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4時頃、学校から帰ってきた更紗が部屋に飛び込んできた。
「風花?大丈夫?肩は?」
心配そうに私の顔を覗き込む更紗に、罪悪感が滲んでくる。
そうでなくてもいつもいつも心配ばかりかけてることに、ドンと落ち込んだところだったから。
「なんかね、笠原先生に見てもらったら、打撲による捻挫だって。
骨に異常はないし、大丈夫だよ?」
にっこり笑えば、明らかにほっとした更紗の顔。
早くよくならなきゃ。
「それより、起きられる?
巧はリビングにいるんだけど、風花のことすごく心配してて…」
「うん、今行くから」
ベッドから起き上がろうとして、左肩に激痛が走った。
「風花!大丈夫!?」
「だ、だいじょぶっ!なんでもないからっ!!」
痛みで震える唇で、笑ってみせる。
更紗が奇妙な顔をしたけど…ちゃんと笑えてなかったかな?
更紗の後に続いてリビングに入ると、ソファに座っていた巧くんが慌てて立ち上がった。
「大丈夫?」と聞く表情が心配でたまらないって感じで、やっぱり申し訳なく思った。
笑顔で頷くと、私の頭をぎゅっと抱きしめる。
肩の怪我ごと私を気遣ってくれるやさしさに、弱い心がひょっこりと顔を出す。
私は右手で巧くんのシャツを握り、その胸に顔をうずめた。
巧くんは頭のてっぺんに数回キスを落とし、それから私の両頬を両手で包み込んだ。
鼻に小さな音を立てたキスをして、その蒼い瞳でまっすぐに私の目を覗き込んだ。
「…なんで、こんな怪我をしたの?一体何があった?」
これまでにないほど真剣な、射抜くような視線に怯んだ。
私はごくり、とつばを飲み込んだ。
ーーこの問題は、きちんと自分で解決するんだ。
ーー巧くんや更紗には迷惑はかけない。
先ほどの決意を頭の中で再び唱えた。
「な、なんにもないの!私がどじで、肩ぶつけちゃっただけだから!」
焦って早口になりすぎた?
巧くんが変な顔してる。
「風花…」更紗がため息をついた。
「あのね、高橋先生が言ってたんだけど…どうやったら、1人で体育館の外壁に
打撲で捻挫するほどぶつかるわけ?しかも背中から。
だいたい、体育館の裏で一体何やってたの?
何の用事もないのに、行くところじゃないでしょ?
……誰かに呼び出されたんじゃあるまいし」
どきり!!
心臓が大きな音を立てた。
私は追い詰められた羊のような気分になり、体中から汗がたらたらと流れた。
私の心を見通すように射抜く、青灰色の二組の瞳。
おいそれと逃げられない、そんな気がした。
でも!
ここで諦めたりしたら、二人に迷惑をかけてばっかりの馬鹿な女の子のままで終わっちゃう!
私はぐっと歯を食いしばってから、にっこりと笑った。
「ま、まさか!そんなことなくて…なんとなく歩いてたらあそこにいて、で、なぜか
何かにつまずいて…一体どうなってこうなったのか…わからないの」
疑いに満ちた二人の視線が痛い。
「ほっ!ほんとよっ!ほんと、ほんとっ!だから、大丈夫!気にしないで!?」
さらに必死に駄目押ししてみる。
その必死さ加減に呆れたのか根負けしたのか、二人はため息をついて了承した。
難局を乗り越え、私はあからさまにほっとした。
けれど、それから帰ってきたお父さんもお母さんもおじいちゃんもエドワードさんも、次々に私を質問攻めにし、競うように甘やかしてくれた。
これが当たり前って思ってたけど…改めて自分が人に頼り切ってたんだと反省仕切りだった。
もっと大人にならなきゃ。
漠然とした焦りが私の中でどんどん大きくなっていった。
翌朝、3人一緒に朝食を食べてから、学校に向かった。
いつもと同じ風景だけど、もしかしたらどこからかあのお姉さま方が見てるんじゃないかと思うと、怖くて仕方がなかった。
いつもより元気がない私に、二人は肩が痛みが原因だと勘違いしたみたい。
しきりに声をかけてくれるのが、余計に辛かった。
「そういえば、今日は何時ぐらいに終了?良い時間に迎えに行くから」
ぼんやりしている私に、巧くんが言った。
私はぽかん、と巧くんを見つめ返した。
お迎え………だめ。
だめだ、そんなことしたら…
「あ、あのっ!わ、私、今日だって、これからだってひとりで帰れるから!
いいよ、巧くんも大変だし、気にしないで?」
「でも風花、その肩のこともあるし…」
「大丈夫!私、子供じゃないんだよ?
幼馴染だって言うだけで二人に迷惑かけるなんておかしいし、肩の怪我だけだからちゃんと
あるけるんだから!」
「風花?迷惑とかじゃなくて、オレが来たいから来てるんだけど…風花のこと心配だから」
「巧くんが心配することなんて、ないんだよ?だって、私が悪くて怪我したんだもん!
だからちゃんと、大丈夫!
自分のことは自分でできるから!いつまでも子供じゃないから!」
必死になって訴えたら、巧くんがなんだか辛そうな顔をした。
あれ?と思っていると、「…わかった。もう迎えに来ないよ」と言って背を向けた。
いつにない巧くんの行動に慌てた私は、更紗の方を見た。
更紗は複雑な顔をしたまま大きなため息をつき、「行きましょう」と私を促して学校に向かって歩き出した。
心の中で何かがちくんと刺さったような気がした。




