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怒涛の一日が終わって、無情にも訪れた翌朝。

私の心とは裏腹に、見事な快晴だった。



あのバカ虎のお陰で、試験勉強も思った以上にはかどらなかった。

もちろん、今日提出のレポートもへろへろ。

苦手な数学がすごく不安なのに…これ以上成績が下がってしまったら、どうしてくれるんだろう?

来年受験生なのになぁ…




ため息つきながら階段を下りると、ダイニングには更紗と巧くんの姿があった。


「あれ?二人ともどうしたの?」


驚いていると、二人から同時に「おはよう」の挨拶が聞こえた。

カウンターキッチンの奥から、お母さんが睨んでいる。


「風花、朝起きたらまずは”おはよう”、でしょ?」

「ごめんなさぁい」


えへへと笑ってごまかして、二人に朝の挨拶をしてから座った。



「今日から2週間、母さん金沢の芸大で特別講習会の講師をやるんだって。

 だから、その間食事はここでお世話になることになったんだ」

「そうだったんだ。昨日何も言ってなかったから…」

「…昨日は言える雰囲気じゃなかったんだもの…それもこれも虎之助のせいね」



…虎之助…この名前だけで、心に暗いカーテンがかかったようだ。


「…その名前、朝から言わないでよ…」


涙目になった私のことを見て、更紗は何故か巧くんを見て「どうすんの、兄貴?」とニヤニヤ笑った。

巧くんはむっつりと不機嫌に黙り込んだ。



「ねぇ、風花」

「なぁに?」

「オレのとこも試験1週間前で放課後の活動は禁止になってるし、放課後学校まで

 迎えに行くから校門で待っててくれる?」



心配だからと真剣な瞳で言う巧くんに、お母さんは「巧くん、過保護すぎ~」ってくすくす笑ってる。

心もち頬を赤く染めた巧くんはこほんと咳払いして、私に大丈夫?と視線で問いかけてきた。


私の答えはもちろん…



「うん!待ってるからっ!」



巧くんがいたら、怖いものなしだもの!

昨日の虎之助の様子だと、また子供の頃のように私をおもちゃにしていじめ倒そうとしているようだし。

正直、憂鬱で仕方なかったのだ。



巧くんがいてくれれば、虎之助に怯えることなく、家に帰ることが出来るってものだ。

それに、巧くんが学校まで迎えに来てくれるなんて…初めて。

なんだかちょっと、お付き合い、してるみたいじゃない?


そう考えると、途端に胸がどきどきわくわくしてきた!



「よかったぁ~、うれしいっ!」と巧くんに笑いかけると、巧くんもドキドキするほど素敵な笑顔を私に向けてくれる。

どんな時も幸せな気分にしてくれるこの笑顔が、私は小さい頃から大好きだった。


「あなた達って…朝からほんっと、仲がいいわよね」

「ホント、お母さん見てて照れちゃうわ!」

「なっ…仲いいのは当たり前でしょ?私たち、家族みたいなものなんだし!」


恥ずかしい気持ちを隠してそういうと、巧くんは苦笑してお母さんと更紗は呆れた目で私を見た。

大体、お母さんも更紗も一言多すぎ!

私の気持ちが巧くんにばれちゃったらどうしてくれるのよっ!


「…なによ?」


2人を睨み返すと、大きくてわざとらしいため息が二つ。


「天然も、ここまでくると罪よね~」

「ここまで鈍いと、巧がかわいそうになってくるわ…」


ムカッとした。

いつもそうやって判らないことを言って、私だけ子供扱いにするんだ。

ふん!いいもんね!


私は拗ねていることを主張すべく、わざとらしくつーん!と顔を背けた。







「風花、私ちょっと用事があるし、今日は巧と2人で帰ってくれる?」


いつも一緒に帰っている更紗は、学校から歩いて10分のところにある図書館に予約していた本を受け取りに行くらしい。

ちょっと残念だなぁと思いながら、二人そろって校門に向かった。



すると、何故か校門には小さな人だかりが。

家柄のよいお嬢様も通っている学校なので、その婚約者や恋人である有名人がお迎えに来ることもあるんだけど。

だったら、遠巻きに見てるだけで、こんなにあからさまに取り囲んだりしないだろうし。



不思議に思っていると、更紗がぼそりと言った。


「…巧ね、きっと」

「へ?」


驚いて人垣の中心に目を凝らしてみると、確かに巧くんの姿が。

頬を赤く染めた女の子達が、うれしそうに声をかけている。

ゆったりと微笑み言葉を返す巧くんの姿に、つきりと胸が痛む。



「…ったく。この学校にもファンがいるって言うのに。

 外部からの子に巧との関係が知られたら…明日から騒がしくなりそうで、嫌だわ…」



更紗がため息を付いたその時、巧くんが私たちに気付いて手をあげた。



「風花!…更紗も」



巧くんの極上の笑顔は周囲にいる女の子達を漏れなく魅了した。

そして、その反動で私たちを睨みつけてくる視線の数々…いたたまれなかった。



「…あなたにとって私はついでなのね?お兄様?」



棘を含んだ更紗の言葉に巧くんはばつが悪そうに苦笑した。



「…別に、そんな風には言ってないだろ?2人とも、帰るぞ?」



輪の中から出てきた巧くんは、自然に私のカバンを手から取り上げていた。

そんな態度に、さらに女の子達の視線がきつくなった。


…コワイ。



「私、図書館に寄らなきゃいけないから。2人で帰って頂戴?

 …風花、綾乃さんにおやつはいらないって伝えてね?」

「うん、わかった。気をつけてね」

「ありがと、風花。それじゃ、後でね」



更紗の背中を見送ってから、私は巧くんと歩き出した。

いつも二人で歩く時のように巧くんが私の肩に手を回した時、後ろの方で女の子達の悲鳴が聞こえたような気がした。


…気のせいだと、思いたい。



巧くんと一緒に帰るのはうれしくて楽しくて、とっても幸せな時間だけど、あの女の子たちの視線がオソロシかった。

明日…大丈夫かなぁ?







巧くんと一緒だったせいかなんなのか、バカ虎に会う事もなく無事家にたどり着くことが出来た。

それになにより、巧くんと一緒に歩きなれた通学路を歩くのは、新鮮でドキドキした。


なんだか、とってもラッキーな一日を過ごしたような気がする。

ふかふかでお日様の匂いがする布団に入って、くすくすと笑った。


しばらくの間はこんな気分を味わえるんだ。

それだけで、幸せだった。



私は温かい気持ちのまま、眠りに落ちた。









「ねぇ、橘さんって、青風林の騎士様と一体どういう関係なの?」

「…まさか、お付き合いしてる、何てことないわよね?」

「はっきり言いなさいよ!」

「…え、えと……」



何で私、こんなに恐ろしげなおねー様方に囲まれて、こんな人気のない体育館裏になんているんだろう?


”…巧のファンが騒がなきゃいいけど…”


昨日ぼそりと呟いた更紗の言葉がふと頭をよぎった。




この先輩方はきっと高校から入学してきた外部生で、巧くんのファンなのだろう。

内部生だったら、私たちの関係はわかってるはずだし。


それにしても、すごくきれいで、すごく大人びた人ばかり。

張り合えそうなのは、胸の大きさぐらい?

改めて巧くんの人気を突きつけられて、かなり凹んだ。

いつもこんなお姉さま方に囲まれてたら、私みたいなお子ちゃま、絶対に女として意識すらしてもらえない。


どもる私にイラついた先輩の一人が、きっと睨みつけて答えを催促する。


怖いよ~!!


頼みの綱の更紗も、今は先生に呼び出されているのできっと助けに来てくれない。

何とか乗り切らねば…



「えと、ですね、巧くんと私は、付き合ってるとかじゃなくって、幼馴染、なんです」

「えっ!?」

「幼馴染…?」

「そうなのっ!?」

「…幼馴染でも、恋愛ってありじゃない!」

「いえ、私の場合…そんなことはなくて…」

「ないの!?」



私の一言で、何故か先輩方の瞳がキラキラと光りだした。



「そ、そうですっ。

 ほら!私…かなりお子ちゃまだし、妹みたいな存在っていうか…

 巧くんと更紗…長谷さんは、私が生まれるずっと前から仲良しなんです」

「…じゃ、長谷さんって…やっぱり騎士様の、妹?」

「そうです。巧くんの、双子の妹です」



恐ろしげな雰囲気が一気に消え去り、気味が悪いほど和やかな雰囲気になった。

…それはそれで、怖い…。


お姉さま方は突然フレンドリィになって、私の肩に手を回した。

…やっぱり、怖い。



「ねぇ、お願いがあるんだけど…いい?」

「へ?」

「巧くん、紹介してくれない?」

「私たち、巧くんのことが大好きで、お友達になりたいって思ってたの!

 いいでしょ?先輩と後輩のよしみで、ね?」



そういうのって、正直言って苦手。

お姉さま方の気持ちはわかるけど、でも、そういうのに人を使うのってなんか卑怯だ。

それにやっぱり、大好きな巧くんを独り占めされたくない。


そういうの、卑怯だってわかってるけど。

でもやっぱり…好きだから。



返事に困ってうつむいている私に、お姉さま方は次第にいらつき始めた。



「ちょっとぉ、何なの?

 もったいつけてんの?いいじゃん、紹介するぐらいさぁ!」

「ホントは、巧くん独り占めしたいって腹じゃないのぉ?

 幼馴染の立場利用してさ!」

「昨日だって肩に手を回してもらったり、荷物持ってもらったり!

 幼馴染にしてはちょっと図に乗りすぎてんのよね!」

「ちょっとは自分の立場考えたら?

 ふつー、おこがましいって思うでしょ?」

「そうよ!離れてよ!」

「使えねーやつ!」



どん、と1人に肩を突かれて、体育館の壁に肩を思いっきりぶつけた。

痛みに一瞬顔がゆがんだ。


1人が私の胸倉を掴んだとき、タイミングよく予鈴が鳴った。

お姉さま方が文句を言いながら、もう一度壁に私を突き飛ばして行ってしまった。

同じ箇所を再度打って、あまりの痛みに涙が滲む。



私はスカートが汚れることも気にせず、その場にずるずると座り込んだ。



「…やっぱり、似合わないよ、ね?」




他人から指摘されると、やっぱりへこむ。

二人が並んでも、全然恋人なんかじゃなくて、まるっきり大人と子供だ。



「おこがましい、かぁ~…」



図に、乗ってたかなぁ?

幼馴染ってことに。



「…わかんない」





でも、大好きなの。




私はうずくまったまま、立ち上がることができなかった。







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