10
翌日、4時間目が終わってから、体育館の裏に行った。
休み時間に偶然お姉さま方とすれ違い、いつもと同じように嫌がらせを言われた時、放課後体育館の裏に来るように伝えたのだ。
今日はたまたま更紗は用事があるから、都合がよかった。
今日を逃せばきっと彼女たちと話をする機会はなかなかやってこないだろう。
しばらく待っていると、4人そろって現れた。
美人が怒ると怖さが倍増すると言う意味がよくわかる光景だった。
「別にさぁ、私たちもあんたに話があったからいいけど~。
…自分から先輩呼び出すなんて、いい度胸だよね?」
じりじりと近づいてくる姿に、思わず怯んでしまう。
痛みが消えたはずの左肩がずきずきしてきた。
けど、ここで怯んでしまっては、今まで悩んできたことが水の泡になる!
私は歯を食いしばり、ぐっとあごを上げた。
4人は私を見下すようにニヤニヤ笑いながら見ている。
私は息を大きく吸い込み、言った。
「もう二度と、私にくだらない嫌がらせなんて、しないで下さい」
一瞬にしてお姉さま方の表情が怒りで歪む。
こんな表情平気でする人、美人だったって巧くんが好きになるはずない。
意地悪くそう考えた。
「なに?生意気じゃね?」
「なにはむかっちゃってんの!?あんた、何様!?」
「先輩方こそ、何様ですか?
私は、先輩方にわけのわからないこと言われるためにいるわけじゃありません」
「この馬鹿、ムカつく!死ねっ!」
1人が私の肩を思いっきり押した。
ふらふらとよろけたけれど、何とか転ばずに済んだ。
今やお姉さま方は全員般若の面をつけているかのようだった。
怖い。
けど、負けないもん!
私も睨み返すと、また1人が噛み付いてくるみたいに口を開いた。
「あんたでしょ!?巧様の妹に私たちのこと無視するようにいったのっ!
この薄汚い卑怯者っ!」
「何のことだか、わかりません」
「しらばっくれるなっ!
こっちがやさしく声かけてんのに、長谷さん、全然無視してんのよ!?
…あんたがなんか言った以外考えられない」
私はその理論に唖然とした。
「それは、更紗にだって友達を選ぶ権利があります。
巧くんに近づきたいからって理由で声かけてくる人間は、更紗が嫌いな人間だから…」
「黙れっ!この勘違い女っ!」
「お前こそいやらしいゴマすりだろうが!
たいした人間でもないのに、ずっと長谷さんにくっついて!」
「自分が幼馴染の特権持ってるとか、思っちゃってんじゃないの?
ばぁ~か!お前なんか、すぐに捨てられるっツーのっ!」
私の中の何かがぶちっと切れた。
私は生まれて初めて他人に向かって怒鳴りつけていた。
「だからなんですか!?私はお腹にいる頃から二人の近くにいたし、
二人のことが大好きです!
たとえあなたたちが私と二人じゃ格が違う、似合わないと思っても、
その関係が変わるわけじゃありません。
だって、私たちずっと仲良しで、家族みたいに暮らしてきたんだから。
特権とかそういうのじゃなく、私たちにとっては当たり前のことですから」
ぎりぎりと奥歯をかみ締める先輩たちの顔一人一人を見た。
何も恐れるものなんてなかったんだ。
私には大切な人がいるから。
「私は巧くんが好きです。
それは恋愛対象としてっていうのもあるけど、家族として幼馴染としても
大好きです。
とっても大切です。
もし私が巧くんにとって恋愛対象じゃなくても、それは哀しいことだけど、
でもずっとずっと家族であることには変わりありません。
私は巧くんに幸せになって欲しいです。
だから、どれだけ辛くても、巧くんの幸せを願います。
苦しいのも辛いのも、全部全部私の感情だし、私が何とかすべき問題です。
あなたたちだって同じです。
私が巧くんに似合わないって言うのも、私が隣にいることが気に入らないのも、
巧くんや更紗があなたたちを友達に選ばないのも、全部あなたたちの感情の
問題です。
…巧くんのことを考えているように言ってるけど、全部自分が好きだから
じゃないですか。
だって、あなたたちの気持ちを満足させるためには、巧くんや更紗が
愛してやまない家族をめちゃくちゃに壊してしまう結果になるんですから。
そんなことを望む人、あの二人は絶対に好きにならないし、認めるわけが
ありません!」
ヒートアップして言い過ぎたと思ったのは、彼女たちの顔が怒りで真っ赤に染まっているのを見てからだった。
それが本音であればあるほど、人は腹を立てるものだ。
痛いところを付けば付くほど、許せなくなるものだ。
私は自分の迂闊さに腹が立った。
修復不可能だ、これは。
そう考えた瞬間、頬を思いっきりひっぱたかれた。
女子の力もすごいんだ、と現実逃避するようにぼんやりと思った。
目の前に星が散り、よろけて地面に横倒しに投げ出された。
ツインテールの片一方をぐっと引っ張られ、頭がのけぞる。
髪がぎしぎしいってる。
痛い!
涙が滲んできて、目の前がぼやけてくる。
「離して!」と叫びながら抵抗するのに、げらげら笑う彼女たちはうれしそうに私を蹴り続けた。
そのうち私をいたぶることが愉快で残虐な遊びとなり、彼女たちの1人が楽しいことを思いついたとばかりに表情を輝かせた。
「ねぇ、服剥いちゃってさぁ、写メ撮ってネットで流さない?」
「…やっちゃう?」
「…ねぇ?」
「やっ!…ヤメテッ!!」
そんなの、殴られるよりもたちが悪い!
絶対にヤダっ!
逃げなきゃ!!
必死になって暴れまわったけど、彼女たちにブラウスをひっぱられ、ボタンが引きちぎられた。
リボンは地面に落ち、ニットベストが伸びる。
髪の毛はほどけ、汗ばんだ顔や首筋に髪の毛が絡みつく。
なんで?
なんでこんなことになったの?
なんでこんな目にあわなきゃいけないの?
涙が滝のように流れ落ちた。
「…風花っ!お前らっ!何やってんだっ!!」
彼女たちを突き飛ばし、私を救い上げる力強い腕。
「た…っ、たくみ、くん?」
「バカヤロウ!どんだけ心配かければ気が済むんだっ!?」
風花、風花と私の無事を確かめるように、何度も何度も名前を呼んで強く抱きしめた。
刺すような痛みが襲ってきて、「いたっ!!」と叫んでしまった。
ゆっくりと腕を緩め、私のむき出しの腕や顔をチェックした巧くんの顔が怒りにゆがんだ。
「お前らか…」
突き飛ばされて呆然としていた彼女たちが、真っ青な顔で後退さった。
「だって、長谷君…私たちは…」
「何も言わなくても良い。
風花をこんな目にあわせた理由など、聞いたところで腹が立つだけだ。
…正直、俺が直接手を下せないことが残念でならないよ。
女だろうが容赦したくないし、お前たちを二度と見れない顔にしてやったら
少しは気持ちがすっきりするだろうしな」
「そ、そんな!私たちは、そんなっ!」
「…そこから動くなよ?逃げようなんて思うな。
ちゃんと落とし前はつけてもらうからな?」
遠くからばたばたと足音が近づいてきた。
「巧っ!ちょっと、どうし…ふ、風花っ!?」
「どうしたんだね、長谷君…って、これはいったい…何があったんだ!?」
更紗と生徒会顧問の小林先生だった。
二人は驚いて私たちを見つめていた。
「彼女たち、よってたかって風花を殴り、蹴り、服を引きちぎってたみたいです。
…なんで服なんかちぎる必要があった?」
「あ、あの…ち、違うんです!」
「何が違うんだ!正直に言いなさい!!」
体育会系の小林先生の一括は何よりも恐ろしい。
びくりと震える彼女たちは先ほどの勢いも消え、めそめそと泣き始めた。
そのうちの1人が足元に落とした携帯を拾った先生の顔が、怒りにゆがんだ。
「…これは、どういうことだ?説明してみろっ!」
そこにはみんなに引っ張られたベストとブラウスを必死になって押さえる私が写っていた。
先輩たちの手しか写っていないところを見ると、本気でネットに流すつもりだったんだと今更ながらにぞっとした。
「…全員生徒指導室に来なさい。
橘、お前は保健室へ。
長谷妹は橘に付き添ってやってくれ。
兄の方は、話し合いが残っているが…」
「いえ、僕がいなくても、合同文化祭のミーティングはできるはずですから。
僕は妹と共に風花についてます」
小林先生は「みんなに伝えておくから」と頷いた。
「橘。ひどい目に遭ったな…
長谷兄の眼を信じて、もっと早くに駆けつけてやればよかったよ。
悪かった。
…落ち着いたら、話を聞かせてくれ」
私は巧くんの胸に顔をうずめ、小さく頷いた。
彼女たちが連れて行かれた後、巧くんが自分のシャツを脱いで私に着せ、それから軽々と掬い上げた。
更紗は私を見てぼろぼろと泣いている。
泣くなと巧くんにたしなめられ、両手で目を覆いながら更紗が頷いた。
「…もう大丈夫だよ、風花」
その一言を聞いた瞬間目の裏から暗闇が訪れ、私はそのまま意識を失った。