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 どこまでも青い青い表面に白いレース模様を浮き立たせ、いつも美しい水面はただ静かに豊かに波打っている。そこに1本、真っ直ぐに伸びる白い道があった。砂浜から生まれた道は長く、果てしなく、誰もその先を知らないという。その道を辿ってこちらに来る者もいない。誰も通ったことのない道なんだよ、とヤドカリが小さな声で囁いた。

「誰もか」

 子どもはそう言ってヤドカリを睨む。

「誰も通ったことがないのか」

 ないよ、あるはずないよ。ヤドカリが答えて子どもは険しく目元をひそめる。

「それはとても怖いな。誰も知らない場所は怖い」

 でも行かなくちゃ。そう言ったのはウミガメの子だった。

「怖くても行かなくちゃダメなのか」

 子どもが聞くと、ウミガメの子はうんうんと首を縦に振る。だってそうしたいっていう気持ちがお腹の底から湧いてくるでしょう? 砂についた足がむずむずしているでしょう? あの綺麗な白い石の道を歩きたいって、あなたの足が訴えてくるでしょう?

 子どもはウミガメの子のようにうんうんと頷いた。

「あの道に湿った足跡をつけて、どこまでも行きたい気がする」

 なら怖くても行かなくちゃ。ウミガメの子はそう言って首を道の方へと振った。

 耳を澄ませてごらん、とイソメがそれこそ聞こえるか聞こえないかの声で言う。子どもは言われた通りにした。何も聞こえなかった。

「何も聞こえない」

 そんなはずはない、とイソメはできる限りの大声で言った。きっと誰かが呼んでいる。呼ばれるから道を歩く。怖くても呼ばれるから歩ける。

 子どもはもう一度耳を澄ました。イソメの声より小さな音も聞き逃すまいと一生懸命に耳を澄ませた。しかしやっぱり何も聞こえなかった。

 子どもはがっかりしたが、それでも道を行こうと決心した。何故、とヤドカリが問う。

「誰も通ったことのない、誰も呼んでいない、怖い道だ。だけどあれは自分のための道だ」

 子どもは答えた。青い水面を分かつ一本道を、笑って睨んだ。

「自分以外に通るものがない道なら、本当に怖いものではないだろう」


 それから子どもは白い道を歩き始めた。ヤドカリとウミガメの子とイソメに手を振って、砂浜を離れた。道は砂に慣れた足には冷たく、水に濡れて滑りやすかった。慣れない道を、子どもは慎重に歩いていった。

 不思議な感覚だった。足元からさくさくという音が聞こえない。辺りは全て波の音で、誰の声も聞こえない。そのうち砂浜も見えなくなって、一度立ち止まったらもうどっちから歩いてきたのかも分からなくなってしまいそうだ。だから子どもは立ち止まることなく歩き続けた。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 同じリズムで足を道につけて、離す。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 足の付け根から下を前に蹴り出すようにして、もう片方の足は置いていかれないように持ち上げて、また蹴り出して。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 両手は身体の横で、蹴り出す足と反対の手を前に振りながら。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 滑りそうになったときには腰でうまく重心を調節して、リズムは崩さないように。

 子どもはどこまでも歩いていく。道の上を歩くことにも段々と慣れて、滑ることも少なくなった。白い道は先も見えずにどこまでも続き、左右に見える青い水面にも何の変わりもない。子どもは時々耳を澄まして誰かの声が聞こえないか試してみた。子どもを呼ぶ声はどこからも聞こえなかった。

執筆日2013/10/22

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