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終章 転生王子と光の英雄



 燦々たる太陽の光が降り注ぐ夏。国境砦の戦いを終えて約二ヶ月、大臣であるバルバッセが斃れて約一か月以上が経っていた。


「んじゃ先行ってるよ。」


 そうハーシェリクはクロが用意した水筒の入った鞄を背負い、熱射病予防の帽子を被って、裏門の前に立っていた。門の先には、王と王に許可された者しか侵入を許されない、緑深い大地が広がっている。


「ああ、気を付けていけよ。」

「解ってるって。」


 見送りのオランの言葉にハーシェリクは頷き、手を振りながら背中を向け、大地へと踏み込んだ。


 山脈を抜ける風が、夏の暑さを一掃する。そんな風を受けながらハーシェリクは風景を楽しみながら歩く。途中木陰で休んだりして、水分補給をしながらも、空や木々、花など植物や昆虫、遠目に動物を見て、ゆっくりと歩みを進めた。


 今日は久々の休日。なのでハーシェリクはピクニックへ一人でかけたのだった。本当は馬で遠出をしたかったが、身長が低く一人で馬に乗り降りが困難な為、乗馬は却下され徒歩でのピクニックである。


 筆頭達は昼ごろお弁当を持って合流予定だった。

 一時間くらい休み休み歩き、辿りついたのは王城と首都である町並みを一望できる草原の丘だった。三年前父に連れられて一望した風景は、今も変わらない。


「……やっとついた。」


 ハーシェリクは一人呟くと頬についた汗を拭い、木陰に荷物を降ろすと草原を歩く。


 あの日、この場で、事実を知り、ただ泣くだけだった。


「やっと終わったよ、クラウス。」


 そうハーシェリクは、ここにはいないクラウスに話しかけた。






 大臣が斃れた後、国内は混乱した。否、ハーシェリクが混乱を起こしたと言った方が正しい。ハーシェリクが集めた証拠やオルディス家にかくまわれていたロイの証言により、バルバッセの悪事は暴かれ、それに付随して彼に追従していた貴族達の罪も余すことなく暴かれた。この一か月の間にハーシェリクの執念にも似た意地により、貴族達は裁かれていった。国外に逃亡を図ろうとした貴族もいたが、ハーシェリクは逃亡を許さず、遠征軍から帰還したばかりのヒースを使い、全て捕えたのだ。


「俺、過労死しちゃうかもよ? もう年だし休暇がが欲しいな?」


 と三十代のおじさんが可愛く首を傾げたので、ハーシェリクもにっこりと笑ってみせた。


「大丈夫ですよー。まだまだ若いですってー。ということで働け?」


 そう天使の笑顔で同じように首を傾げてみせる。ちなみに帝国軍を退けた功績をヒースとバルトルト将軍の功績だとハーシェリクは思っていたのだが、いつのまにか全て自分の功績になっていた。実質は彼らの功績なので彼らにと否定していたら、このヒースはにこやかにのたまった。


「いえいえ、全ては王子と筆頭方々のおかげです。あの策のおかげで帝国軍を退けられたんですから。俺、そうやって祭り上げられるのはめんどうくさ……げふんげふん。」


 最後の言葉をハーシェリクは聞き逃さなかった。遠方にいるバルトルト将軍は仕方ないとしても、ヒースはそんな面倒事を全て王子であるハーシェリクに分投げたのだった。


 うっかり祭り上げられたハーシェリクは、嫌がらせの如くヒースを酷使して貴族達を全員捕え、現在法務局にて適正な裁きを行った。証拠はあるので、椀蕎麦のように次から次へとスピーディーな裁きである。ただ全員が極刑になったわけではない。罪に比例して爵位剥奪や財産没収、官位剥奪であり、ハーシェリクが世直しをしている時にいろいろした貴族に関しては、酌量軽減したりもしている。


 そしてその中で、ルゼリア伯爵を嵌めたグリム伯爵に関しては、ハーシェリクが予想しなかったことが起った。バルバッセが死んだと聞き自ら出頭したグリムの元に、領民から嘆願書が届いたのである。


「彼らには、全て話してきたんですがねぇ……」


 そう裁かれるグリムは禿げた頭を撫でながら、泣きそうな笑顔を見せた。結果、民からの嘆願書によりグリムの刑罰は軽減され、一部の財産は没収されたものの、領地は取り上げられなかった。ただしこれはグリムが反対した。自分は罪を犯したのだから領主になっていてはならないと。しかし領民はグリムが領主で居て欲しいいと。そこで下された判決は領地は国の所有とし、グリムは代行で領主として管理する。またその代行はグリム一代限りということだった。


「私なんかが、いいのでしょうか。」


 裁定が下り困惑するグリムに、ハーシェリクは言った。


「グリム伯爵、なにも全てを失うことが償いじゃないと思う。」


 きっとクラウスもそう言うだろうと思い、ハーシェリクは言葉を続けた。


「あなたはあれから二年、必死で努力して償ってきた。その結果、罪を告白した後も皆は貴方を必要とした。」


 罪を暴かれたあの時、青くなって震えていた彼が、今は別の意味で肩を震わせている。


「私は、あなたがそうなってくれたことが、心から嬉しい。」

「殿下、ありがとうございます、ありがとうございます……」


 そう膝を付き涙する彼の揺れる肩をハーシェリクは優しく叩いたのだった。


 そして晴れてルゼリア伯爵の冤罪は認められ、彼の汚名は晴らされた。


 悪事により多くの貴族や役人が免職となり、人員不足にて慌ただしい王城内。しかし働く人々には明るい表情だった。皆がこの国が変わる、そう確信しているからだ。


 またグレイシス王国と隣接するパルチェ公国からは、謝罪の親書が届けられた。

 友好国だというのにアトラードの軍を横断させてしまった、という内容だ。しかしこれは建前だ。何を隠そうハーシェリクがあえて大臣の密書を贈らせて、帝国軍が通るであろう順路を想定したのだから。しかし相手が謝罪しているのだから、こちらも気にするなとはいけない国同士の外交のやり取り。向こうからの申し出で貿易するに当たり一部の品のパルチェ公国に支払う関税を向こう五年間緩和するということで取りまとめた。


 またハーシェリクはパルチェ公より私的な手紙を貰っていた。文面には自国に来訪してくださいということと「孫が天の国で笑ってくれているだろう」と書かれていた。ハーシェリクはそこで、正妃ペルラの父親である彼は、亡くなった王女の祖父でもあることに今更ながら思い至る。


(もしかしたら、パルチェ公はこうなることを望んでいたのかもしれないな。)


 今度パルチェ公国を訪れた際には、会ってみようとハーシェリクは思ったのだった。




 多忙な日々を過ごしつつある日の夜、王家の皆は後宮の父の自室に集まった。今までは夜も働くほど激務のソルイエだったが、国の変化に伴い時間も心も余裕が出来た為、家族団らんの時間がとれるようになったのだ。

 毒による症状は完治し、国王ソルイエを初め、マルクスもウィリアムも毎日執務に忙しい日々を送っている。三つ子も学業の側王城での執務に励み、一番重篤だったユーテルも時間はかかったが回復した。


 ソルイエは暖炉の前のお気に入りのソファに座りながら、兄達に一人一発ずつ拳骨を貰って頭を押さえている末息子に話しかける。


「ハーシェ、何か願いはないか?」

「お願い?」


 父の言葉にハーシェリクは頭を押さえながらも問い返す。


「ああ、ハーシェは私を、国を救ってくれたから。」


 その言葉にハーシェリクは首を横に振る。


「私は、私のやりたいことをやっただけですから。」


 そう照れたような笑いを浮かべたが、だがふと真剣な表情になってハーシェリクは言葉を続けた。


「……だけど、お願いはあります。」


 まず今まで通り自分は自由に行動させてほしいということ。そして王と王の許可を得た者のみ許される大地への入場許可。


「そんなものでいいのか?」


 願いにしては今までとあまり変わりない申し出だった。ソルイエは悩む事もなく頷き許可をする。


「わかった。だけど無理はしないでほしい。」


 それは王ではなく父としての言葉だった。他の兄弟達も頷くのを見回して、ハーシェリクは頷く。


「他には?」


 促す父の言葉に、ハーシェリクは強く拳を握って瞳を閉じ、そして開けると言葉を紡いだ。







 風が頬を撫でる。まるで慰めるように。


「ジーン……」


 赤銅色のピアスを撫でながら、ハーシェリクは愛おしい人の名を呼び、彼の頬に一筋の涙が零れ落ちた。


「ああ、ごめん。今日だけ、今日だけだから……」


 ハーシェリクはその場に蹲り、懐中時計を取り出すと、胸に抱く。


 あの日誓った事を遂げたはずなのに、クラウスやジーンたちの仇をとったはずなのに、ハーシェリクの気持ちは晴れることはなかった。


 多くのものを得ることができた。バルバッセがいなくなったことにより、ハーシェリクが望んだ、家族達が危険に晒される未来もなくなった。もしゲームや漫画、小説ならハッピーエンドとなっただろう。


 だが同時に多くのものを失ったことも事実だった。決して戻ることはない、そして補われることもない。その喪失がハーシェリクの涙を止めることを拒んだ。



 あの鐘が響いた日から泣かないと決めていた。だけど、今日くらいは許してもらいたかった。


 今日だけは、失ったものに対して、泣くことを許してもらいたかった。





 遠くから馬蹄の音が響いてきた。草原に寝ころんでいたハーシェリクは、身体を起こすと顔を拭って音の元に視線を向ける。


「ハーシェ!」


 呼ばれた先をみれば、先頭にオラン、続いてクロ、最後にシロが馬を駆けて向かってくるところだった。


「あれ、もうお昼?」


 立ち上がり服についた草を払いながら、筆頭達に歩み寄る。


「ああ、おまえの好物を作って来たぞ。」

「やったー!」


 クロの持ち上げた木で組まれたバスケットを見て、ハーシェリクは両手を上げて喜んだと同時にお腹が鳴った。


 筆頭達に笑われながらも、昼食をとり食後の一服をする。

 ハーシェリクは立ち上がり、草原に佇んで、王都を見下ろした。


「皆、今までありがとう。」


 自然と言葉が出てきた。いきなりの主の言葉に、三人が三者三様で訝しむ。


「だけど、まだ始まったばかりだ。」


 そう言ってハーシェリクは振り返る。


 きっとこれからもこの国は揺れるだろう。大臣の力は彼が言った通り大きいもので、きっと他国からも付け込まれる隙となるだろう。国内にもさまざまな火種がくすぶっている。


 終わったのではなく、始まりなのだ。


「これからも私と一緒にいて欲しい。一緒に歩いて行って欲しい。シュヴァルツ、オランジュ、ヴァイス。」


 そう彼らの名を呼ぶ。彼らは立ち上がり、主へと歩み寄った。


「俺の命は元よりハーシェの物だ。」


 そうクロはにやりと笑いながら片膝をつく。


「俺は王子が間違った時に止めるのが役目。なら離れるわけにはいかないだろう。」


 オランは苦笑しながらも言い、執事に習う。


「なに無駄な事を聞いている。私は離れる気なんぞ微塵もないぞ。」


 さも当然のようにシロは不機嫌そうにいい、二人に倣った。


 そんな彼らにハーシェリクは微笑んだ。


「皆、ありがとう。これからもよろしく。」


「我が君のお心のままに。」


 三人が声を揃えて、頭を下げたのだった。









 ハーシェリク・グレイシス



 グレイシス王国第二十三代国王とその寵姫との間に誕生した第七王子。


 憂いの大国と称される暗雲立ち込める大国に現れた『光の王子』


 淡い色の金髪は全てを照らす光の如く輝き、その存在と世界を照らしたと伝えられている。



 彼は敵を打ち砕く勇も、絶大なる魔力も持っていない。


 多数存在する英雄達の逸話の中では、目劣りするような存在だった。


 だが彼の英雄譚は、多くの人々を魅了し涙し愛した。


 力を持たずとも己を信じ、信念を持ち、決して諦めず進み続け、多くの傑物を従えた英雄。




 人々はその英雄を尊敬と畏怖を込めて『光の英雄』と呼び語り継いだ。





 転生王子と光の英雄  完





光の英雄、これにて終幕です。

ここまでのお付き合いありがとうございました。

またお気に入り登録、評価についても重ね重ねありがとうございました。


英雄とはどういうイメージがありますでしょうか。

強そうや勇敢そうな、そんなイメージが多いと思います。私もそう思う人間の一人です。

ですが主人公であるハーシェリクは腕っぷしは強くありません。心も皆さんと同じように傷つきますし、失って涙します。でもそれでも立ち上がる強さを持つ、英雄であって欲しいと作者は思っています。

ただ英雄と呼ばれることは、彼は望まないでしょうが。


これで転生王子、初期に考えていた物語は終了です。今までお付き合いありがとうございました。

ただ『初期に考えていた』部分が終了したのであって、物語は続く予定です。

常世の魔女にフェリス、ヘーニル、まだ登場していない王族やオルディス家長女、軍国や連邦等々まだまだいろいろと書きたいことはあります。

末永くお付き合いいただければ幸いです。


次回作はいつお披露目できるかわかりませんが、マイペースに書いていきます。

過去作品の修正・加筆は随時やっていく予定です。誤字については生暖かくスルーしといてください。


また完結に伴い感想を解禁いたします。感想を書いて頂ける方は、まずマイページのお願いを一読お願いします。


それではまた続編にてお会いできますことを願いつつ、

ここまで応援してくださった皆様、楽しんでくださった皆様、本当にありがとうございました。


2015/3/21 楠 のびる

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[一言] 感想書くに当たっての「マイページのお願いの一読」の誘導。すみません、どこですか…?(泣 活動報告欄を遡っても見当たらず…見逃した可能性はあり。 マイページの自己紹介欄に書いていただけるとわか…
[良い点] まだ続くんですね。 良かったわ。
[良い点] うわぁ~!やっとここまできました! ハーシェが草原で一人涙しているところでもらい泣きしました。 [一言] 物語を読んでいると、温かい空気というか、思いが伝わってきます。ハーシェの成長と周り…
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