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犬鏡外伝 Side By Side ―双璧―  作者: 奥瀬
第一部 お兄ちゃんとぼくのバサラ戦争
1/13

お兄ちゃんとぼく

兄弟の父、小山秀朝が鎌倉の足利直(ただ)(よし)勢に援軍として参じたのは、(とこ)犬丸(いぬまる)九歳(ここのつ)、今犬丸が七歳(ななつ)の年だった。


 建武二年(一三三五)七月、この年の二年前に崩壊した鎌倉幕府の前執権(しっけん)北条高時の遺児時行が信濃で兵を挙げた。いわゆる中先代の乱である。


 主の留守中、その日は朝から曲輪くるわの中が騒がしかった。いつもそばにいる乳母(めのと)たちも部屋から出たり入ったりと落ち着かない。

 兄弟はそれを良いことに、大人たちの目を盗んで曲輪を抜け出した。

 町中(まちなか)を、領民たちに気付かれぬよう郊外へと出る。


 お気に入りの原っぱへ。

 二年前の新田義貞による倒幕攻撃の際、混乱を避け下野(現栃木県)小山に連れてこられた二人の目に、父祖の故郷は、家々がひしめき合う鎌倉では考えられないほどの原野が拡がっていた。

 走っても走っても果てのない大地。


 車大路の邸では三方の山々がぐっと迫り、小山から訪れる大人たちは、

「こちらに来ると、頭を押さえられるようですな」

 と言っていたが、その意味がよくわかった。

 ここでは山並みが遠く北に見えるだけで、逆に常犬丸たちは、

「あたまの上がすうすうするね」

 と言い合った。


 鎌倉の市街戦で兄弟は祖父を亡くしたが、小山の自然はその悲しみを癒してくれた。

 もっとも、弟の今犬丸に当時、人の死の意味を真に理解できたかはわからない。


「今日は大人がいないから、いくらでもあそべるぞ」

「うん!」

 伸びきって盛りを過ぎた夏草は背丈ほどもある。それを掻き分け、踏み倒し、かくれんぼや追いかけっこに興じる。草の間に間に、二人の唐輪(頭頂部で二つ輪にした髪型)が見え隠れする。


 やがて走り疲れると、常犬丸はまだ青々としたえのころネコジャラシの穂を摘み取り、手のひらに乗せた。

「子犬のしっぽに似ているから()のころ草って言うんだ」

「ぼくらとおんなじだね」

 兄に教えられ、今犬丸は、犬にちなんだ名を持つ草に親しみを覚えた。

「見ててごらん」

 兄の拳がくしゅくしゅと握ったり弛めたりをくり返す。草穂は根本の方を先頭に、自らの運動で常犬丸の手から這い出した。

「すごい、手品みたい! どうなってるの?」

「毛のむきと手のうごきがかんけいするんだ。野崎がおしえてくれたんだよ」

 野崎は父の乳兄弟にして常犬丸の養育係でもあるが、此度の合戦では秀朝に随行していた。

「ふーん」

 今犬丸は自分も草穂をちぎると、兄を真似た。手のひらを草毛がこすり、こそばゆい。彼の草穂もぐんぐんと拳から這い出し、加減を知らぬ小児の手からぽとりと落ちた。

「おぉっ」

 今犬丸はすっかり感心する。

「まるで生きているみたい! 犬のしっぽじゃないよ。毛虫だよ」

「そうだよ! 毛虫だよ」

 互いに顔を見合わせた兄弟は、悪童めいたいたずらを思いつく。

 辺りに群生するえのころ草の穂を手当たり次第に摘み取り、水干の袖口に入れる。


 二人は袂をあふれんばかりにいっぱいにすると、もこもこと膨らんだ袖を揺らしながら曲輪へと戻った。

 いたずらの相手を求めて屋敷の裏庭をうろつく。

 すると、いつもの遊び場所で、若い乳母(めのと)と行き会った。

「あら、お二人とも、ここにいたのですか。皆で探していたんですよ」

 この乳母は毛虫が大の苦手だった。兄弟は、いたずらの最も効果的な相手を見つけ、

 ――きしししし・・・・・・

 笑いを堪え、互いに目配せし合う。

 彼女の顔が、心なし強張っていたことなど気にも留めず、袂から草穂を掴みだすと、ぱっと投げつけた。

「そらっ、毛虫だぞ!」

「やぁっ」(今犬丸のかけ声)

 乳母は降りそそぐ草穂を払いもせず、呆然と兄弟を見つめた。

 二人は、

――何だか反応がいまいちだな。

 と思いながら、もう一度投げつける。

「それっ」

「やぁっ」(今犬丸のかけ声)

 若い乳母は、へなへなと地べたに座り込むと、顔を袂で覆い、肩を振るわせた。


 きゃあきゃあときいな声を上げて逃げまどう乳母の姿を期待していたのに。

 ――大人が子どもの前で泣いている!

 二人の顔は青くなった。

 さらに投げつけようと握り締めていた草穂を、ぽとぽとと地面に落とした。

 何か途方もない過ちを犯してしまったのかと乳母に近寄り、まだ髪や肩に付いていた草穂を取ってやりながら、

「これ、本当は毛虫じゃないんだよ。えのころ草だよ」

「ねぇ、泣かないで。どこかいたいの?」

 おろおろと心配げにまとわりつく常犬丸と今犬丸。

 自分たちの方が泣きたくなった。


 そんな兄弟の背中に、

「乳母は自分が辛くて泣いているのではありません。何も知らないお二人が不憫で泣いているのです」

 聞き覚えのある声に、兄弟は同時に振り返った。

「野崎! いつ帰ってきたの?」

「父さまもいっしょだよね」

 駆け寄る二人に、野崎は一瞬地面に目を落とし、それから常犬丸の前に跪くと彼の目を見つめて言った。

「よくお聞き下さい。常犬さま。お父上はもうこの小山に帰ってくることはできなくなりました」

 傍らの今犬丸は意味がわからず、不思議そうに兄と野崎の横顔を見比べた。

「ご自害なされたのです」


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