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冷酷

8、冷酷


 リンは朝一番で部長に呼び出された。

 智奈の言葉がよみがえる。西村と、部長の娘の婚約の話。

 もう関係ないんだからと頭に叩き込んで部長の前に出た。


「おはようございます。お呼びでしょうか?」

 50歳になったばかりの部長は、外見は柔和な雰囲気だが切れる男だと認められている。下からもその公平さと的確な指示で慕われていて、その分苦労が多いのか、白髪が多いようだ。

「少し待ってて」

 散らかった机の上をひっかきまわしている。

「ああ、あった」

 小さなメモ用紙をつまみ出すと、立ち上がり上着のボタンを閉めた。

 ちょっと野暮用でねと、課長に席をはずすことを告げると、リンについてくるように目くばせをした。

 廊下の突き当たりに設置された喫茶スペースは、自販機とポット、フロアの全員で共同で買った、お茶やコーヒー、紅茶が置いてある。

 朝のコーヒータイムが終わった今、人影はない。

 部長は自分のカップに紅茶を作った。そして小声で言った。

「社長が今日の昼に書類を持ってきてほしいと言っている」

「はい」

 これはたまにあることだった。祖父に恩があると言って、リンを雇ってくれただけで感謝しているのだが、たまに呼び出してご機嫌伺いと言ったら社長に失礼だが、リンと母の様子をきいてくれるのだ。伝達役はいつも部長で、リンと社長のつながりを知っている数少ない人物である。

 腑に落ちないのは、いつもはデスクでするやり取りをここまで来てしたということ。

「部長、他にご用件がなければ、仕事がありますので」

「いや、待って。もうひとつ」

 ポケットに手を突っ込むとさっきの小さなメモをリンに渡した。

「読んで」


『西村さんとリンさんが付き合っている』

 半ば予想していたことだった。リンはあくまでポーカーフェイスを貫いた。

「これがなにか?」

 紅茶のカップに口をつけたまま部長はリンの顔をじっと見ていた。

「いや、これはまだ口外しないでほしいんだが、うちの娘が西村のことを気に入ってしまってね。婚約しようかというところまで来てるんだ」

「はい」

「僕としては、娘が真剣に考えて出した結論なら応援しようかと思っていてね。でも、このメモが本当なら、考えてしまうよね」

「そうですね」

「言いたくないことかもしれないが、ホントのところどうなんだろう」

「このメモに、本当のことは書いてありません」

 部長の目が射るようにリンを見ている。

 リンも負けじと見返した。


 時がとまったようだった。


「そうか、変なことをきいて済まなかったね」

「いえ」

 妙な緊張感も部長の笑顔で消えさる。これが信頼の元なのかもしれないな。リンはなんとなくそう感じながら、席に戻った。

 メールをチェックすると、西村から来ていた。

 ここへきてくだらない事を言い出したらどうしよう。


『話がある。昼休みに例の場所で』

 どうしてこう腹の据わらないことをするんだろう?終わったことを蒸し返してどうするのか?

 リンはメールを完全に消去して、新たに西村にメールした。

『話はありません。すべては終わった話です』

 すると間もなく返信されてきた。

『なかったことにしてくれるのか?』

 リンは思った。

「ええ、してあげますとも。私には何もなくすものなんかありはしないんだから」


『それで結構です』



 コウヘイはまだいい調子だった。セッションの途中でうたた寝を始め、ギターを抱えたまま、ソファで本格的に寝始めた。

 シンジとポンタはコウヘイを転がしたまま新曲をやりだし明け方完成しようというころになって、コウヘイは起きて、また飲みだした。

 完成した新曲を口ずさみながら眠りに就く二人をよそに、ギターを掻きならし、手前勝手にやり続けた。

「つまんねえよ」

 起こそうとするが、眠りに就いたばかり2人に怒られた。


 コウヘイは朝ぼらけの中をふらふらと歩きだした。自宅に着くとドアの前に女が一人うずくまっている。

 女も酔っているようで眉をしかめていて顔色が悪い。

「ねえ、ここで寝られると困るんだけど」

 コウヘイは女の肩を揺さぶってドアを開けようとした。

 結構な力で押されて目が覚めた女は、なかなか開かない目でコウヘイを見ようとしている。

 コウヘイはそんなことはお構いなしに、鍵を開けると中に入った。

「待って、待ってコウヘイ」

 女のかわいらしい声がする。

「あたし。あたし」


 女はドアの隙間から腕を入れた。

 酔っているコウヘイは力任せにドアを閉めようとして女が悲鳴を上げた。

 ようやく挟んでいることに気づいて力を弱めると、ドアが勢い良く開いた。

「ほらライブハウスでナンパしたでしょ?3年前にさ」

「ん……」

 女の顔をまじまじと見るコウヘイ。

「あ、ああ!覚えてるよ」

 視点の合わない目で見ているが本当に覚えているのか怪しいもんだ。

「昨日あんたたちの曲聞いたよお。大ヒットだってね、すごい、すごーい」

 うれしそうに手をたたく女。


「ありがと、じゃね」

 あっけなく言って、ドアを閉めようと手を伸ばした。

「だからさ。待ってたんですけど」

「何が?」

「コウヘイが帰ってくるの待ってたの」

「そう言うのもういいから」

「なんで?ずっと待ってたのにい」

「うざいんだよ!勝手な事言うんじゃねえ!」

 コウヘイは、女を突き飛ばしてドアを閉めた。

 外で女が騒いでいるけど、寝室までは聞こえてこない。

 それから夕方までコウヘイは眠り続けた。


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