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第一章 春の陽射しと不敗の将軍と王族の務め その一



 市場には物が溢れ、城下町は人々が行きかい、子供達の笑い声が響く春を迎えた王都は、大国らしく平和を甘受していた。


 昼すぎの心地よい春の日差しが窓から差し込む図書館の中二階。一番陽当たりのいい席を子供が陣取っていた。

 頭上に降り注ぐ春の陽射しを紡いだかのような薄い金色の髪は耳が見え隠れする程度に揃えられ、顔立ちは少女とも見間違うような幼いが整って美少年だった。その顔に嵌った春に芽吹く新緑色をした翡翠のような瞳は、目の前に広げられた書物の字を追っている。


 彼の名はハーシェリク・グレイシスといいこの国の第七王子である。

 彼は現在七歳。来年には学院への入学を控えている。だが今彼が読んでいる書物は歴史学の内容の、ハーシェリクの年齢には不相応な難易度の高い本だった。子供ならすぐに投げ出してしまうような難しい内容の本を、ハーシェリクは飽きもせず、むしろ面白そうに微笑みを称えながら読み進めていた。


それは彼が活字中毒者という理由もあるが、もう一つ理由があった。

彼は前世の記憶を持つ者、転生した者であり前世の名は早川涼子という。地球が存在する世界の日本という国で生まれ、とある上場企業に勤めていた女性事務員であり、三十五歳の誕生日を迎える前日に交通事故により死亡。そして魔法が存在するこの世界の、大陸一の大国の王子として生れ落ちた。


 この世界に転生して早七年。三歳の時にこの国の現状を知った彼は、前世の知識を駆使し日々国に巣食う闇と日々戦い続けている。つい先日も彼と彼の部下のおかげで教会のテロを未然に防いだという功績も新しい。彼は今や国内で子供から老人まで人気急上昇中の王族である。


 そんな彼は外見七歳児でも精神は三十代、むしろ生まれ変わった年齢を足せば四十代となる彼なら、歴史学者が読むような専門書を読んでいても違和感はないだろう。

 ただやはり外見は七歳児の為、度々奇異にみられることもあるが、本日はハーシェリクよりも目立つ人物が側にいた為、その視線にさらされることはなかった。


 ハーシェリクはその向かい合って座る人物を横目で見る。

 太陽の光を反射してきらきらと光る腰まで届く長い純白の髪、金色にも見える琥珀色の瞳、そして傾国の姫や女神に愛されたと形容される為に生まれたとしか思えない完璧な美貌を持つ人物だった。微笑むだけで幾万もの男を虜にしたであろうが、残念なことに彼の性別は正真正銘男であり、また滅多に愛想笑いさえしないことは王城内でも有名である。


 彼はハーシェリクの筆頭魔法士で名をヴァイスといい、主からはシロと呼ばれている。ちなみに筆頭執事は事務仕事の為、筆頭騎士は訓練場に顔を出している為この場にはいない。


 その滅多に笑わないはずのシロは貴重な微笑みを時々浮かべて、目の前のモノを弄るのに熱中していた。


「シロ、面白い?」

「とても。」

「……そうですか。」


 主の言葉を失礼にも簡単に終わらせ、手の中にあるものを食い入るように見つめる。


 それはハーシェリクが今は亡きルゼリア伯爵……クラウスから託された銀古美の懐中時計だった。

 運動センスなし、魔力なし、ついでに美形揃いの王族の中では残念な仕様のハーシェリクが、魔力なしでも魔法が使えるという便利アイテムなのだが、実はこれがとても貴重な古代の遺産だと判明した。


 そこで魔法全般大好きで、同僚達からは『魔法狂い』とまで言われるシロがとてもコレに興味を持った。古代の遺産は遺産というだけあって機能しないものが多い。その仕組みを研究解明し復元し使用できるようなったものもいくつか存在するが、この懐中時計のように遺産で使用できる状態のものは希少だった。その為彼の魔法オタク心に火がついた。シロは時間さえあれば懐中時計の魔法式やら機能を調べているのである。今も懐中時計を撫でまわしてはメモを取り、魔法学の書物で調べ事をしてはまた撫でまわす作業をしている。

 はた目から見れば美人なのに、懐中時計を撫でまわす姿は前世のオタクの姿を彷彿させたが、ハーシェリクは沈黙を守った。


「壊さないでね?」


 一応忠告だけはしておくと、シロは頷くだけの返事をする。余り上下関係については頓着しないハーシェリクだが、ちょっとさみしくなった。


 ハーシェリクが彼から本に視線を戻した時、図書館と外を繋ぐ扉が勢いよく開かれる。

 その音にハーシェリクは視線を音のした方向に向けると、開け放たれた場所にいたのは肩で息をしている役人だった。


 どうやら誰かを探しているらしく図書館を見渡しているようだ。ただハーシェリクがいる場所は図書館の中二階部分であり、彼からは見えにくい位置だった。


「なんだ?」


 さも面倒くさそうにシロは言う。先ほどまでの上機嫌が嘘のように眉を潜め、誰かを探しているであろう男に一瞥を送った。


「さあ? 誰か探しているみたいだけど私達には関係ないだろうし。」


 午前中勉強を終えたハーシェリクは、午後の予定は特にいれてなかった為図書館に来たのだ。普段なら自主的に勉学に励むか城下町探索か、もしくはいろいろ秘密の行動しているハーシェリクにとって、本日は久々の大好きな読書時間である。特に心当たりもない為、ハーシェリクはそう言って本に視線に落した。だが予想は次の言葉で裏切られる。


「ハーシェリク殿下はいらっしゃいますか!?」


 図書館だというのに大きな声で呼ばれ、読書友達でもある司書の男性の非難する声が聞こえた。そんな様子を本から視線を外し階下を見たハーシェリクは嘆息する。


「……どうやら私がゆっくり出来るのも、今日までみたいだね。」


 そうハーシェリクは呟き、本を閉じたのだった。



「こちらでございます。」


 役人にそう促されたのはハーシェリク一人だった。先ほどまで一緒にいたシロは、このことを彼の同僚達に伝えるようお願いした為別行動である。

 別れ際に懐中時計を取りあげられた彼はとても不機嫌だった為、きっとすれ違う全ての人々を威嚇しているだろう。


 その様子が手に取るように思い浮かび、ハーシェリクは乾いた笑いを浮かべる。シロはその生い立ちから少々……否、かなり人間不信なところがあり、またその容姿のせいで注目を集めてしまう為他人には攻撃的なのだ。


(もう少しシロのコミュ障をどうにかしないとな……)


 誰にでも愛想よくしろとまでは言わないが、周りから彼が孤立してしまうのは問題だ。ただでさえその神がかった容姿のせいで浮いてしまっているのに。


(シロについてはまたどうにかするとして……さて、こちらはどうなるかな。)


 そう思いハーシェリクは入室した部屋を見回す。


 呼びに来た役人に連れられてきたのは、およそまだ幼い王子が来るには場違いな場所だった。重厚な扉が開かれた場所は、政治に関わる全ての貴族と高官、将軍、そして国王がおわす議場だったのだ。


(これは一筋縄ではいかなそうだね。)


 その場にいる全員の注目を集めながら、ハーシェリクは困惑した表情を装いつつ、内心は不敵に笑ったのだった。







 彼は議場に流れる不穏な空気に、うんざりするかのように肩を竦めため息を漏らす。


(本当にやってられんな。)


 そう心の中で呟いたのも議会が始まって既に五度目だった。

 短く切りそろえた青灰色の髪を面倒そうに掻き上げ、同色の瞳を細くし欠伸を堪える。彼の名前はヒース・ブレイズ。無精髭を生やした今年で三十五となった傭兵上がりの将軍だった。


 彼はとても特異な将軍だった。

 まずグレイシス王国で傭兵上がりの人間が、将軍の地位まで上り詰めること自体前例がほとんどない。更に言うなら彼は将軍になる気さえなかった。次に年齢が将軍になるには若すぎた。


 彼は元々傭兵ギルドの傭兵だったが、将来の安定性を考えて兵士になったのが事の始まりだった。


 若い時はまだ傭兵でもよかった。だが二十歳をすぎ、二十五歳をすぎと年を取るにつれ老後に不安を覚え始めた。同じ命を賭ける仕事を生業とするなら、危険で不安定な傭兵より国に雇われた兵士のほうがいいのでは、と思えたのだ。丁度その時期に運よく兵士の募集があったため、そのまま軍に入団。定期的な給与と休暇を手に入れた。


 だが彼の明るい老後設計はすぐに崩れる事となる。

 とある戦闘で彼の所属していた隊の分隊長が命を落とした。その為、傭兵として経験のあるヒースが部隊を代理で率いた結果戦功をあげ、そしてその実績が買われ分隊長に昇進した。


 この時点でヒースは首を傾げる。彼の明るい老後設計に昇進ということは含まれていなかったのだ。可もなく不可もなく兵士として働き、ある程度年をとったら裏方に回り、退役したら田舎で畑でも耕して悠々自適な老後を過ごそうと思っていたのだ。


 しかしなったからには仕方がない、長いものにはとりあえず巻かれておこうと割り切り、ヒースは隊長職も手を抜きつつそつなくこなした。だがまたある作戦で自分の上司にあたる小隊長が戦死したため、またもや代理で隊を指揮し、そして戦功をあげ昇進した。

 そして次も同じようなことがおこり、中隊長、大隊長と昇進していった。この時点で傭兵上がりにしては異例の昇進である。


 その時、当時まだ現役だった名門オルディス家の当主であるローランド・オルディス将軍に目をつけられたが、彼にとっては運のつきだった。


 オルディス将軍はなにかと彼を取り立てた。傍からみたら無茶な軍事作戦もヒースは面倒くさがりながらもこなし、オルディス将軍の配下として戦功を重ねて行った。そして気が付くとオルディス侯爵家が後見となった傭兵上がりの将軍となっていた。


「俺、なんで将軍になってんだろう……」


 そう遠くを見つめて煙草を吸いながら一人愚痴るヒースを副官は何度も目撃している。

 ただ副官は彼ほど将軍として有能な人間は、現在のグレイシス王国軍の中には存在しないと思った。


 普段は面倒くさがりで、訓練も会議も書類仕事も嫌がり押し付けてくる上司だが、一度戦場に立てば彼ほど頼りになる存在は他にいないからだ。


 彼は戦場に立てば、必ず戦功をあげる。

 彼が戦場で振う戦斧は敵の血で大地を紅く染め、国民を外敵から守護した。また戦場の流れを読む事に長け、決断も速い。それゆえ彼の軍の兵士の生還率は、他軍と比較にならないほど高かった。

 彼の下に配属されればどんな戦でも帰還できると兵士達は口をそろえていう。

 そんな彼は国内から「不敗の将軍」と呼ばれていた。本人はそれを聞いて顰めるだけだったが。


 その不敗の将軍と呼ばれるヒースは今会議に出席している。つい先日赴任先から戻ったばかりだというのに、王も出席なさっている会議に呼ばれ、雲隠れすることもできず大人しく席についていた。

 少しでも不真面目な態度をすると後ろに控えた生真面目な副官が椅子に蹴りを入れる為、居心地はすこぶる悪い。


 現在の議題は、王国の南西にあるアトラード帝国が国境沿いに軍を配備したことに関する対応策だ。


「現在、我が国とアトラード帝国の国境で確認できた兵の数はおよそ一万。」


 その報告を聞いた瞬間、その場にいる者達は息を飲む。ただ一人ヒースを除いて。


(あそこも最近きな臭いからなぁ……)


 他人事のようにヒースは心中呟く。


 大軍とは言えない。だが単なる国境での小競り合いともいえない数だ。その地域は王国と帝国が何度も衝突している場所だ。だがそれも数百人単位の小競り合いである。


 元々グレイシス王国と王国から南西にあるアトラード大国は、昔から非友好的な関係だった。


 王を頂く王国と帝を頂く帝国は、頂点に国主を置くところは同じだが政治形態は少し違う。

 グレイシス王国はあくまでも王が頂点として存在しているが、貴族達の権力も強く政治を握っている。一方帝国は帝を頂点に置いた皇帝の独裁国家だ。全ての方針が皇帝の一言で決まる。皇帝は至高の存在であり、皇帝が黒と言えば白も黒となる。絶対的な権力化の元統治されているのがアトラード帝国だ。


 何代か前の皇帝の命により帝国は幾度となく王国へと侵略戦争を仕掛けている。それは大小さまざまだがその度に王国は帝国の侵攻から国を守った。逆に王国も何度となく戦を仕掛けているが、これといった戦果は上げていなかった。


 近年において大きな戦となったのは十年ほど前あった戦争だ。十万もの兵を率い帝国軍は王国の大地へと雪崩れ込んだ。だが当時の将軍を務めた烈火の将軍と称されるローランド・オルディス他有能な将軍達の戦果により、帝国軍は十万もの兵の内その四割を異国の大地に置き去りにし、敗走したのである。


 この時二十五だったヒースも傭兵として参加していた。戦場は正に地獄絵図だった。特に使い捨ての傭兵は激戦地に送られ、よく生き残ったと思った。ついでに「あ、このままじゃ俺爺さんになる前に死ぬ。」と思い、兵士に転職する決意をしたわけだが。


 それから十年あまり、帝国軍内での内乱もあり大きな侵略はなかった。だがこの度、内乱を鎮圧し権力を掌中に収めた帝がその威信を示す為、再度王国への侵攻を画策したのだ。


 その情報は既にグレイシス王国の軍務局情報室も補足しており、昨年より国境の防備を固めつつあった。だが一万もの軍を国境砦のみの戦力で退けるわけもない。今回の議題は国境への軍の派遣や物資補給に関することが主だった。


 その軍議に出席しているということは自分がその軍を引率するんだろうな、と予想が簡単についてしまい乾いた笑いがこみあげてくる。後ろの副官に椅子を蹴られ真顔に戻ったヒースだが、それだけならいつものことだった。


 自分を除く将軍職に就く者は全てが貴族だ。彼らにとって自分は同じ将軍であっても格下に見られ、面倒事は全て押し付けられる。ただそれを難なくこなしてしまい、現在の地位を手に入れているのだからヒースは笑うしかない。


 だがこの場はいつもの軍議とは異なった。


 ちらりとヒースは視線を動かす。視線の先には場の雰囲気に沿わない者がいた。また彼が室内に流れる不穏な雰囲気の原因とも思えた。


 それは困惑の表情を浮かべた末の王子ハーシェリクである。彼は今、議場の隅に設けられた席で左右後ろを兄王子達に囲まれ大人しくしていた。


(これは何かあるな。)


 大体、軍議に国王が参加されること自体珍しい。相手が帝国とはいっても一万の相手なら軍務局内で軍議し報告を上げ、大臣と国王に決裁をもらうだけがいつもの流れだ。


 だが今回に限り、軍務局幹部だけでなく他高官や貴族、大臣や王まで出席した軍議が開かれた。その中でも異質なのが、王子達の存在だ。


 ヒースが上座に視線を向けると若々しい美貌を持つ王がいる。月の光を集めたような白銀の髪、極上の翡翠の瞳、疲労がたまっているのだろう憂いを帯びた秀麗な顔立ち、二十代にしか見えない王ソルイエは、自分よりも年上の四十代のはずだった。


 その側に控えるのは第一王子であるマルクスだった。父親譲りの整った顔立ちには色気があり、炎のように燃えるようでいて艶やかな赤髪、極上の紅玉を磨いたような輝きを持つ意志の強さを秘めた瞳は険しく鋭い。


 そんな彼と対となすように王の横に控えるのは、大臣であるヴォルフ・バルバッセ侯爵だった。榛色の髪を丁寧になでつけ、同色の瞳は持たれた書類を目で追いつつ、表情を険しくしているが、それがわざとらしいとヒースは印象を受ける。


 ヒースはこの国の内情を知っている。だが己は何かしようとは思っていない。彼は政治に関与せずただ国を守護するのみだ。彼が守るべきは国であり国民であり、決して王ではない。そういうといつも副官から忠誠心がないと言われるが、軍に入った動機でさえ安定収入と悠々自適な老後生活だったのだから、忠誠心を持つほうが難しいだろう。


ただもし、国民を守る為の力が国民に向けるのであれば、それは止めねばならないと思うくらいには国に愛着はある。


(さてはてどうなることやら。)


 ヒースは小さくため息を漏らすと、それを聞きとがめた副官が再度彼の椅子を蹴るのであった。




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