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どこか遠くで私の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

なんだか体がだるくて、重くて、起きたくなかった。



嫌だと伝えたくて首を振ると頬が撫でられ、また「風花、風花…」と呼ばれた。

すごく嫌だったけど、ゆっくりと目を開けた。



途端、体中がずくん、ずくんと脈打っているような鈍い痛みが全身に広がった。


「…う…っ、い、た…」


うめくように呟くと、わっと泣き出す声が聞こえた。


あ、あれ?

私…?




「…おかぁ、さん?おとう、さん、も?

 あ、れ?…みんな、ど、したの?」



口がもわんとして、動きにくい。

少ししゃべっただけなのに、口の中に血の味が滲む。

痛いし、だるいし、重い……。



どうやらここは病院で、私は個室で点滴を受けていたようだ。

恐る恐る首を横に向けると、お互いに抱き合って泣いているお母さんと由梨絵さん、ほっとした様子のおじいちゃんとお父さん、ギルバートさんが見えた。



「た、たくみ、くん?さ、ら…?どこ…?」

「ここだよ」



ぎゅっと大きな手が私の手を握ってくれた。

反対側を向くと、目に涙を滲ませた巧くんと子供の頃みたいに大泣きしている更紗が見えた。




「…わ、私……」


あれ?

一体何があったんだっけ…?

記憶が一瞬混乱し、それからゆっくりと絡まった紐がほどけるように昼間の映像が流れていった。



そうだ、私。

体育館の裏に呼び出して先輩たちと話をして、それから言い過ぎて怒らせちゃって、ひどい目に遭って…。

あのときの恐怖が蘇り、がたがたと震えだした。



お母さんと由梨絵さんが私に覆いかぶさるようにして、「大丈夫、もうなんにもないのよ?」とやさしく語りかけてくれる。

右手を握っていた巧くんが、ぎゅっと力を入れた。

みんなの顔を一人一人じっくりと目で追っていく。



おじいちゃん、お父さん、お母さん、由梨絵さん、ギルバートさん、更紗、そして巧くん。

みんなのやさしさのこもった目が私の恐怖で凍りついた心を溶かしてくれる。





喉の奥がぎゅっと詰まって、目からどんどん涙が溢れてきた。

たくさん泣いたはずなのに、とまる気配すらない。


「う、うえぇぇ~ん…」



まるで子供の頃と同じように、ベッドに仰向けになったまま泣いた。



たくさんの手が伸びてきて、頭や髪、手を優しくなでさすってくれる。

ここにいれば安心。

ここが私の家。

私の家族。

私の大切な人たち。


それだけで無性にうれしくなった。

絶対に誰からも奪わせないし、私自身の弱さで壊したりもしない。

守っていくんだ。




ひとしきり泣き終わった後、お父さんから私が巧くんに抱っこされたまま気を失ったこと、それから救急車でこの病院に連れてこられたこと、病院と巧くんから連絡が入り

みんな仕事を放り投げて駆けつけてくれたことを話してもらった。

「…迷惑かけて、ごめんなさい」としゅんと俯くと、「ばかだな」ってぽんぽんと頭を撫でられた。



私に何があったのか、おそらく学校から話が入っているだろうに、みんなは聞かずにいてくれた。

今は…特に巧くんがいる状態では、この話は聞かせられなかった。

どう話したら良いのか、どう言っても巧くんを傷つけてしまうことが辛かった。

覚悟ができていない今は、とてもありがたかった。




しばらくして、お医者さんが入ってきた。

お母さん以外のみんなが廊下に出ている間、診察してもらった。

頭に怪我をしていなかったし、貧血気味で寝不足で疲労気味だった状態でショックを受け気を失ったのだろうとのこと。

体のあちこちにあざがあるけど1週間もすれば消えてくるし、叩かれた頬も腫れが明日にでも引いてくるって。

体調も落ち着いているし、今日は入院せずに帰って良いとのことだった。

早く家に帰りたいと呟いたら、すぐにでも準備してもいいよ、と先生が笑いかけてくれた。



先生が出て行ってから、私はお母さんが用意してくれた服に着替えることにした。

病院の入院着を着ているのを見て、「お母さん、私の制服は?」と聞いた。

お母さんの目が一瞬苦しそうに揺らぎ、「捨てちゃったわ」と困ったように笑った。


腕や背中にも打ち身があるみたいで、服を脱ぐのも着るのも一苦労だった。

お母さんが持ってきてくれた前開きのワンピースはナイスな選択だった。

もうこれ以上痛いのはごめんだと思った。



それにしても、制服。

あぁ、そうか。

きっともうぼろぼろになっちゃったんだ。

私はぼんやりと宙を見つめた。



「…制服、大切に着てたんだけどな……」

「…風花…」



胸が痛くて、痛くて、痛くて。

気づけば私はお母さんにこれまでのことを話していた。



「お母さん、私…ずっと前に先輩たちに呼び出されて、巧くんに近づくなって言われて。

 怖くなって、でも自分で解決しなきゃって思って…」

「…なんでそう思ったの?」

「…私は、一緒にいる資格がない、巧くんや更紗に迷惑かけてる、

 おこがましいって言われて、あぁそうなんだ、私はダメ人間だって思っちゃったの。

 いきなり突き飛ばされて…肩が痛くて、怖くて、怖くて。

 …こんなことされたのも自分が悪いんだって考えてた。

 

 だから1人にならなきゃ、がんばらなきゃって。

 二人に嫌われたくない、軽蔑されたくないって。


 …でも、そんなの間違ってるってわかったの」


「…そう」


「それを言うために、先輩たちに体育館の裏に来てもらったの。

 初めて先輩たちに呼び出された場所で、ちゃんと決着つけたかったの。

 そうじゃないと二人との関係どころか、家族みんなに辛い思いをさせて

 みんなとの関係もぐちゃぐちゃにしちゃう。

 そんなの、絶対に違うから」


「そうね」


「もう意地悪しないでって言ったの。迷惑だからって。そんなことされる筋合いはないって。

 最初は冷静に話してたけど、だんだん腹が立ってきて…私、きついこと言ったの。

 そしたら先輩たち怒り出して、突き飛ばされて、頬を叩かれて、うずくまったら

 蹴られたり、髪の毛引っ張られたり…」


「……」


「でも我慢できたの。痛くても、自分が言い過ぎたからって。

 ホントは、怖くてたまらなくて、何も出来なかっただけだけど。

 けど、先輩のの1人が制服を脱がせて携帯で撮って…ネットに流しちゃえって…

 私、そこで我に返って必死で抵抗したの。

 だってそんなの…!

 ……そんなことされたら、私…生きていけない……」


「風花っ!!」




私はお母さんが広げた腕の中に飛び込んで、震えながらしがみついた。


「…こわかったよぉ…おかあさん……」

「もう大丈夫、大丈夫よ…みんなあなたのそばにいるわ。

 …もしみんなに何かあったとき、あなたもそうしてくれるように」



 



家のベッドに寝かされて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

夏の始まりは日が長くて、まだまだ外は明るいけど。

本当に長い、長い一日だった。

しみじみと思った。


家に帰ってから、みんながリビングでばたばたしてた。

学校にも連絡してくれたみたいで、帰宅してからしばらくしてうちに校長先生、担任、副担任の先生がやってきて、頭を下げていった。

もう、こっちが恐縮するぐらいに。


先輩方の処分はまだ決まっていないらしいけど、あれからすぐに全員自宅謹慎を言い渡されたそうだ。

グループの中の1人が両親と一緒に謝罪に来てくれたそうだけど、私は会わなかった。

謝罪をしようとしてくれることは良いことだと思うけど、でもまだ受け入れられない。

まだ先輩たちの顔を見る勇気も、あの状況と向き合う根性もなかった。




先生が夏休みまで後3日しかないから、3日間は家で休んで夏休みの間に落ち着いてくれたら良いって言ってた。

それもそれで寂しいけど、でも学校に行くのは正直怖かったから、とてもありがたかった。




しばらくは、気持ちを落ち着けたい。

ちゃんと向き合えるように、休息がほしかった。









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