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第十章 閑話 凪とステーキと……


 総議会を終えたパルチェ公国の代表と務めるパルチェ公は、両議院の代表を伴い執務室へと戻ると、椅子に座り大きく息を漏らした。疲れが滲み出た吐息に、衆議院の代表を務める男は労わるように声をかける。


「公、お疲れ様でした。」

「うむ……」


 男の言葉に公は深く頷いた。齢七十歳を超えた老体を鞭打っての長時間の議会は、そろそろ代替わりを考えさせるには十分であった。


 つい先ほどまで、貴族院衆議院の全議員が集まる総議会で、グレイシス王国への対策の討論が開かれていたのだ。帝国軍が公国の国土を横断し、王国に攻め入った。戦争の結果は王国軍が帝国軍に打ち勝ったが、公国が帝国軍に国土の通過を許したという事実は、長年築き上げてきた両国の友好関係に、亀裂を生じさせるには十分な事柄だった。その為、公国はありとあらゆる手段を講じて、王国との関係修復を勤しむこととなる。そして総議会にて大国への謝意と向こう五年の関税の緩和等々が決定された。


 だが実際は密書で脅迫されていた為、仕方なく見て見ぬふりをしたのだが、事情を知るのはこの場にいる三人と指示を受けた国境警備の責任者だけ。事実を知る三人にとってはなんとも微妙な気持ちになる会議であった。ちなみにその責任者は表向き懲戒免職という、実は本人が希望していた定年退職で、意気揚々と田舎へと引っ込んで行った。


「しかし、まさかあの大臣が……」


 貴族院代表の女史が呟く。それは総議会でも話題に上がったことだった。近隣諸国から忍びやかに『憂いの大国』と呼ばれるグレイシス王国を牛耳っていたバルバッセ大臣が死んだ上、さらには彼が行ってきた悪事が明るみに出たのだ。密書を受け取った段階で、彼女はこの結果を予想していなかった。正に寝耳に水状態である。


 そんな驚きを隠せないでいる彼女に、男は話しかける。


「その事に関しては、私は別の考えだがね。」

「はぁ?」


 眉を潜める彼女に、男は肩を竦めつつ言葉を続けた。


「注目すべき点は大臣が負けたことじゃない。あの大臣を負かした王子に注目すべきだ。」


 大臣を殺して勝ったわけではない。グレイシス王国の公式発表では、大臣が暴漢に襲われ死亡したと同時に、三十年近く前に起きた『王家の悲劇』が実は大臣の謀略で行われた暗殺だったことなど、彼が裏で行ってきた悪事も明るみに出た。それも証拠を揃えた上での発表である。そしてその全てが、わずか七歳の王子が行ったということも。


「……ですが、わずか七歳の王子が本当に大臣を打ち負かしたと? それを信じるのですか?」


 その王子が帝国軍を退けたという情報も入っている。しかしそれが全て民衆からの支持を得るための、作り話ではないかと彼女は疑っていた。まるで巷で流行っている旅芸人一座の演目『光の王子』のように、幼い子供が大人顔負けの活躍する話は、人の心を湧き立たせる効果がある。


「それは私より、賭けに勝った公のほうが思うことがあるのでは?」


 男はそう言って公に視線を向ける。公はその視線を受け、数拍沈黙した後、重々しく口を開いた。


「……儂はあり得ると考える。」


 思い出されるのは王国へと嫁いでいったペルラの手紙。その手紙には、『彼女の息子』について多く書かれていた。『彼女』とはペルラが妹のように可愛がっていた寵姫のことだ。


 初めての子を大臣に暗殺され意気消沈するペルラ。彼女から送られてくる私的な手紙は、いつも娘を守れなかった自分を責めることと、王国の憂いで満ちていた。公は幾度となく里帰りするよう手紙を出したが、ペルラは「陛下をほってはおけない」と戻ることを拒否し続けた。


 そんな手紙がある時期から変わった。国王が自ら寵姫を迎え入れたという話を聞いたと同時に、ペルラから「妹が出来たみたい」という手紙が届いたのだ。それからの手紙は前と比べれば、比較的明るい穏やかな内容だった。寵姫と接し暮らす日々に、ペルラは癒されていたのだろうと公は予想する。


 だがそんな矢先、寵姫は出産で命を落としたという手紙が届く。これではまたペルラが落ち込むと思っていたが、予想に反し、ペルラは『彼女』の代わりになるかのように、『彼女の子供』を遠くから見守り続けた。手紙には初めて立った日の事や、本を熱心に読んでいたということを、彼の実の息子の時のように書き綴っていた。そう見守ることにより、今は亡き妹のようだった彼女とその息子に支えられているようだった。


 だから公は、ペルラの手紙と共に届いた密書の内容に乗ることにした。断れないということもあったが、もしかしたらという淡い希望もあったのだ。でなければペルラが『彼女の子供』を危険に晒すようなことをするわけがない、と思えた。そして賭けに勝ったのだ。

 孫を殺した大臣の仇を『彼女の息子』はとってくれたのだ。


「なるほど。さて、これからどうなることやら。」


 男は公の言葉を聞いて一度頷くと、まるで悪戯を企む少年の表情で言った


「は? 既に大臣がいなくなり、専横していた貴族、高官は軒並み捕えられ裁かれている様子。大国はますます力をつけていくことでしょう?」

「ふむ。私は君のその真っ直ぐな考え方は嫌いではないが、少々単純すぎないかな。若いっていいねぇ。」

「……それは私を侮辱しているのですか?」


 男の言葉に女史は片眉を潜める。確かに彼女は若い。衆議院は投票により代表が選ばれるが、貴族院は公爵家を除く貴族の内、一番影響力のある貴族の党首が選ばれる。ただし彼女はその当主の長女であり、当主が数年前に病を患った為代理で出席しているに過ぎない。三十を目前だというのに結婚する予定はないが、女性の身でありがながら多くの貴族達を取りまとめるほど有能な彼女にとって、男の言葉は侮辱でしかなかった。


「失敬、失敬。まだ貴殿は経験が足りない、と言いたかったのさ。」


 平に謝りながら男は言葉を続ける。


「貴殿の言った通り、あの大臣がいなくなったから国の雰囲気はよくなるだろう。」


 貴族や役人達が専横し、民衆の負担が膨れ上がっていた。しかしその者達が誅され、王家が権力を取り戻し、国が変わり、国民の意識も変わろうとしている今、大きく国は動き出すだろう。


「だが、大臣のおかげで悪い意味で一枚岩だった大国に、変革と言う亀裂が入ったわけだ。」


 大臣が掌握していた時、内部で腐りつつも外敵からは一枚岩で国は守られていた。大臣の影響力は大陸全土に広がっていた。しかし大臣がいなくなった今、王国は一枚岩ではなくなった。今まで好き勝手やって来た貴族達が王家のいうことを易々と受け入れるわけがない。また大臣に地方へと追いやられていた貴族達が国の中枢に戻ってくれば、それに関わる問題も起こりうるだろう。さらに今回、帝国との戦で活躍した将軍は傭兵上がりだ。貴族達が支配して国の中枢に、狭き門だった民間の登用も増える可能性もある。さらにはこの混乱に乗じて諸外国が黙っているとも思えない。


「今は嵐が過ぎた後の凪に入っただけに過ぎない。」


 嵐の去った後の凪。だがそれは次の嵐が来るまでの、しばしの休息に過ぎない。


「これは一度、『英雄』殿にお会いしたいね。」

「英雄?」


 首を傾げる女史に男はにやりと笑いながら言った。


「ああ、巷では帝国を打ち破り、王国を救った幼い王子の事を、『光の王子』のような光を集めたような金髪と、その功績から『光の英雄』と呼んでいるそうだよ。」









 肉厚のステーキに秘伝のソースをかけられた一品が名物の城下町の酒場。その店の隅の一角で、名物料理と酒を片手に久々の休暇を楽しむ男がいた。短く切りそろえられた青灰色の髪に同色の瞳、無精ひげを生やした男で、身形は下町の者とさほど違いはない。しかし彼は先日の帝国の脅威を退ける功績を上げた、不敗の将軍ヒース・ブレイズだった。

 ヒースは酒を一口飲むと、目の前の切り分けられたステーキにフォークを尽きさし口へと運ぶ。肉を頬張るとソースの香りが口いっぱいに広がり、噛めば肉とソースの味が舌の上で踊る。そして胃へと運ばれ、ヒースは久々の幸せをかみしめた。


「ああ、うまい。」


 つい独り言を漏らしてしまうほどだった。そんな彼に近づく者がいた。


「ヒース、待たせたな。」


 そう彼に話しかけたのは、傭兵の男だった。鍛え上げられた体躯と、腕にはいくつもの傷痕が、彼が歴戦の猛者だということを表せている。さらには彫の深く眼光の鋭い強面であり、誰もが視線を合わさぬよう細心の注意を払う。

 だが話しかけられたヒースは、そんな彼に酒の入ったカップを掲げつつ、へらりと笑って迎え入れた。


「先に始めている。」

「ああ……俺にも同じのを頼む!」


 そう強面の男がカウンターに向かって叫ぶと、奥から酒場のマスターの返事がする。それを確認し男はヒースに向かい合うように椅子に腰を下ろした。

 すぐに給仕係が酒と肉を配膳し、強面の男は酒を一気に煽った。


「……しかし、お前が動くとは思わなかったよ。」


 そんな男を見て、ヒースはぽつりと呟く。


「おまえ、貴族嫌いだっただろ。」


 それはヒースが傭兵時代、彼が常々言っていたことだった。傭兵になった時期が同じだった為、なにかと組んで依頼をこなしていたのだ。途中ヒースは兵士に転職し将軍となり、目の前の男は傭兵のまま、そしてギルド長へとなり道は別れたが、こうして休みが合えば、酒を飲みあう仲である。


「今も嫌いだよ。」


 そう傭兵ギルドの長は言った。


「は? んじゃなんで?」


 その答えに驚いたヒースは口につけようとしていたカップの動きを止めて問う。すると目の前の強面のギルド長は、彼にしては珍しく言い淀んだあと、視線を外してポツリと呟いた。


「……若様には助けられたんだよ。これ以上聞くな。」

「若様、ねぇ?」


 王子を若様と呼ぶほど親しい間柄だということだ。

 ヒースは言われた通り追及はせず、ただ意味深に一言言っただけである。それが癇に障ったギルド長は、その鋭い眼光をヒースへと向けた。


「そういうお前も、なんだかんだで若様のこと気に入っているだろ。」


 男は知っていた。昔から面倒臭がりのこの男が遠征から帰還した後、王子の指示の元、いろいろと動いていることを。


「仕事はするお前だが、なんだかんだで厄介事を引き受けているらしいじゃないか。」


 大臣が死亡してからこの国はいろいろと変わり始めていた。手始めに今まで見過ごされていた貴族や高官達の不正の粛正だった。今まで甘い汁を吸っていた輩は、悉くつかまり司法の場に引きずりだされ処罰されていく。逃げ出そうとする輩もいたが、それは王家の指示の元、ヒースとその部下達に捕縛されている。その為帰還してから三週間、ヒースは働き続け今日は久々の休暇だった。


「……仕事だよ、仕事。」

「ふん。」


 誤魔化すようなヒースの言い方に、ギルドの長は鼻を鳴らすとステーキを一切れ口に運ぶ。味を噛みしめ飲み込むと、ぽつりと呟いた。


「……この国はどうなるんだろな。」

「さあな。」


 素っ気ないヒースの言葉に、強面の男は子供が見たら泣き出しそうなほど顔を顰める。


「……そういうこと興味ねえのかよ。将軍様だろ?」

「将軍は成り行きでなっただけだ。面倒事を押し付けられただけだよ。まあ給料もいいしな。」


 将軍になってよかったことと言えば、煙草が上質な物を買えるようになったことくらいだ、と付け加えコップを掲げる。


「ま、あの王子がいる限り、そう悪くはならないだろうよ。」


 そうヒースはコップを掲げると、ギルド長もにやりと笑いコップを掲げ、互いに酒を飲み干したのだった。













 そこは人々から天の庭と呼ばれる世界だった。常春であり、光溢れ、木々が生い茂る天上の世界。

 その天上の世界で神殿から続く、白い石造りの道を進むのは女性だった。褐色肌に左右色の違う瞳、紫水晶のような癖のない真っ直ぐな長い髪、口元は透けそうで透けない薄い布で隠していたが、極上の美女だった。踊り子のような布面積の少ない服を着、たわわに実った胸は彼女が歩く度に揺れた。


 彼女は情報屋であり、また『常世の魔女』と呼ばれる魔神であった。


 彼が進む道の左右には色とりどりの天上の花が咲き乱れ、幾多の蝶が舞う。だがそれは蝶ではなく、蝶を象った魂だと彼女は知っていた。

 魂はこの世界で過ごし記憶が浄化され力を補給し、次の生へと生まれ変わる。ここは世界の浄化機関であり循環機関でもある。またこの世界は神々が住まう場所でもあった。


『魔神』である彼女は、この場所にくることを許された存在でもあった。


 道を進み、辿りついたのは白い石で造られた東屋。そこには一人の人物が、同じく白い石造りの椅子に腰かけ、雲一つない、そして太陽も存在しない青い空を見上げていた。


「フェリス……」


 その人物に、常世の魔女は話しかけた。





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