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”迎えに来なくてもいいよ”宣言をしてから、巧くんは言葉通り迎えに来なくなった。
それどころか、朝も夕方も「用事があるから」とうちにも来なくなったし、そのせいで滅多に顔を合わさなくなった。
きっと怒らせてしまったんだと胸が痛み、嫌われてしまう、嫌われたんだと恐怖した。
こんな状態だからテストはぼろぼろ、結果も見たくないほど。
なにやってんだ?とドン、と落ち込んだ。
この状況にもうくじけてしまいそうな自分が情けなかった。
もう何のためにこんなことをしているのか、わからなくなった。
こんな関係を望んだわけではないのに。
お母さんたちも私と巧くんの様子が変だと気づいていたけど、何も言わずに見守ってくれている。
更紗も心配そうにしてるけど、無理に聞き出そうとせずにいつも通り接してくれた。
私一人の態度が妙になったから、家族みんながみんなぎくしゃくしてる。
それなのに、誰も私を責めたりしつこく理由を問い質したりしない。
みんなの優しさに少し苦しくなり、私は相変わらず出口のない迷宮をさまようようにぐるぐる悩み続けた。
大切な家族を巻き込んで、自分の身勝手で全てをぶち壊してる。
何のために?
何のために?
何のために?
何度問い直しても、胸の中がもやもやして、従順な部分と頑なな部分がずっとけんかしてた。
あのお姉さま方からの呼び出しは、あの日以来なかった。
けど、廊下ですれ違うたび、登校するとき、いろんな場所、いろんな時に見かけた。
その度に睨まれたり、嘲笑されたり、「…身の程をわきまえなよ」とすごまれたり。
更紗がいないときにだけ行われるアプローチは、一回一回はたいしたことないことなのに、時間の経過や回数を重ねるごとに心身を疲れさせた。
なんだか、自分がずいぶん取るに足らない、どうしようもない人間なんじゃないかって思えてくる。
突き詰めると生きていても意味がない、みたいな。
最初、体育館裏に呼び出された衝撃は少しずつ薄らぎ、あのときに極限まで思いつめた気持ちは漠然としてきて、疑問が混じり始めた。
肩の捻挫は、少しだけ違和感があるけど、ほとんど治っている。
痛みが消えてきたから、あこれこ浮かんでは消えていく考えが増えてきた。
私は、判断を間違っているのかもしれない。
人に頼らない、一人でがんばるという気持ちの合間に、そんな考えが見え隠れしていた。
あんまりに混乱してきて、私の身に何が起こっているのか問いたそうにしている更紗に、全てをぶちまけてしまいたくなる。
けれど、何も言わない。
……何もいえない。
ここまでみんなを振り回してる人間が、どの面下げて悩み相談なんかできるだろう?
それに、またみんなに甘えてしまう。
ここまできたら、きっちり自分で答えを出す。
意地になっていると言われれば、その通りだろう。
でも、いろいろな意味で、このままじゃダメだと思う。
結局私は自分の心が感じてることを踏みにじり、頭で考えたこと…というより恐怖や弱さを全面的に選んだんだ。
私は、弱い人間だから。
守ってもらってるばかりの、ダメ人間だから。
……
……ほんとに、そうなの?
私って、そこまで弱いダメ人間、だった?
役立たずだった?
何でこの考えにしがみついてるの?
今日と明日は更紗に用事があり、1人で下校することになっている。
心配そうにしていたけど、私が1人で帰ると言うと、更紗は「わかった」と頷いた。
そのやり取りがなんだかよそよそしくて、寂しかった。
いつも楽しくおしゃべりしながら通る道も、1人で帰ると味気なかった。
せみの声、青い空、輝くような濃い緑、刺すような太陽の光。
ここのところ天気がよかったから、カラッとした空気を汗ばんだ肌に感じる。
すっと吹き渡る風が心地よい。
「もう夏だね~!」なんて笑いあえる大好きな人がいないと思うと、風景もきらきら輝いて見えない。
気持ちを共有できる相手がいなければ、美しい景色もただの舞台装置だ。
泣きそうになった。
いつもの公園の前を通りかかった。
うな垂れたまま、のそのそと足を運ぶ。
「おい、俺様を無視か?このミニマムめ」
聞こえてきたのは、久しぶりに聞く天敵の声。
あれほど嫌悪したのに、もうどうでもよくなっているから不思議だ。
私は顔を上げ、虎之助を見た。
虎之助の片方の眉が上がる。
「…なにか用?」
「…なんか、調子狂うよな~」
「用事がないんだったら、私帰るから」
「ちょっと顔貸せ。話がある」
「…私はないから」
そのまま無視していこうかと思ったら、虎之助に手首を掴まれた。
そしてそのまま公園に連れ込まれる。