、うかつに軍勢は動かせず。結局、小山を放置する他なかった両者である。 


 これに、

「小山の問題は小山で片をつけろということか」

 祇園城の秀政・宗秀、鷲城の野崎らの大人たちは、同じようなことを考えたが、それも当然である。さらに敵同士にありながら、不安定要素は最小限に抑えようという、師冬・親房の阿吽の呼吸が見て取れた。

「ならば、我々の力だけで決着をつけてやる」

 闘志を燃やさせたのは皮肉であった。


 だが、皮肉はまだある。曲輪焼失により、両城の勢力が相手への凝望を亢進させたこと、そして最大の皮肉が、双方の大将たる朝氏・今犬丸が全く戦闘を望んでいなかったことだ。

 ――ねぇ、どうして、兄上と戦わなくてはいけないの? このまま鷲城と祇園城とで住み分けていればいいのに。兄上だって、きっとそう思っているよ。

 口にこそ出さないが、今犬丸は周囲の大人たちに心の中で問いかける。

 彼の胸の内を知り得たのは、最もそばにいた野崎だったが、

 ――先の戦いの最後に武将らしい成長を見せられたが、あれは何かの間違いだったか。また子どもじみたことを考えられている。

 と、うち捨てられた。


 大人たちの闘争心を駆り立てているのは、敗北への原初的な恐怖である。

 敗者として領地を奪われること。

 家門を支える土地を失っては一族家臣が路頭に迷う。その先にあるのは野垂れ死にである。彼らが命懸けで戦うのは当然のことだった。己れ一人の命と家族の生活を引き替えにするのだから。

 当然、『己が暮らしを危ぶませる敵』に向ける視線は険しい。

 敵の城に増員が何騎あった、大量の食糧が運びこまれた、味方の田畑が狼藉された等々、相手の動向が逐一報告される度に、二党に別れた小山家は互いが鏡となって、恐れと憎しみを増幅させた。

 合戦は不可避。

 そのくせ、一族同士の争いは後にしこりを残すと、互いに初手を出すことをためらった。戦いの気運を高めるだけ高めて、そのきっかけが掴めぬまま、無駄に日を送る。

――大人って、なんでこうなんだろう。

 今犬丸は呆れる。だが彼にできることは何もなかった。

 大人たちは、

「このままでは兵が退屈し、士気に関わる」

 と、状況打開のため、両城の間で使者が行き交った。

 休戦?

 そうではない。

「――祇園城と相談の上、明後日の卯の刻に矢合わせを行います」

 矢合わせ!

 野崎から伝えられた今犬丸は唖然となった。

「古式に則り、正々堂々と決着をつけるべしと。抜け駆け、不意打ちは禁じると相成りました」

 源平時代の再現。 

 いや、()の時代とて、必ずしも『古式に則って』いたわけではなかろうに。

 それを臆面もなく。

 今犬丸は大人たちの欺瞞に腹を立てた。

「何が正々堂々とだ! 使者を交わすことができたのなら、和睦の道でも探ればいいのに!」

 今度ばかりは言葉にして投げた。

 そんな主人に野崎は、

「大人の世界は複雑なのですよ。面目や体裁。この期に及んで、合戦の回避など郎等に示しが付きませんから」

 あっさりと答える。

 高まった闘志のはけ口を失った兵は、暴動や離反の恐れがあると言うが、なおのこと呆れる。今ある平和を引き替えにするほどのものなのか。

「大人はみんな馬鹿だ。なんで、ぼくはこんな馬鹿者たちにつき合わなくちゃいけないんだ!」

 今犬丸の暴言に、

「その通りですよ。だから早く馬鹿な大人の世界に馴れてください」

 野崎に遠慮はない。


 意に染まらぬ合戦の当日、今犬丸は泣きながら具足を付けさせていた。

「戦さになんていくものか」

 本当はそう言いたいが、最近芽生え始めた何かの意地がそれを押しとどめた。

 けれど、身体の反応は正直で、目から落ちる涙を留めることはできない。自分が情けなくて、その情けなさにいっそう涙があふれ出る。

 鞍上に尻をすえると、言葉が堰を切った。

「矢合わせなんて、いったいいつの時代だよ。どうせなら大将同士の一騎打ちで決着を付ければ良いんだ。兄上と私で、生き残った方に皆付いていけばいいんだ!」

 心にもないことを口にする。

 怒り泣きする姿は、全く子どもの駄々。

 野崎は相手にせず、

「大将自ら一騎打ちを申し出るとは心強い。きっと兵らの士気も鼓舞されることでしょう。全軍に知らせましょうか」

 むしろからかいの口調で返される。

 ――大人ってずるい。

 どうして子どもの言葉をきちんと受け取ってくれないのだろう。大切なことをすり替えてしまうのだろう。

 今犬丸は野崎を睨みつけたが、彼は素知らぬ顔で主の後に馬を進めた。


 ひゅるるるる―――

 気の抜けた鏑矢の音が幾度か行き交うと、一転。

 儀式めいた開戦の合図から、徐々に緊迫の濃度が高まる。 

 鷲城と祇園城の中間地点。

 最前線では、敵味方、次々と大量の矢が射かけられる。

 遮るもののない荒野を見わたす今犬丸は、馬に跨ったまま必死で背伸びをした。兄の姿を見たい一心で。しかし敵陣の奥にある帷幕まではさすがに遠い。

「もう十分でしょう。幕内にお入り下さい。殿は大将なのですから、もっと戦場の全体を見渡してください」

 野崎に促されて、今犬丸はしぶしぶ重臣らのいる帷幕に収まる。


 台地の上とはいえ、多少の高低差はある。本陣は、その鷲城側最高地点に置かれていた。床几(しょうぎ)に座ったままでも、確かに野崎のいうとおり戦場の全体を見渡せる。

 北方の山々を屏風に、人馬がたてる土埃が渦巻く。地響きがこちらまで届きそうだ。

「絶対兄上に手をかけるようなことをしないで、生け捕りにするんだよ」

「当然ですよ」

「良かった。それを聞くと安心するよ」

 ほっと胸をなで下ろす今犬丸の仕草。

 二人とも勝利を前提としての会話である。

 この自信は、祇園城の間者がもたらした情報に由来する。野崎は小山家分裂の際、朝氏側に下った郎等の中に手の者を紛れ込ませていた。

 相手方の弱みは、朝氏の叔父秀政と藤井宗秀の不仲。

 吉野朝廷との政治的距離、朝氏との血縁的距離、実戦経験、官職・位階、そういったものが軋みを生んだのだ。

 秀政と宗秀の軋轢は、戦場にまで持ち込まれるらしい。

「我々は勝ちますよ」

 もっとも、半分以上は今犬丸から恐怖心を取り除くための方便であり、それは彼自身も十分承知だ。 

「双璧―― 有力な後ろ盾が二人もいらっしゃって、あちらを羨ましくも思いましたが、似たような立場の者が二つ並ぶ、というのはよくないものですね」


 祇園城勢の前陣は、一気に勝負を決しようと言わんばかりに、錐のごとく鋭い陣形で鷲城勢を攻撃する。しかし、後陣との足並みが揃っていない。逸る前陣に対して、後陣がもたついている。

 その間、鷲城勢は、素早く敵を両側(りょうそく)から挟み込むように展開した。

 騎馬が敵兵を追い散らし、浮き足だった軍勢へ歩兵が集団で斬り込む。

 食い入るように戦闘の最前線を凝視していた今犬丸は、

「全体を見渡してください」 

 野崎の言葉を思い出して、視線を上げた。 

 敵の後陣は、劣勢に追い込まれる前陣を助けに行くでもない。

 傍観。まるで味方を見殺しにするかのように。

 今犬丸は勝利を確信した。

 祇園城勢の後陣は勝機がないことを悟ると、手勢をまとめて撤退していく。

 ――まだ合戦は続いているというのに。

 敵ながら退守に徹する姿はあまり良い気がしない。

――野崎から甘いって言われてしまうかな。

「全体を見渡してください」

 また彼の言葉を思い出す。

 ――そうだ。全体を見なければならないんだ。

 この合戦のことだけを言うのではない。祇園城勢は次回どう攻撃してくるか、味方はどう対応すべきか。時間の向こうを見据えるのだ。


 勝敗は巳の刻(午後十時)までに決着した。

 鷲城勢は勝利の上、敵から多くの首を奪った。

「これから一通り、主立った部将から軍忠の報告があります。十分にねぎらってください。併せて、敵将の首実検もありますので、心支度のほどを」

「首実検・・・・・・」

 絶句する今犬丸の耳元に野崎は顔を寄せた。

「お心を強く持たれてください。四郎さまは九つのころよりこなしていましたよ」

 またも兄のことを持ち出され、今犬丸は覚悟を決めた。

 野崎は主から少し離れると、

「お喜びください。兜首の中には藤井殿のものもあります」

 高らかに宣言した。

 帷幕の中がどっと沸く。

「本戦が始まったばかりだと言うのに、これは幸先の良い」

 皆が喜び返るなか、今犬丸の瞳は沈んだ。

 藤井とは一二度挨拶を交わした程度だったが、見知った者の首なのだ。自分が耐えられるかどうか不安になる。  

 果たして、部将から差し出された藤井の頭部、その下にあるべき胴を失った物体は正視に耐えるものではなかった。

 血と泥で汚れた首を水に晒したのか、濡れた髪が頬に張りついている。白過ぎる顔の色は人形めいて、それでいて半開きになった口から除く歯の一本一本の黄ばみ具合が、作り物でない、本物の生首であることを示していた。

 顔を背けそうになる今犬丸に、野崎が囁く。

「重畳、と一言おっしゃってください」

「・・・・・・重畳」

 平伏する部将へ、吐き気を堪えての(さん)

 馬廻りの一人が、恩賞は追って沙汰をするとして下がらせた。

 部将が帷幕の外へ消えたのを見届けた野崎は、余人に聞こえぬよう今犬丸の耳元へ顔を寄せると、

「あの者は、五郎さまのお褒めの言葉を待っていたのですよ。なぜすぐに声をかけてやらなかったのですか」

 今犬丸は答えられず、涙目で睨みつけた。

「公家や女子(おなご)であれば、その心立ては、お優しい、慈悲深いと賞されもしましょう。ですが、あなたは武将なのです。か弱き心根など早々にお捨てください。これも馴れ(・・)です。四郎さまはすぐに馴れましたよ」

 今度も兄を引き合いに出され、今犬丸は、

「兄上だって、本当に馴れていたかどうかわからないじゃないか!」

 思わず口走った言葉に、野崎は一瞬眉を上げたが、すぐに表情を消した。

 それからは何一つ口を利こうとはしなかった。

 替わって、他の家臣が今犬丸を取りなす。

 ――言ってはいけないことを言ってしまったのかな。

 今犬丸の悔悛をよそに、次々運び込まれる敵将の首。

「重畳」

「重畳」

 言われた通りの賛辞をくり返す。

 馴れ。

 すぐには無理だった。だが、その後の合戦で同じ場面を経験する度、恐怖や嫌忌といった感情は薄れていくのである。半年もすると、生首の一つや二つで今犬丸は心を動かすことはなくなった。

 馴れ。

 本当は恐ろしいものなのかもしれない。


 朝氏方との戦いは一進一退を続ける。

 当初、足並みの乱れた祇園城の勢力だったが、その後は一丸となって今犬丸たちに対峙した。

「自軍の反対勢力を退けて、味方を一手に掌握するとは。我々は先の合戦で、敵の結束に一役買ってしまいましたね。さすが判官殿、先代の弟君のことだけはあります」

 野崎の見立てである。


 しかし拮抗した勢力同士の争いは長期の消耗戦を覚悟しなければならない。兵らの士気の衰えが懸念される。

 野崎は今犬丸の童形をつくづくと眺めた。

 家臣らは、鷲城の核となる主君の元服を以前から望んでいたが、身近に烏帽子親に相応しい人物がおらず、加冠の儀を先延ばしにしていた。

 朝氏の烏帽子親は足利尊氏。彼に対抗したくとも。

 戦時の下野を留守にするわけにもいかず、鎌倉府へ援軍を要請した際、高氏や上杉氏の参戦を見込んでいたが、その目論見は外れた。

 だが、悩める家臣のもとへ、ある知らせが舞い込む。

 京におわす押しも押されもせぬ大名の一人、佐々木導誉の東下、いや、正確に言えば流罪である。


 この秋、京では驚くべき大事件が起こった。

 佐々木導誉の妙法院焼き討ち事件である。

 ことの発端は、導誉の息子秀綱の命で郎等が寺に闖入(ちんにゅう)し、もみじの枝を折ったことにある。この無法は僧侶に見咎められて注意を受けるが、若く血の気の多い秀綱は腹を立て、さらに大きな枝を折らせた。これには寺院側も目に余ると手練れの法師武者を呼び、一行を敷地から叩き出した。

 秀綱はそれを有力者の父導誉に言い付けたのである。

 当の導誉は息子の所行をたしなめるどころか、

「もみじの枝を折ったのは、その風雅に感じ入っての挙。数奇者(すきしゃ)の心映えを解さずして、打擲(ちょうちゃく)するとは不届き千万。成敗してくれよう」

 呆れた親馬鹿である。

 婆娑羅大名の代表たる導誉は、常人に理解しがたい行動を起こした。

 妙法院の住職が天皇(北朝)のご兄弟であることも省みず、手勢を引き連れ寺を襲ったのだ。ついでに、火までつけた。炎は折からの風に燃え広がり、隣接する名刹建仁寺まで延焼させた。

 彼がここまでの行動を起こしたのは、他にも理由がある。妙法院は比叡山系の寺院で、山門と近江佐々木氏は、代々所領や年貢の問題で対立していたのである。

 しかし、度を越した導誉の所行に、寺院側も皇室を動かし尊氏に訴え出る。当然死罪となっても良いところを、罪一等を免じられて上総(千葉県中部)へ流罪となった。

 けれど、導誉は全く反省しない。

 見送りと称し、美々しく着飾らせた若党三百騎を連れ、下向したのだ。

 あまりの煌びやかさに沿道では人見が立つ。

 さらに若党の手には鴬の入った籠。

 ホーホケキョと鳴かせては人々を沸かす。

 道中、酒肴を用意させてどんちゃん騒ぎ。宿に泊れば、遊女を引っ張り込んでらんちき騒ぎ。もうむちゃくちゃである。

 これも、己れを流罪にした公家や寺院といった、旧弊な権力者たちへの意趣返しである。

 過剰な派手さで衆目を集め、それを誇る。既成概念を打ち破る。

 世乱の新風に誘われるようにして現れた『婆娑羅』と呼ばれる人々。

 だが、その中でも導誉は群を抜いていた。

 当然詮議を受け、配流先は上総から出羽(山形県)へと遠流となった。

 それでも導誉は動じない。

 ――出羽まで向かうのは、面倒だ。鎌倉に顔を出して、適当なところで京に帰ろう。

 と、有力武将ならではの不埒。

 そこへ下野小山の武家方から書状が届いた。

 援軍の要請及び、少年領主への加冠の依頼である。

「ふーん、面白そうだな。下野で一暴れといくか」

 斯くして、婆娑羅大名の面目躍如と相成った。


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