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コウヘイ

1、コウヘイ


「早く乗れ!」

 都内のライブハウスの裏口で、出入口を隠すように止まっているアルファード。

 アスファルトに残る熱気の中、黄色い歓声に負けじと湊が声を張り上げた。

 ライブ終わりの恒例になりつつある花道が、『夏の日』のヒット以来だんだんと伸びているような気がするのは気のせいではない。

 はじめは湊の持ち出しだった白いハイエースが、窓が全面スモーク加工された黒いアルファードに変わるまでそう時間はかからなかった。

 事務所が雇ったガードマンも数が増えている。


 誰もいなかったこともあるライブハウスの客は、今では入りきれないほどになりまさにイモ洗い状態。チケットは完売、オークションに出されるほどのプラチナチケットになった。

 それでも一度の過ちから始まった花道は、やめさせることができない。誤解が誤解を呼び、もしかしてという期待に満ちたまなざしで道の両脇に整然と並ぶ若い(もしくはそれに準ずる)女性の歓声に耳をふさぐ時もあり、また、もしかしてと、コウヘイが思うこともある。


「コウヘイもういいんだろ」

「うん、もういいや」

 こう人が多くちゃ見分けなんかつかねえよ。窓にかかったカーテンは閉めたまま隙間から見ていたが、ライブの照明に目をやられ、今度はカメラのフラッシュで目が痛い。

 ライブの興奮もどこへやら、疲れを感じて目を閉じた。

 一番後ろに座ってリクライニングを倒しだらしなくもたれると、暑さにやられたのか珍しく頭痛がした。


 花道を抜けると、車はスピードを増す。そろそろ夜半を迎え道行く人も車も減ってきた。

「湊さん、明日は?」

 バンドリーダーのシンジが聞いた。

「明日は2時に家に迎えに行くから。ポンタが2時15分、コウヘイが2時半な。場所は渋谷のライブハウス。千秋楽だから気合い入れてくれよ」

「おしっ」

「うぇーい」

「……」

 三人三様に返事をして、車内は静まった。


 湊はごく小さい音でFMをつけると『夏の日』が流れてきた。

 コウヘイにとっては、もう歌いすぎ、聞きすぎで飽き飽きなのだが、湊さんとあとの二人はまだうれしそうだ。自分の声が自分のではないように聞こえてくる感覚がわからないだろうな。


「ただ今の曲はNEXTで『夏の日』でした。ただ今生命保険のBGMとしてTVオンエア中のこの曲は、男性グループとしては8カ月ぶりに1位となりました。いやあ、夏の暑さと静けさを見事に表した素敵なバラード曲ですねえ。明日のライブハウスツアー千秋楽のチケットは、残念ながら完全ソールドアウト!!いやあ、今度はホールツアーになるんでしょうねえ、きっと。楽しみです」


「次はどうするの?」

 FMからジングルが流れてくると、ポンタが聞いた。

「TVからもオファーが来てるし、学祭とかもあるし。そんなことしながらアルバムづくりだな」

「少しは休めるといいんだけど」

 こめかみをもみながらコウヘイが言った。

「無理、無理。ここで消えたら戻れるか分かんないぞ。今が正念場だ」


 湊さんは、大手のレコード会社で働いていた。40歳を機に独立して、自らの事務所を立ち上げたのだ。要領はわかってるんだろうけど、今までだってほぼ休みなんかなし。アルバイトに、曲作りに、やいのやいの言われながらやってきたんだ。

「休みてーなあ」

「コウヘイ!!もうちょっと辛抱しろ。あと少しだ」

「うぇーい」

 湊さんが痛み止めを放ってよこした。コウヘイはそれをラムネ菓子みたいにバリバリと噛み砕いた。

「お前それ、そんな飲み方したらいかんぞ」

 実家が町医者で、自身も医学部に行ったポンタが突っこんだ。

「これが一番早く効くんだ」

「誰にならったんだよ」

「えーと、マンガ」

「もうやめろよ。危ないからな。それと帰って呑むなよ」

「はいはい、お母ちゃん」


 ポンタはお節介だ。てか知ったかぶりか。見た目もお母ちゃんというか、タヌキに似てる。

「ポンちゃんに、エプロンつけさせてステージにあげたい」

「髪型はサザエさんか?」

「似合いすぎる!!」


 湊さんまで笑いだした。

「お前ら次の曲で仕返しする!」

 NEXTの曲は各々が作ったり、3人で作ったりするが、ポンタの脅しとおりすべての編曲はポンタがしている。仕上がりはポンタにかかっているのだ。

 その器用さで一人で録音して曲を仕上げることができる。

 出来るのだが難点を言えばきれいすぎるのだ。ポンタの演奏は優等生過ぎて、コウヘイのギターのいい意味でラフな感じは出せないし、シンジの荒々しい感じのドラムにはならない。

 すべて演奏しても打ち込みのように正確で、どうも面白味にかけてしまう。


 湊には分かっているが、まだ3人には理解できていない。彼らがまだ、プロとアマチュアの間でもがいていることを。


 早くそこから脱出してもらいたいと湊は思っている。

「学生気分が抜けるまでは無理だな」

 運転席で囁いた。

 笑いながら。


 コウヘイは薬の苦みを味わいながら、窓の外を見ていた。何かを探すように。


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