自虐
9、自虐
またもや二日酔いのコウヘイはくしゃくしゃのベッドの上で、頭がこんなにがんがんするのは初めてだと思った。
チャイムが断続的に鳴り続ける。と思うと玄関のドアが叩かれる音が響く。
しばらく放っておけば帰るだろうと、かけ布団を頭からかぶったが、玄関の騒音は止むどころかますますひどくなる。しょうがなしに起きだして、インターホンの画面を見た。
そこに映るのは、湊だった。いつもならざる半パンにTシャツというラフな格好の湊が焦ったような顔で、玄関を叩いていた。
「何?」
通話にして話しかけると、とたんに怒り顔に変貌する湊が叫んだ。
「コウヘイ開けろ」
玄関のドアが開く、パンツ一丁でノブに手をかけるコウヘイは顔色も悪いし、何しろ臭い。
「湊さん大声出さないでよ」
何も言わずにドアに鍵をかけると、湊は部屋に上がり込んだ。
「コウヘイ、さゆりって知ってるか?」
眉をひそめて考え込むコウヘイ。
「ああ、いい。お前が名前を覚えてるわけないもんな。そのさゆりって女が今日おまえを訴えるって事務所に乗り込んできたんだ」
「なんで?」
「デートDVだって言ってる。やってないんだよな?」
「記憶にないけど……」
「じゃあいい。適当にこっちで対処しとく」
湊は今更ながら自分の格好に納得がいかないようで、半パンに折り目をつけたりしている。
「それだけ?」
「コウヘイお前の携帯、ポンタが持ってたぞ」
「わすれちゃった、かな?」
「まだ呑むのは飽きないか?」
「うん、他にすることないし」
少しだけ減らしてくれ、といって湊は散らかったコウヘイの部屋に一瞥をくれて帰って行った。
「なんだよ、こないだといってること違う」
不服そうに言うと、風呂場に消えた。
いつも通りの時間に通りへ出た。黒いピンヒールが小気味よい音をさせる。
「おはようございます」
バーロウには既に一人の客が来ていた。その見慣れた後姿は……
「西村さん、何をなさってるんですか?」
リンは西村の横へ回った。
「リンにやっぱりちゃんと話しておきたくて」
彼女はあきらめたように溜息をつき、梶に何か話した。
「西村さん、こっちに」
言葉少なに呼びよせスタッフルームに通した。
スタッフルームといっても、食器棚とついたてで囲っただけの部屋で、大声を出せば聞こえてしまう。
先程まで着ていた会社の制服がつるされている布製のロッカーと、そのわきに数脚のスツールが重ねられている。リンは重ねられたスツールから椅子をとると西村に座るように促した。
手早くお願いします。梶さんに迷惑ですからと、リンは立ったまま、腕組みをした。
「本当に申し訳ない。リンと別れたのは結婚のためじゃないんだ。本当だ」
「ええ」
「今朝部長にはなんて言われたんだ?」
怖い顔でリンを見る。
「別に、仕事のことで西村さんのことではありません」
「本当か?それにしては……」
「なんでもない事を大層なことにしないでください。例によって社長に呼び出されたんです」
「なんだ、そうか」
西村は一転安堵から笑いだした。
「西村さん、もうこれっきりにしてください。会社では極力無視してください。私もそうします。部長の娘さんが心配なさるでしょうし」
西村は同意して帰って行った。
「彼は、どうしようもないな」
梶さんの第一声だった。聞いていたらしい。
リンは、それをきくと腹を抱えて笑った。リンの思いを見事一言で表したのだ。
中身のない西村は、懸命に虚勢を張って生きている、張りぼてのような男だ。付き合ってた当時は、なんとはなしの違和感として感じていた。別れた今は、客観的に見れる。自分以上に見せようとする、本当は小さな男なんだ。それは誰でもすることだけれど。
梶さんの言葉で納得した。本当に少しも未練はない。一つ心残りなのはそのことを部長に伝えられないことだ。
たぶん、部長も知っているだろう。あれだけ見る目のある人だから。それを承知の上で娘と結婚させようというのだ。きっと部長と娘さんなら西村を男にできるかもしれない。私では出来ないけれど。
私はこのことで少しはいい女になれたのだろうか?いいやそうは思わない。私もやっぱり西村と同類なんだ。
張りぼて。
ただの張りぼてがお酒を運びますよ。ぜひバーロウでへべれけになってください。
その夜、バーロウにリンの笑顔があふれていた。
その日に来た客は、まれにみるリンの笑顔にまだ来ていない常連客を呼び出した。そして、バーロウの売上高は歴史上最高額を叩きだした。
いったん、更新停止します。
頭の中では、もう少しおもしろかったのですが。
書いてみると、ちと違くなります。
突然はじめから変わっているかもしれませんが、お許しください。