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「…で、何があった?」


無理やり木陰のベンチに座らされ、尋問まがいの質問が上から降ってくる。

「別に何もないもん」と答えると、鼻で笑われた。

どこまでも失礼なやつだ。

けれど、それを指摘する気にもならない。



「何もねーワケねーだろが。だったら巧があそこまで荒れたりしねーっつーの」

「…巧くん?」

「そ。せっかくお前いじり倒してアイツからかってやろうと思ってたのに、

 これじゃ全然おもしろくねーし」

「私、おもちゃじゃないし」

「俺にとってはそーなの。

 お前はあの巧を翻弄できる、唯一の人物だからな~」

「…そんなこと、あるわけないでしょ?

 巧くんにとって私は、出来の悪い妹みたいなものだし」



仏頂面のまま、膝に頬杖を付いて正面を見ながら言った。

私のことで機嫌が悪くなるなんてありえないから。



「ほんっっと!お前、無自覚の超・鈍感のお子ちゃまだよな~?」

「なんですってっ!?」


その言葉にイラっとして、虎之助をにらみつけた。

そして、驚いた。

こんな真剣な虎之助の顔、初めて見たかも。



「あのなぁ。今の巧、親友として見てらんねーワケ!

 アイツがあんなにイライラして、落ち着きなくて、人を寄せつけねーのは、

 絶対に傷ついてるからだ。

 あの自信過剰で出来過ぎの男が落ち込むっつーたら、お前以外どんな理由が

 あるってんだよ!

 いい加減分かれよ、ぶぁ~かっ!!」



虎之助に真正面から巧くんを傷つけたのは私だと指摘されたことで、何とか保っていた平常心がどっと押し流された。

もうどうしていいのか、何を考えて良いのかわからない。

止めようと思っても全然止まらない、滝のような勢いで涙が溢れ出す。

ぎょっとした顔で硬直した虎之助を見て、少しだけざまぁみろと思った。




「お、おい…そんな、ガキみたいに泣くことねーだろうが…」

「ガキガキ言うな~っ!そうよ、どぉーせ私はガキよ!ガキっ!

 1人じゃ何にもできなくて、いっつもみんなに迷惑かけて、守ってもらってっ!

 そのくせ何にもお返しできない、どうしようもない人間だもんっ!」

「…はぁ?」

「幼馴染で小さい頃から一緒にいるから、お情けで一緒にいてくれるだけだもん。

 手のかかる馬鹿な妹だから…だからっ…、ホントは、もう、迷惑だって、邪魔だって

 思ってるのに…っ、巧くん、や、やさしい、からっ!

 わっ…私っ!おこがましいんだもんっ!図に乗ってんだもんっ!!」



言いたいことを言うだけ言って、うわ~んっ!とありえないほどの号泣モードに突入した。

八つ当たりだってわかってる。

わかってるけど、もう、私の中にこれ以上のストレスは留めることはできなくなっていた。



唖然としていた虎之助は、そのうち挙動不審になり、それからためらいがちに私の肩に手を回し、かばんの中から取り出したよれよれのスポーツタオルを私に押し付けた。

それを引っつかむと、涙を止めるように目にぐっと押し付けた。

思いっきり鼻をかんだら、「…きったねぇなぁ~。それ、お前にやるから」とうんざりした声で言った。


やっぱりこいつはやさしくない。

だいたい、こんなよれたタオル、私だって欲しくないもん。

それでもここはお礼を言うべきだ。



泣き叫んだことでちょっと落ち着いた私は、タオルから目だけをのぞかせて「…ありがとう」と言った。

「…おう」と若干赤くなった頬で虎之助が答えた瞬間、彼が後ろに吹き飛んだ。

情報処理ができずに呆然としていると、体がぐっと後ろに引かれ、強い力で抱き上げられた。



この感覚、匂い…。


「たっ…巧くん!?」



体をひねって見上げたら、人でも殺しそうな視線で前方を睨みつけるのが見えた。

こんな怖い巧くん、初めて見た。

涙なんてすっかり引っ込んでしまった。



「…ぁいたたたた……ひっでぇなぁ、巧」



虎之助のうめき声が聞こえ、再び前方を見た。

すると突然体の向きを変えられ、巧くんの胸に顔を押し付けられた。

わけのわからない態度に、不安感がいや増す。



「…なんで虎之助が風花と一緒にいるんだよ!」

「行きがかり上、こうなっただけだ。別にお前に言い訳しなきゃならねぇことなんてねぇよ」

「風花、泣いてるじゃないかっ!お前が泣かせたんだろうがっ!」

「ちげぇよ。話してたら勝手にこいつが泣き出したんだよ」


「…風花、ホント?」



頭の後ろに当てられた手を緩められ、私は巧くんを見上げた。

灰青色の瞳の中に、たくさんの感情が込められていた。


怒り、不満…不安?


いつもは穏やかな表情しか見せなかった巧くんの激しい感情に、戸惑った。

とにかく宥めなきゃ。


「あ、あのね…そうなの、私がね、勝手に、話し聞いてもらって、

 キレて…大泣きしちゃって…」


必死になって説明するのに、話すごとに巧くんが無表情になっていく。

…どうしよう。

わかってもらえない。


絶望的な気持ちになって、言葉もとまってしまった。

せっかく止まった涙がこみ上げてくる。

いつもならぎゅって抱きしめて慰めてくれるのに、巧くんはさっきよりもずっと冷たい顔で私を見下ろしたままだ。

ぽろっと涙が一滴こぼれた。


「…何で?」


巧くんの顔が辛そうに歪んだ。



「何で虎之助なの?何でオレじゃないの?

 風花が頼れないほど、俺、頼りない?

 風花、すんげぇ悩んでたのに…俺には相談できなくて、虎之助にはできるの?

 ずっとずっと一緒だったじゃないかっ!

 何でオレじゃないんだよっ!!」



え?っと思った時には、唇に強い刺激を感じた。

巧くんにキスされてると気付いたときには、彼の舌が私の口の中で荒々しく動き回っていた。

巧くんのことが恋愛感情から好きだって気づいたときから、巧くんとの恋人同士のキスは

どんなんだろう?とずっと憧れ、想像してた。

でも、こんなに怖くて、痛くて、辛いなんて思ってもみなかった。

まるで罰しているようなキスには、甘さなんて欠片もなかった。



襲ってくる自分に対する憐憫。

何で私が?私ばっかり?

心の暗闇に吸い込まれていきそうだ。


……違う。

……違う違う違うっ!


悲しむのは自分に対してじゃない!

こんなことで折れちゃダメだ!

私はぐっと体に力をみなぎらせた。



巧くんにこんなことさせちゃダメ!

絶対に、絶対に巧くん、傷つく。

私を傷つけたからって。

そんなこと、絶対に許さないんだから!!


私は巧くんの腕から逃れようと、必死になって身をよじり、腕を突っ張った。

その拍子に巧くんの歯が唇にあたり、口の中は血の味でいっぱいになった。


突然唇が解かれた。

ぬくもりが消えたことにほっとしながらも、巧くんの唇が恋しくて、寂しかった。

どんなでもいいから、ずっと触れていて欲しかった。

どんな巧くんも、丸ごと全部受け止めていたかった。

それほど彼のことが好きなんだと、改めて実感した。




巧くんはやっぱり傷ついて、まるで泣き出しそうな表情をしていた。

小さい頃と同じその顔を見ると私の胸は辛くて辛くて、穴が開いたみたいに痛かった。


後悔が後から後から押し寄せてくる。




「……悪かった」




そう言って、巧くんは走り去っていった。

追いかけようとした私を、虎之助が止めた。


「今行ってもダメだ。アイツ、素直に聞けないし、自分ばっかり責めてる。

 もう少しアイツに時間をやれ。

 アイツのことだ、ちゃんと状況が見えるようになるよ」


私はもわもわと腫れぼったい唇を押さえたまま、へなへなと座り込んだ。

血の味は相変わらず消えず、鮮明に残っている。

まるで巧くんの心から流れている血のように思えた。


私は肩を震わせ、静かに泣いた。







私が泣き止むと、虎之助は私の家のそばまで送ってきてくれた。

途中私にくれたタオルを取り上げた彼は、近くのゴミ箱に投げ捨てた。

もらうわけにはいかないから、そうしてもらえるとありがたかった。



家に帰ってご飯も食べずに部屋に立てこもり、一生懸命に考えた。

自分がどうしたいのか。

どうすればいいのか。



私が大切にすべきは、無責任で独りよがりな人たちの価値観ではない。

私を愛し、思いやり、見守ってくれている、愛すべき人たちの心だ。

そう結論付けると、迷いは全て吹っ切れた。



「もう、逃げないもん」




ようやく答えが見えたような気がした。















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