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見つけた!?

3、見つけた!?


 渋谷のライブハウスは、とても混雑していた。入場の列に並ぶリンと智奈。


「リンちゃん付き合ってくれてありがとね」

「いいよ。たまには智奈の言うこと聞かないと」

「お昼一緒に食べてあげないもんね」

「それは困る。起こしてもらえないんでしょ?」

 リンは基本、色の付いた服を持っていない。総じて黒一色のことが多い。今日も黒いハイネックのノースリーブに黒いスキニージーンズ。靴は例の黒のピンヒールだ。髪はいつものように撫でつけてはいないので、天然パーマのもさもさ髪だ。現金を財布に入れずにポケットにつっこみ、携帯はもう片方のポケットへ。

 対して智奈はかわいらしいワンピース。縦巻きカールで、リンのハイヒールが見えなければまるでカップルのように見える。


「リンさ、背高いのにどうしていつもハイヒールなの?」

「持ってないの。仕事用にこれ一足だけしか」

「バーロウの?」

 うなずくリン。

「あたしも高いのはいてくれば良かった」

「じゃまって言われそう。そしたら先に出るかも」


「そんなのだめ、予習してきた?」

「あー、そんな暇なくて」

「貸したCDは?」

 智奈に貸してもらったCDは一応取り込んでiPodにいれたものの一度も聞いていなかった。

「ゴメン」

 智奈に手を合わせる。智奈はふくれて見せたが、

「……ま、いっか。リンは大変だから、しょうがないね。じゃあ、とりあえずドリンク頼もう」

 智奈はあっさりと言った。これだからリンと気が合うのだ。


 上司の愚痴なんか言いながら、友人と過ごす夜は滅多にない。ましてや、いつもは飲ませるほうなので、リンはいつになく開放的になっていた。

 ライブが始まる直前、智奈に押されて、今はまだ立ち尽くす人々の真ん中辺りに立っていた。


 開始のブザーと共に出てきたのは、3人の男性だった。真ん中にギターを抱えたボーカル。後ろにドラム。右にはベース、キーボードの他タンバリンやシロホン、ブルースハープなどいろんな楽器が置いてある。若い子たちの歓声が上がる。周りを見てみると、女性ばかりでなく男性も多いようだ。


 リンも始めのうちはウーハーから出る、腹に響く大音響を楽しんでいた。だが、だんだんその音の大きさに気分が悪くなっていった。

 もう我慢できない、と思った時不意に静かになってゆっくりした曲が流れてきた。これが有名な曲だろうかと智奈をみるとリンを見上げ頷いている。さっきまで踊っていた周りの観客も静まって、じっとステージを見ているので、トーンダウンした音にホッとしつつリンもそれにならった。


少しジャズを意識しているのだろうか、裏に拍をとったドラムにベースを聞かせている。

 ボーカルがギターをスチールギターに持ち替えてサックスのように使っている。面白い。独特なボーカルの声は、楽器の一つとなって溶け込む。

 心地よく体を揺らしていると、不思議と歌詞が染み入り、かつて自分が持っていたもの、奪われたものが心に浮かび、目が霞んできた。久しぶりに酒を飲んだせいだろうか?それとも疲れがたまっているのか。


 もう何年も泣いてないのに…こんなところで泣きたくない。リンは思った。いくら堪えても喉の奥のつかえは大きくなるばかりで、誰にも見られないように下を向いた。

 心の奥から出てくる嫌な思いも、あふれる涙も、


(引っ込め、引っ込め……)


 ティッシュを取り出し目をこする。暗示にかけるように、引っ込め、引っ込めを繰り返すも、止まらない。しまいには喉がクックッと鳴り出した。智奈が見兼ねて背中をさすってくれる。その優しさが返って涙を助長しているようだ。


(こんな号泣してバカじゃないの)


 濃いアイメイクはすっかり剥げ落ち、つけまつげも取れてしまった。

 それでも涙はとまらなくて、目が腫れてきた。しかし、ここまでくると逆に開き直ってしまった。ひくつく喉を深い呼吸で抑えつつ顔をあげると、ステージも、客席も、バースペースも会場全体にやわやわとしたライトが当たりさっきまでとは違う、水の中にいるような不思議な気分に浸った。


 すると、突然歌とギターが止んだ。ドラムとベースのみで間抜けになった音楽にステージを見上げると、ボーカルの男性が口を開いたまま、驚いた顔で客席を見ていた。ざわつく客にハッとして、続きを歌い出したが、ギターが完全に不調和している。

 両手をあげて一旦演奏を止めるとボーカルは舞台袖に戻って行った。ざわつく客たちにベーシストが何か言っているが、これ幸いとリンは目を隠すようにして智奈に、


「ごめん、外で待ってる、智奈も出たら電話して」


と言って外に出た。

 リンがライブハウスのドアを開けると、冷たいビル風が濡れた目を乾かす。目の周りが少し突っ張るような感じがした。少し離れた石段に座りホッと一息つくと、いい具合の脱力感と泣いたあとの開放感に包まれたのだった。


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