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生粋のスケコマシ

4、生粋のスケコマシ


 ステージ袖ではわざとらしいほど日焼けして、暗がりでは表情すらわからない湊があわてていた。


「コウヘイどうした?ラストなんだからちゃんと終わらしてこいよ」

 突然歌を中断したコウヘイが舞台下手袖にいる湊に掴みかからんばかりに近寄ってくる。湊の耳元に口を寄せるとひそひそと言った。


「あの、真ん中で泣いてる女、真っ黒いふわふわの髪で、黒いタートルネックの背え高めのやつ捕まえといてよ」

 コウヘイは早口にそういうとステージへ戻って行った。

「おい」

 あっけに取られたのもつかの間、湊は袖幕の影からそっと客席を見回した。

「泣いてる女、ねえ」

 客は突然はけたコウヘイにあっけに取られながらも拍手で迎える。

「スイマセン。歌詞とんじゃって…今裏で確認したから。もう一度最初から聞いてください」

 と苦しい言い訳をして頭を下げると、後ろの二人に目を向け改めて演奏し直したのだった。



 ライブ終了後の楽屋では、押し問答が続いていた。

「だからさ、そんな女いなかったんだって。お化けでも見たのか?」

 湊は疑っている。

「すぐに見た?俺がステージ戻ったあとすぐに?」

「見たよ。泣いてる女も、黒いタートルの女もいなかったぞ」

「嘘だ、いたんだよ、それでびっくりして……」

と、言葉は尻切れトンボで考えこむ。


「さぁ、反省会だ。コウヘイが、やらかしてくれたからな」

 湊は大きな声でスタッフにも声をかける。

「おれ今日帰る、あとよろしく」

「許さん。全員で反省会だ」

というと湊はコウヘイの肩を掴んだ。


「すんげえダイナマイトバディだったのか?」

「めっちゃかわいかったとか」

 メンバーのシンジとポンタも珍しくマジメ顔のなコウヘイをからかう。

「ちげーよ、離せ、帰るって言ってんだろ」


「どっちにしてもらしくないよなあ」

 2人で顔を見合わせて声を殺して笑っている。


「コウヘイそれはダメだ」

「湊さん、なんで」

「あれだろ、探そうと思ってるだろ」

 コウヘイはムッとして目を逸らす。

「図星だな。またバンをゆっくり走らせてやるから、な。今日はライブ終わりでお前のファンがウロウロしてんだよ。ゴキブリホイホイに捕まったゴキブリのような思いはさせられない」


(例え間違ってるよ)

 憮然とする公平だが、湊の言うことも一理ある。


そして整列する女性の間をゆっくり走るバン。どんなに目を凝らしても彼女の姿はなかった。打ち上げ場所のお好み焼き屋まで、コウヘイはずっと窓の外から目が離せなかった。



 乾杯、お疲れの掛け声と共に、あっという間にからになるジョッキ。

「お姉さーん、全員にお代わり」

ドラムのシンジが厨房に向かって叫ぶ。バックコーラスをさせておくにはもったいない声量だ。

「コウヘイ、そんなヘコむなよ」

 疲れた顔で壁に寄りかかり、からになったジョッキを足の間でぶらぶらさせているコウヘイにシンジが言う。


「もういいよ」

「元カノとかか?」

「もういいって」

「女をとっかえひっかえしてるお前が、一人の女でえらい騒いでくれたよな」

 コウヘイは大きく息をついた。


「ハイお代わり~まだどんどんくるから、どんどん回して」

 お好み焼屋の女将が威勢よく言う。

 コウヘイは今きたばかりのジョッキを両手に持つと、立ち上がりにかっと笑った。


「今日はホントすいませんでした~。自分にペナルティとして、イッキしまあす!!」

とジョッキを左右交互に飲み干したのだった。

 コウヘイは「馬鹿野郎」というシンジの声を最後に酒に飲まれて行った。



「気持わりー」

 グルグル回る見慣れない天井を目にしながら、コウヘイは目を覚ました。

「ココドコ……オレハダレ……」

 横には見慣れぬ女が素っ裸で寝ている。おぼろげな記憶の中で、女の真っ赤な唇がコウヘイ自身を咥えていた。

「マタヤッタカ……」

 片手でこめかみをつかんで体を引き起こす。とたんに部屋中に充満するすえた匂いに、吐き気がこみ上げる。こらえることができずに、脇にあったゴミ箱に吐き戻した。


 口元を拭うと、脱ぎ散らかした服を着て外に出た。

「ホントにここどこだ?」

 そこそこ、こぎれいなマンションから一歩踏み出すと、眩しさに目をしょぼしょぼさせる。


 昨夜のことは3杯目のジョッキ以降記憶にない。そしてここがどこかもわからない。ふらつく体を引きずって、適当に車の音がする方に歩いて行く。

 途中見つけた自販機で水を買い、顔に当ててその冷たさを堪能した。少しぬるくなったころ合いで嘔吐物でぬちゃつく口をゆすいで、道端に水を吐いた。

 音を頼りに進んで行くと、睨んだとおり大きな道に出た。交差点で立ち止まり、まだ信号機4つほど向こうにいるタクシーに狙いをつける。


「あちーのに、汗一滴でねえ」

 太陽の照りつける信号機に寄りかかった。


 吐き気をこらえながらタクシーで自宅に着くと、真っ先に熱いシャワーを頭から浴びる。熱いのを我慢してじっとしていると、どっと汗が出始める。


(どうしてこうなるのか)


 考えながら汗の匂いが澄んでくるのをまつ。

 風呂から出て、冷蔵庫の麦茶を飲むと吐き気は治まった。


 クーラーのきいたリビングのソファに腰をおろし携帯を見ると、知らない番号から着信が入っている。一つではない、10も20もあるようだ。

「また、やった」

 どうして酔うと自分の携帯番号を見境なく教えてしまうのだろう。また変えなきゃ。


「もしもし、湊さん、コウヘイっす。またやっちゃって。番号変えるから。そのあとで事務所に顔出します」

 ソファーにごろりと横になると、一つ大きなため息をついた。


 昨日の泣き女、確かに彼女だと思ったのにな。

 思い返してもしょうがないけど。


 目を閉じて、短い眠りについた。

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