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第三章 遠征軍と新米兵士と闇夜の特訓 その一



 遠征軍が王都を発って三日目。グレイシス王国軍は国境の砦までの道のりを行程通り進む。

 途中何度か魔物のとの遭遇もあったが、二万もの兵の前では埃を払う程度で難なく殲滅。昼間は馬や馬車にのって整備された街道を進み、夜は野営しつつ軍は前進していた。


 以前、ハーシェリクは馬車で現グリム伯爵領へと出向いたことがあるが、その時は彼の体調を優先とした為、かなり緩やかな移動速度だった。しかし今回は国境砦への防衛が目的の為、移動速度はハーシェリクの存在を加味されておらず通常通り。その為、ハーシェリクは一人地獄に突き落とされている。


「……生きているか?」


 馬車内の揺れる座席に座っているだけでも絵になるシロの視線の先には、馬車の座席に配置されたクッションの山に埋もれるハーシェリクだった。

 出陣式で見せた凛々しい姿も跡形もなく、シロの言葉に片手を振って返事をしつつ、今にも魂が飛び出そうなほど真っ青な状態である。その手振りの意味が大丈夫なのか、それとも否のかシロは判断しかね、困ったように目じりを下げた。


 現在ハーシェリクとシロは王族用に用意された馬車の中、クロはその馬車の御者を務め、オランはすぐ横を馬に騎乗して並走している。


「一瞬で移動できないものか……」


 ついハーシェリクは弱音をこぼす。前世からとても乗り物に酔い易い体質だった。生まれ変わって体が変わっているはずなのに、なぜ体質は変わらなかったのかと切に思う。


 某アニメの青い未来から来た某ロボットの素敵な道具の中で一つだけもらえるのなら、あのどこでもつながっちゃう扉を切実に希望するくらい追い詰められていた。


「まあ、あることはあるが……」

「え、シロほんと!?」


 クッションがバネになっているかのように跳ね起きたハーシェリクはシロに詰め寄る。さすが魔法が存在する世界、きっとあの素敵な道具もあるかもしれない、とハーシェリクの胸は高鳴る。


 瞳を輝かせるハーシェリクの様子に苦笑を浮かべながらシロは言った。


「空間接続魔法……今は失われた最古の魔法だ。」

「空間接続?」


 首を傾げるハーシェリクにシロは先生の顔になって続ける。


「ああ、言葉通り空間と空間を、場所と場所を繋げる魔法だ。以前、魔法には三つの系統があると説明したな。」


 シロの言葉にハーシェリクは頷く。


「属性系魔法、神癒シンユ系魔法、操作系魔法の三つだったよね。」

「ああ。だがそれは私達人間が扱うことの出来る魔法を、そう呼称しているだけであって、世界には種族によって呼称も変わるし扱える魔法系統も異なってくる。獣人や亜人のみが扱うことが出来る魔法もあるし、まだ発見されていない、どれにも属さない魔法もある可能性もある。」


 シロの魔法の授業が始まった為、ハーシェリクは居住まいを正す。今まで感じていた車酔いの気持ち悪さなど、忘れてシロの話に聴き入った。


「で、だ。その中でも最古の時代に存在したと言われ、現在ではその魔法原理も魔法式も不明なお伽噺のような魔法が最古の魔法だ。」

「そう、なんだ?」

「その顔はわかってないな。」


 シロに咎められるように言われハーシェリクは苦笑を漏らす。


「だって私は魔力なしだから、魔法自体不思議な存在だし。」

「……まあ、そうだろうな。」


 ハーシェリクの言葉にシロは納得する。自前魔力のないハーシェリクにとって自分の存在自体、御伽話のような存在かもしれないと思えたのだ。


「いいか、属性系魔法は魔力を変換して使用する魔法、操作系魔法は魔力自体を操作する魔法だ。だが空間と空間を繋げるという魔法は、魔力を変換するでも、魔力自体を操作するでもない、魔力で空間に干渉する魔法だ。」

「うん?」


 シロの話を聞いて返事をしつつ、ハーシェリクは首を捻る。しかしそんなハーシェリクのことは気にせず、オタクスイッチの入ったシロは言葉を続けた。


「空間という物体ではない、認識することが難しいものに干渉する魔法……干渉系魔法を扱えたというだけで、最古の人々の魔力と魔法技術の高さが物語っている。」

「うん、よくわからないけどシロが興奮するほどすごいということはわかった。」


 至極真面目な顔でハーシェリクが言うと、シロが彼の頭にチョップを入れる。


「……暴力反対。」

「知るか。」


 シロに一蹴され、ハーシェリクは頭を押さえつつ肩を竦める。だがふとある事に気が付いた。


「あれ、シロ。魔法道具で通信できるヤツってあったけど、あれはどうやって通信しているの?」


 前世でいうところの携帯電話のような魔法道具。だが性能は携帯電話というよりはトランシーバーに近い。通信できるのはあらかじめ設定してある道具同士のみ、また使用する魔法士はそれなりの腕を持っていないと起動もできないという繊細な道具だ。


「あれはどうやって会話を伝えているの?」


 会話が出来るということは、相手と繋がっているということだ。声をどうやって届けているのか、という疑問になる。


 ハーシェリクの指摘にシロはにやりと笑った。


「ああ、あの道具は最古の遺産を模倣して作られたものだ。空間を干渉して声を届けている、ということだ。」

「え、じゃあ干渉系魔法だっけ? それは不可能じゃないってこと?」


 ハーシェリクの言葉にシロは頷く。しかし、と残念そうに小さなため息を漏らした。


「声をやり取りするだけでかなりの魔力を消耗するし、座標や方角などの設定の魔法式も難解だ。人体を運べるほどの空間接続魔法となると、どれくらいの魔法式を構築すればいいか……魔方陣規模のものが必要になるだろうな。」

「そう……残念。」


 魔法の天才であるシロが難しいということは、よっぽど難しいのだろう。ハーシェリクは諦める。だがそんな彼にシロは問いかけた。


「ハーシェは空間接続魔法があったほうがいいか?」

「……まあ、あったほうが嬉しいかな。私、乗り物に酔い易いから。」


 そう正直にハーシェリクがいうと、シロは解ったと頷いて、紙を取り出す。そして万年筆を走らせ始めた。


「シロ?」


 首を傾げるハーシェリクにシロは言う。


「元々興味はあったからな。趣味と実益を兼ねて、やってみるのも悪くない。」


 そうシロは照れ隠しのように顔を顰めて言った。

 シロの珍しいデレにハーシェリクは内心驚きつつ嬉しくて表情が緩む。


「ありがとう、シロ。」

「別に、趣味だと言っただろう。」


 ハーシェリクは、少々頬を染めて書き物を続ける彼が馬車酔いしないか心配しつつ、ふと視線を動かし馬車の窓から外を見る。すぐ横を馬に乗って並走するオランが見えたので手を振ると、気が付いた彼は苦笑交じりに手を振りかえした。そのままハーシェリクが視線を前方に動かすと、兵士が大勢のった馬車や騎馬に騎乗した騎士達、後方もう同様である。ハーシェリクは現在、軍の中央のいるのだ。


 遠征軍はハーシェリクが乗っている馬車を挟んで、前方をテオドル・セギン将軍が率いる第一軍、後方をヒース・ブレイズ将軍が率いる第二軍だ。


 名目上、王の名代であり王族であるハーシェリクがこの軍の指揮官となっているが、実質はセギン子爵が指揮官であり責任者だった。同じ将軍職のヒースではないのは、平民で傭兵上がりの将軍だからだ。


(まあ、この国はまだ貴族社会だからな。)


 シロの話を聞き終えると同時に戻ってきた馬車酔いと戦いつつもハーシェリクは会議の様子を思い出す。建前とはいえハーシェリクが王族ということで一番上な為、出立前に繰り返された会議にも参加をしていた。


 そこで出会った二人の将軍は、対局のような存在だった。


 将軍職になるには二通りある。一つは言わずとしれた実績。もう一つはコネだ。とはいってもコネといっても将軍職に相応しい実力が必要であるが。


 テオドル・セギンという将軍はいかにも貴族といった風情で、後者の方法で将軍になった人物だった。将軍としての実績は可もなく不可もなく、ただ比較的自分の利益に重きを置く将軍だった。

 例えば自分の戦果の為なら兵の命を顧みなかったり、町や村を見離したりもする人物だ。ただその犠牲の上で戦果を挙げているともいえる。ちなみにテオドル・セギン将軍は子爵の位を持つ、三十代後半の貴族である。


 逆に傭兵上がりのヒースは、出来る限り犠牲を最小限に抑え、その為なら自分の戦果なの二の次ぎにするような将軍だった。やる気を感じさせない、覇気も感じさせない容姿だが、兵士達の信頼は厚く彼の下につきたいと希望する兵までいるほどだ。そして戦場の空気を読むのが上手く判断力に長けている、というのがオランの評価だった。


「ヒースさんは父の犠牲者……もとい部下で付き合いがあるからな。」


 そう苦笑交じりにオランは言う。

 曰く、突撃していく父の後始末をいつもしていたのが彼、ということだ。突撃していくローランドの代わりに部隊をまとめ上げ、作戦指示するのは彼の役目だった。もちろんローランドだって兵の指揮は出来る。しかしヒースという存在を獲得したからは以後よろしくという風に、軍の運用はほぼ全部お任せだったらしい。ヒースにとってはとんだ無茶ぶりである。だがヒースは本人にとっては悲劇、周りの者にとっては幸運の、その無茶ぶりをこなしてしまうほどの実力があった。戦場での状況判断能力はもちろん、戦場でローランドの横に立てるくらいの実力の持ち主で、彼の振るう戦斧はローランドに負けず劣らず敵をなぎ倒した。


「本人は嫌がっているけど、父が引退した後の後継者は彼しかいないよ。」


 ヒースに稽古をつけてもらった事があるオランは付け加える。


 とりあえず将軍なのに先頭を切ってローランドはいいのかと思いつつ、ハーシェリクはヒースとの最初の出会いを思い出す。前世の自分と同世代の彼。貴族でもないのに若くして将軍となった彼の最初の印象は将軍というより、やはり傭兵のほうがしっくりきた。


「まあひとつよろしくお願いします。」


 そう言って軽く頭を下げた彼が、後ろに控えていた副官にどつかれていたのは驚いたが。

 短く切りそろえた青灰色の髪をかき混ぜながら、副官のお小言を聞く彼はどちらが上司かわからなった。


 ふと馬車が止まる。ハーシェリクは懐から懐中時計を取り出してみると時間は四時を過ぎていた。


「今日の移動はここまでみたいだね。」


 行軍予定は二週間。特に不足の事態が起こらなければの予定通り砦につくことになるだろう。


(ま、予定通りならね。)


 ハーシェリクは心の中で呟くのだった。




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