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4・天使なんかじゃない!

「ウオォオオオォオ!!」


 若者たちの雄叫びに両手で耳を塞ぐ。凄い……男性のこんな大声を聞くのは、高校の体育祭の騎馬戦以来だ。


「立ちふさがる者は全て敵だ! 突き進め! 道を切り開け!!」


 声の限りに叫ぶ青年が長剣の切っ先を向けた先に、不気味な雰囲気を発する異形の群れが待ち構えている。あのナタ妖怪の他に、長身の青年よりも背丈の高い怪物の姿も見えた。


「征くぞ! 我ら海星騎士団(シーザスターズ)の誇りにかけて!!」


 青年の勇ましい(げき)に若者たちは、長い槍を携えた青い服の戦士たちを先頭にして、長剣を構えた赤い服の剣士、弓を担いだ緑の服の順に陣形を整えた。


「前進!!」


 傷だらけの若者たちが、異形の集団に猛然と突撃する。

 すぐに激しい戦闘が始まった。もうもうと土煙が上がり、木々に遮られてただでさえ見通しが良く無い視界が更に悪くなる。


 聞こえてくるのは人と怪物がぶつかり合う闘争の音。

 叫び声と唸り声、そして……耳を塞ぎたくなる様な悲鳴。


 ――――お願い、誰も死なないで。

 私は胸に手を当てて祈るしかなかった。


 信じてもいない神様に。

 お父さんを救ってくれなかった神様に。

 

「天使様、あいつらが活路を開きます。森の入り口には馬車を待機させてあるますので、そこまで逃げ切れば、もう何の心配もありません」


 青年は背にした盾を左腕に持ち、私を護る様に身構えた。


「良いですか。合図をしたら俺の後に付いて走って下さい」

「でも……」

 

 首を横に振った私に、青年は困ったような顔を向けた。


「大丈夫です。俺を、あいつらを信じて下さい。俺たちは命に代えても天使様を護り切ります」

「違う……違うんです」


 私が天使のはずが無い。

 神様を信じない天使なんているはず無い。


「違う? 違うとは何がですか? 天使様?」


 さっきよりも土煙が、闘いの喧騒が近づいて来ている。

 若者たちが敵に圧されている。肌が、本能がそう感じた。


「私は逃げません。逃げたくありません。ここで怪我をした人の手当をします」

「て、天使様! 何を(おっしゃ)って……」

「私は天使なんかじゃない! 私は看護師です!」


 そう叫んだ私と戸惑う青年の前に、赤い服の若者、いや、少年にしか見えない男の子がふらつく足取りで駆け寄ってきた。


「は、早く……もう、長くは持ちません。僕たちが壁を作りますから、その隙に……」


 それだけ言うと、少年は右腕を抑えて崩れるように地面に倒れ込んだ。

 

「天使様……こいつらの犠牲を……無駄にしないで下さい」


 絞り出すように言って青年は手を差し伸べてきた。

 私はその手を振り払い、力いっぱいに青年を突き飛ばした!


「なっ、なにを!? 天使様!?」


 思いも寄らなかったのだろう。よろけて後ずさった青年が驚きの表情を私に向けた。


「どいて! 治療の邪魔です!」


 私は突っ立たままの青年を無視して、倒れ伏した少年の怪我の具合を確認した。大変……上腕骨が折れている。


「聞こえますか!! 大丈夫ですか!!」


 私は実習で習ったように大声で呼び掛け、その肩を叩くと、少年は「天使様、早く逃げて……」と苦しげに呻いた。

 大丈夫、意識レベルに問題は無い。自発呼吸もしている。でも、ここには治療に使う器具も何も無い。今の私は聴診器(ステート)どころか包帯すら持っていない。せめて添え木で固定して……。

 白衣のポケットをまさぐると、鋏と包帯が一巻き出てきた。あれ? こんなのポケットに入れた覚えは無い……でも、今は考えるより手を動かせ、ことり!!


「そこの木の枝! 取って!」


 呆然とする青年を怒鳴りつけると「はっ、はい!」と、青年は鉛筆のような細い枝を拾って私に差し出した。


「違う! もっと太いの!」


 す、すいませんと頭を下げ、慌てて新しい枝を持ってきた青年に「ありがとう」と声を掛け、鋏で少年の服を引き裂く。


「ごめんね、痛いよね。我慢出来る?」


 コクコクと(うなず)く少年の酷く腫れ上がった患部に添え木を当て、包帯を巻いて固定する。骨折の処置は苦手だったはずなのに、自分でもびっくりするほど手際良く出来た。


「こんなになるまで……良く頑張ったね」


 痛々しい患部にそっと触れると、少年の折れた腕に巻いた包帯が、じんわりとした柔らかな光を放ち始める。なにこれ!? どこの特殊包帯!?


「あ、あれ? 痛く……無い? 天使様! 痛くないよ、全然痛く無い!!」


 発光が収まると、痛みに苦しんでいた少年は、折れたはずの腕をブンブンと激しく振り回し始めた。


「ちょっ、ちょっと! な、な、何してんの! まだ動かしちゃ駄目だよ!」

「もう大丈夫です! 天使様、感謝します! 僕、まだやれます!」


 唖然とする私を背に、少年は骨折しているはずの腕で剣を振るい、怪我人とは思えない力強さで戦列に駆け戻っていった……あのレベルの骨折だと、リハビリも含めて完治まで三か月は掛るはずなのに、どういうこと?


「あれほどの怪我を瞬時に治癒するとは……さすがは天使様の神聖術」


 眩しい物を見るような表情で私を見つめる青年。あの……すいません。言っている意味が分かりません。

 私は手に持った包帯を、信じられない気持ちで眺めた。これ……どこのメーカーだろう。チェックして辻井さんに教えてあげよう。


「だが、戦況は良くありません。俺が無理だと判断したら、敵陣の突破を了承して下さい」

「……分かりました」


 青年に頷き返して包帯を白衣のポケットに仕舞おうとすると、ポケットには戦闘曲が鳴りっぱなしのスマホを入れていた事に気が付いた。そうなると、いよいよこの包帯はいつポケットに入れたのか分からなくなる。

 私はトートバッグに包帯と鋏を仕舞い、改めてポケットからスマートフォンを取り出した。パズヒロの画面には、序盤の強敵「ゴブリン&ホブゴブリン」の一団との戦闘シーンが映し出されていた。


 うわ、黒いドクロドロップがかなり溜まってる。それに火、水、風のドロップの配置が飛び飛びだ……って、今はゲームをしている場合じゃない!

 ……あれ? ちょっと待って。このギョロ目で茶色い肌のゴブリン、あのナタ妖怪そっくりだ。それに、あの背の高い方のナタ怪物、あれはホブゴブリン? これは……まさか!?


 私はスマートフォンの画面を眺めてから、戦場に目を移した。


 ドクロドロップの配置がゴブリンとホブゴブリン。

 火ドロップが赤い服の剣士。

 水ドロップが青い服の槍兵。

 風ドロップが緑の服の弓兵。


 私は指を差しながらスマホと戦場を交互に見比べた。

 信じられない……でも、間違いない!!


「右奥、赤い服の剣士! 三人掛かりでホブゴブリンを攻撃するように伝えて下さい!」


 身近なところまで迫ってきたゴブリンを一斬りで切り伏せた青年に向けて、私は大声で呼び掛けた。


「て、天使様?」


 首だけで振り返った青年は一瞬、不可解な顔をしたが、すぐに「ファーン、ミゲル、リッズ! 三人で組んでホブゴブリンにかかれ! 反撃を許すな! 斬り払え!」と指示を出した。

 私は戦場とスマートフォンを交互に眺めながら、出来るだけ被ダメージが少なく、かつ効率的なルートを見つけ出して、それを青年に伝えた。


「左奥、青い服の槍兵、縦に並んでホブゴブリンに攻撃を」

「クライフ隊! 縦列突撃態勢を取れ! 一歩も引くな! 意地を見せろ!」

「手前、緑の服の弓兵、五列に並んでゴブリンを撃って下さい」

「ヨハン隊! 五列に並び一斉掃射! 矢を惜しむな! 撃ち尽くせ!」


 火の剣士のユニットスキル「斬り払い」

 水の槍兵のユニットスキル「縦列突撃」

 風の弓兵のユニットスキル「一斉掃射」


 これは「パズル&ヒーローズ」のC級ユニットの特殊能力スキルと同じだ!!

 入り組んだ森の中で思うように隊列が組めずに苦戦を強いられていた若者たちは、徐々に落ち着きを取り戻して強固な陣形を組み直した。

 次々と斬り払われ、絶え間なく槍の突撃を受け、降りそそぐ矢の雨に怪物の一団は散り散りになって逃げ惑い始めた。

 勝てる! 私はスマートフォンの画面を見て勝利を確信した。だけど、このドクロドロップの配置では、どうしてもあと一撃を受けてしまう。

 盤面とにらめっこしていると、リーダーユニットが激しく点滅を始めた。これは開始15ターンが経過してから発動できる「赤の騎士」の必殺のユニットスキル「ブリッツフレイム」!! 赤の騎士……あの青年に間違いないと思う。


「お願い! 止めの一撃、『ブリッツフレイム』を!」


 私は声の限りに赤い鎧の青年に呼びかけた。すると、ホブゴブリンと斬り結んでいた青年が「えっ?」という文字が顔に浮かぶような表情で私を振り返った。

 あ……さすがに無いよね。そんなアニメみたいな必殺技……。


「隊長! 久々にアレ、見せて下さいよ!」

「よっ! 隊長のっ、格好いいトコ見てみたい!」

「猛爆の! ってヤツ、お願いします!」


 余裕を取り戻した若者たちが、ホブゴブリン相手に一人奮闘する青年をやんやと囃し立てる。


「お前ら! ふざけんのも大概に――――」


 ホブゴブリンの大ナタが、体勢を崩した青年の胴体をなぎ払う!


「避けて!」


 私は悲鳴を上げ、思わず両手で顔を覆ってしまったが、青年は後ろ受身で一回転して危険な一撃を避け切った。


手前(テメェ)ら……俺の奥義を大道芸みたいに言いやがって。いいか! これは天使様の為にやるんだからな!」


 苦々しい顔で青年は長剣を上段に構える。すると、構えた剣が赤く輝き始めた。


「我が剣に宿りしは小さき(ともしび)


 いつ、どこから着火したのか、剣身が松明のように燃え上がった。

 大ナタを振り回し、青年に追撃を加えようと迫るホブゴブリンの後に、森に潜んでいたゴブリンたちが奇声を上げて増援に加わった。


「されど、我が心に宿りしは不滅の赤!」


 押し寄せる熱風に、私は白衣の袖で顔を覆った。

 青年の振りかぶった長剣を包む炎は、松明どころかアクション映画で観た火炎放射器のように燃え上がった。

 

「見せてやる! 魂の炎を! 猛爆の――――」


 パズヒロの盤面が赤く輝く。画面上の全ての黒いドロップが、燃え上がるようなエフェクトの炎のドロップに変わった!


「ブリッツフレイム!!」


 叫んだ青年が、ごうごうと燃え盛る炎の剣を振り下ろした。

 剣から放たれた炎が、熱がゴブリンの一団を轟炎の塊に変えた。一瞬遅れて凄まじい爆発が起こる!

 私は耐えがたいほどの熱と爆煙に反射的にしゃがみ込み、キャンプファイアのような炎の柱を眺めていた。


 ――――いやいやいや、さすがにこれは……夢だよね。

 ことり、早く起きなさいってば。明日は日勤の予定だよ。


 若者たちの大歓声と目にしみる煙に咳き込んで「これは夢じゃない」と、現実を痛感させられていると、未だに燃え上がる炎を背に青年が歩み寄って来た……これ、特撮で観た事のある画だ。

 ぼんやりと青年と炎のコントラストを眺めていると、前触れもなく青年が私の足元に膝を突いた。


「だっ、大丈夫ですか!? どこか怪我を!?」


 慌てて差し出した私の手を、青年は(うやうや)しく両手で包み込んだ。


「あぁあ、あの、あのあのあの!?」


 男の人に抱きかかえられたのも初めての経験だけど、こんな風に手を握られたのも生まれて初めてだ。

 さっきのは緊急事態。でも、この人は今、確信的に私の手を握ってる!? まっ、まぁそんなに悪い気はしないけど。


「妹から……いや、王宮召喚士からは『癒しの天使』を召喚したと聞いていましたが、貴女は勝利の女神だったのですね」

「え、小児の、何ですか? あの私、小児科じゃないんですけど……」


 青年は答えず、(ひざまず)いたまま私の手の甲に軽く口を付けた。

 私の手を包み込む両手の大きさと温かさ、そして、手の甲を襲った柔らかい感触に、思わず「ひぃやあ」って変な声が出てしまった。

 慌てふためく私の顔を、青年は何か神聖な物を見るような目で見詰めてくる。

 おぉお父さん! こういう場合、ことりはどうしたら良いのですか!?


「隊長! 隊長!」


 慌てた様子で緑の服の若者が駆け寄ってきて、はっ、と我に返った私は手を引っ込めようとしたが、青年はがっしりと両手で握り込んで離してくれない。


「隊長、大変ッす! って、こんな時に何してんすかっ! この破廉恥ナイト!」

「は、破廉恥って何だ!! これは騎士道に(のっと)った貴婦人に最大の敬意を表する儀礼で……」

「んなこた知らんすよ! このムッツリ騎士っ! あんたの着けた火が森に燃え移って大変だっての!」

「なっ、なんだって! 消火活動、急げっ!」

「あんた馬鹿か! とっくに始まっとるわ!」


 私を残して火元に駆け出していく青年と緑の服の若者の背を眺めながら、私は気が抜けて座り込んでしまった。幸い、木々に燃え移った火は消し止められつつあるようだった。


 これから私、どうなっちゃうんだろう。

 まだ大人になりきれない柔らか頭で考えるのなら、ここは多分「パズル&ヒーローズ」の世界だ。

 エレベーターの扉の向こうがパズヒロの世界に繋がっているとは知らなかった。辻井さんだってびっくりするだろう。

 でも、あの妖怪みたいなリアルなゴブリンも、欧米風の顔立ちの青年や若者たちが日本語を話すのも、アニメみたいな必殺技も、そう考えれば納得はいく。未だに信じられないけど。

 

 よいしょっ、って立ち上がると、消火活動を終えた若者たちが「天使様! 天使様!」と口々に叫びながら駆け寄ってくる。みんな、傷だらけの煤だらけで酷い顔。でも、男の子らしい素敵な笑顔。早く治療してあげなくちゃ。

 

 私は天使なんかじゃない。

 私は看護師の赤井ことり。


 でも、神様なんて信じない天使が、一人くらいいてもいいんじゃないかな。


 ポケットに仕舞ったスマートフォンからは、勝利のBGMが流れ続けていた。

一応、一区切りなので完結扱いにしておきます。


「赤井ことり」は、これから城に行き、良きライバルとなる「青いシスター」や親友となる「赤き魔女」を始めとした多くの人々と出会い、海王都奪還作戦に参加します。そして、看護師として「C級ユニット・白衣の天使」としての自分の役割に目覚めていく、ってストーリーを考えていました。


「武器屋」を読んでいてくれている読者さまには、どっかで聞いたフレーズかも知れませんね(笑)


さて、やっぱりウケが悪いので「新米看護師~」はここで打ち切ります。もし、続きが読みたい! ことりがカワイイ! なんて危篤、いや奇特な方がいらっしゃいましたらぜひ感想やお便りをお待ちしております。って、どこぞの漫画雑誌みたいな感じで締めさせていただきます。

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