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図書室の幽霊

 天使がいるとしたら、きっと彼のような形をしているのではないだろうか。



 いつも微笑みを絶やさないとか。

 怒ったところをみたことがないとか。

 地味で控えめで思慮深く物静かだとか。

 優しくて思いやりがある性格だとか。

 面倒見がよくて頼まれたら断らないとか。


 噂をいくつも拾いながら聞く限り、どうもそれはそれは近づくことすらおぞましい。

 ではなくどうもそれはそれは清らかな存在であるらしかった。

 あるらしい、というのは実際には会ったことすらないからだ。


 その保健室の天使とやらに。


 わたしの通う高校は、学力偏差値県内平均ないたって普通などこにでもありそうな学校だ。

 だが、他校から見ても特殊と呼ばれるようなモノがある、というか者がいる。

 羽衣屋(はこや)高校七不思議といわれるそれは、年ごとに内容を変えながらも確実に受け継がれている。


 一・音楽室の死神

 二・図書室の幽霊

 三・職員室の彫像

 四・体育館の雪女

 五・美術室の眠り姫

 六・保健室の天使

 七・永久欠番(知ると不幸になるとかなんとか)


 現在はこれだ。

 これすべて、実は校内の有名人の二つ名なのである。


 本人たちはそう呼ばれているのは知っていたり、いなかったり。

 保健室の天使はどうなのだろう。


 授業中を除いて、いつも保健室にいるという新入生の男の子は。


 実をいうとわたしは今年の委員会選びに失敗し、残った(HRをサボった)人間でアミダくじをして保健委員になっていた。

 保健委員は毎日クラスの出席をとったり、具合が悪い人間がいれば保健室へ連れていかねばならない。らしい。

 どうもわたしの相方らしい女子生徒は噂の天使にぞっこん(死語)らしく率先して仕事をこなしてくれているからだ。

 素敵だ。自分の欲望に忠実に動いて誰かが救われるなら、なんて美しい利己犠牲か。

 おかげでわたしはこうして人気のない図書室の隅で本を読むことができる。

 彼を思い出すに至った、天使と悪魔の描かれた本の表紙をなぞった。

 しかし、校舎から離れてるとはいえこんなにも利用者がいないだなんて。

 わたしには都合のいい場所だが、埃の積もった本を見るとため息が出る。

 現代っ子よ、本を読め。

 かつての校長が読書家だったらしく、大量の貴重な寄贈本がある図書室は建物ひとつ、すべてが本で埋まっている。

 この学校の司書は所詮ことなかれ主義で、本を愛しているとは到底思えない。

 実質、図書室を回しているのは有志の図書委員だ。

 古書通には垂涎の品が並ぶ最奥辺など、よほどの本好きか―――いたいた。

 見るからに脳内お花畑の下半身で生きてまーすなアイタタな生徒が読みそうもない純文学のコーナーに進んでいっている。


 仕事の時間だ。

 読みかけの本に栞をはさみ、わたしは立ち上がった。

 今日のわたしのスタイルは膝下が隠れるほど長いスカートにぼさぼさの長い髪の毛、そして青白い顔だ。

 さらにポーチから鏡を取り出し、目元をそれ用のパフで黒く落ちくぼんだようにみせる。

 よしよし、まあちょうどいいだろう。

 本棚の間を縫ってさっきの人間たちが向かうであろう最奥に先回りをする。

 そしてごろりと床に寝そべった。


 ガヤガヤとうるさい声が段々と近づいてくる。

 最初に視界に入ってきたのは男子生徒だ。

 腰パンどころか尻パンだろうという床を引くスラックスにほんのりと香るタバコの臭い。

 そして重なるように現れたのは絶対領域などはるかに超越した長さのスカート丈を着た、わたしとは違う意味で化粧の濃い女子生徒。

 リボンの色からして一年生か。

 まぁ、噂話を聞いても直に見ないとわからない時期だろう。

 わたしがゆるりと頭を動かすと、五メートル先くらいにいる男子生徒の足が止まった。


「なぁーに? とまっ………」


 女子生徒の視線が、それはそれはゆっくりと床の方へと向けられた。

 長い髪の毛が、本棚から少しずつ少しずつ見えるようにとゆるゆる揺れながら出ていく。

 そして、ころりと。

 顔を二人の方へ向けて。

 目を見開いて、口を大きく歪ませた。


「………うふふふふふふふふふふあはははははははははははは!!!!!」


 イメージは、壊れた時計だ。


「きゃぁあああああ!!」


「うわぁあああああ!!」


 腰が抜けたらしい男子生徒には目もくれず、下着を丸見せにして駆けていく女子生徒。

 バラバラと携帯機器やらなにやらを床に散らかしていく。


「おいっまてよ!」


 あら、これ破局の危機かもしれないな。

 知ったことではないけど。

 むくりと、寝返りを打って身体全体を男子生徒の方へ向けた。


「ひぃっ」


「あはっはははははは!!!」


 ずるりと腕だけで起き上がる。立つ気はない。そのまま腰を抜かしている男子生徒の前まで匍匐前進をしようとして―――


 やめた。

 埃を払って立ち上がる。


「骨がねぇの」


 完全に落ちてしまった。

 口からは泡が吹いている。呼吸はしているので放っとく。


 本来なら近づいて、その喉元に手を絡め、耳に息を吹きかけ「コロシテ」と言い―――がわたしの中のシナリオなのだが。

 まだ最後まで成し遂げたことがない。

 これは演じることに関しては誰にも負けないという自負のあるわたしにはかなり不満なことである。

 腕に巻いた時計を見ると、六時半に差し掛かっていた。

 そろそろ施錠の事務員が来るだろう。

 元いた机に戻り、ポーチから化粧落としのシートで顔を拭い、邪魔なウィッグを脱いでスカート丈を標準の長さまで折り曲げる。

 度なしレンズの眼鏡をかければ完成だ。

 どこにでもいる、どこにいてもいい女子生徒に見えるだろう。

 読みかけの本をバックに入れて、すれ違った事務員に倒れていた男子生徒のことを伝えて門を出た。



 わたしが、先代から七不思議を受け継いでから一年と少し。

 他の七不思議は知らないが。


 《図書室の幽霊》は、図書室を守るための伝統職である。







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