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乱心

6、乱心


「お母さん、調子どう?」

 リンは職場からも、アパートからも近い大学病院に母の見舞いに来ていた。

「大丈夫。寝すぎて腰が痛いけど」

 ベッドのわきに置いた机には、リンと母の写真、それと母の好きなパンダのぬいぐるみが置いてある。 たいていの人はテレビを置いているスペースだが、母はいらないと、テレビを見るのさえつらいという。同様に冷蔵庫も借りてはいない。

 梶の作ったジュースを魔法瓶に入れてくるのはそのためだ。


「梶さんのジュース?」

 パンダの後ろに置いた魔法瓶に入っているのは、

「今日はグレープフルーツね」

「ちょっと頂戴」

 吸い口に入れて飲ませてやると、満足げに喉を鳴らした。

「梶さんにおいしかったと伝えておいて。ありがとうって」


 掛け布団の足元をめくると、異様にむくんだ足首をマッサージした。たいていこのマッサージで母は寝てしまう。

 しばらくそうした後、口を軽く開けて寝ている母の白髪交じりの髪をかき上げる。髪を洗えないので、脂っぽくなってひと塊りになっているのを、丁寧に解きほぐす。

「今度、ドライシャンプー買ってくるね」

 そっと語りかけると病院を後にした。


 バーロウへの帰り道、買い出し用の自転車を押して歩く。無性に一人になりたくて仕方なかった。今は混みあっている時間だけれど、今帰ったら客にあたり散らしてしまいそうで戻るに戻れなかった。


 なぜか腹が立つ。誰に?何に?答えは出ない。

 自転車を押しながらこの苛立ちをどう抑えようかと考えていた。

 そして、向かいからやってくる人物に注意を向けるのが遅れてしまった。その人は酔っぱらっているようで、すれ違いざまにリンに声をかけてきた。


「自転車の後ろに乗せてくれない?」

 ニタニタと笑いかける酔っ払いを一瞬目にして、リンはただ息をのみ自転車を押したまま走った。

 ある程度距離を開けたところで、急いで自転車にまたがると、急いでこきだした。

「ねえ!」

 大声で何か言ってるけれど、聞こえない。恐怖と息切れで胸が痛くなる。なんであたしばっかりこんな目にあうの??

 全く神様は不公平だ。祖父の代からの事業は実の父に潰されて、ろくでなしで女と蒸発。いなくなって清々したと思ったら、母親の病気。手術はしたけど癌は再発。今では余命を宣告される始末。あたしは手術代と入院費を払うのにひいひい言ってる。

 一体どうしてこんな目にあわなきゃいけないの!


 あたしの種がろくでなしで、

 付き合う男は打算的。

 遂にはすれ違う男がバカ男。


 世の中にろくでなしでない男なんているんですか?!


 いいや、いないね。リンの心の声が言った。



「湊さんにい、お説教されて、静かにのめって、吐いてもんじゃするなって」

「おい!思い出させんなよ」

 シンジがコウヘイの頭をはたいた。


 ポンタの実家の地下室でコウヘイとシンジの2人で酒盛りが始まっていた。この部屋の主であるポンタは、酒が足りないと買出しにやられている。

 まだ宵のうちなのに顔色も変えず、見た目は普段のコウヘイのまま、すでにろれつが回らなくなっている。

 シンジは酒に弱いので呑まれることはなく、いつもコウヘイのお守り役だ。


「俺って損な役回りだよな」

 シンジはひとりごちた。酔っ払っていい気分になるでもなく、ほんの一瞬『酔った』と思ったら頭痛がするか、眠気に襲われる。無理して飲んでも吐くだけだ。

「そんですか?」

 コウヘイはオウムのように言葉を返すだけ。

シンジはこれまでにいろいろごまかそうと苦慮してきた。ウォッカトニックのウォッカ抜きを作ってみたり、ジンライムのジン抜きを作ってみたり、焼酎の梅割りの焼酎抜きを作ってみたり。

 コウヘイは泥酔しているにもかかわらず、アルコールを抜いたドリンクはすぐにそれと気付いた。ビールにジュースを混ぜてもかまわず飲むのに、ラムコークのラム抜きは許されないのだ。


「おまえはどういう味覚なんだ!」

「うら、やましいですか?」

「そりゃあ裏はやましいさ」

「ぎゃはははは!」


 シンジの言葉に笑いの止まらないコウヘイを呆れて見ているとポンタが戻ってきた。

手には大量のビールとつまみやら弁当やら。

「こっちのほうが、まだましだろ」

とビールを数本取り出して、残りは脇にあったクーラーに放り込む。

 シンジの前には弁当の袋を置いて、コウヘイの前につまみを広げる。


「よくできた女房だな」

シンジの嫌みも特に気にする様子を見せずに、ポンタもビール片手に床に座った。


「で、なんかできた?」

「昨日の今日だもんな。腑抜けちゃってよくないよ」

 弁当のラップを開けながらシンジが答えた。

「ふぬけ」


「コウヘイうるさい」


 突然怒られたのが気に食わないのか、ビールのタブを引き起こして呑み口を咥えたまま黙り込んだ。


「湊さんに言われたんだ。コウヘイの酒癖が悪いのどうにかしろって」

 なかなかラップの開かないシンジを見かねてポンタが手を出す。

「ああ」

「でもこいつの酒癖悪いのって高校のときからだもんな」

「でも、今のうちに何とかしないとアル中で、他人に迷惑かけかねない。すでにその兆候はある」

「なんか方法あるのか?先生よお」


 シンジの不器用なのは究極で、弁当のラップも開けられなければ、割り箸すら途中で折る始末。

「お前よくそれでドラムがたたけるよな。不器用極まりない」

「オレができるのはドラムだけ。だからNEXTがなくなったらおまんまの食い上げだよ」

 そう言って、変な箸のもち方でしゃけ弁をかき込んだ。

「俺はうらやましいけど。いろいろ手を出して、何一つものにできない俺にくらべれば、シンジは不器用でもドラムは最高だ。コウヘイだって、アル中だけどこいつにしかできない方法で歌もギターもこなす」

「めずらしいな。何をたくらんでる?」

 ポンタはめったに人を評定するような男じゃない。


「何も」

「ポンチャンは、オレとコウヘイのできないこと全部できるんだ。楽器はオールマイティ、ミックスもできるし、コウヘイを操ることもできる。で、医者の免許を持った将来ある男なんだな。で?」

「で?って」

「協力してコウヘイの酒癖の悪さを治そう」

「そうだな。でもこいつあまのじゃくだから、口でいったぐらいじゃ聞かないな」

「作戦を練るんだ。まかせた」

「任せたって、おい」

「ポンチャンが考えてる間、オレがこいつを押さえとく」

 あっという間に、しゃけ弁を食べ終え、体力十分な27歳はコウヘイに襲いかかった。


「たんまー」

缶を咥えていただけのコウヘイが動き出した。

シンジに後ろを取られスリーパーホールドを決められる。もちろん手加減しているが、

「もんじゃ食うかー」

 そう脅すコウヘイにびびって、手を離すと逆に腕を取られた。

「こいつ振りだな。酔っ払いの芝居してやがる」


「少し静かにしろ。考えられない」

ポンタの抗議も聞かずに、騒ぐ二人は未だ高校生のようだ。


 そのうちにいつもの流れで、適当セッションが始まった。

ポンタも楽しそうな二人の様子を見て、簡単に録音のセットをすると適当セッションに加わった。


 結局は3人しか知らないこの時間が一番楽しかったりする。


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