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幼馴染って、近いようでうんと遠いと思う。
生まれる前から家族ぐるみのお付き合いで、それこそお腹の中にいる頃からの付き合いってことになるんだろうけど。
まるで本当の兄妹のように育ってはいてもホントの兄妹ってわけじゃなくて、回りから求められるまま”兄”と”妹”のような関係を演じているって状態。
無邪気にただ「好き」と言っていたときと違って、平和のために妹役演じてますって感じるようになったのは、いつの頃からだっただろう?
”兄のような存在”というポジションにいる彼への特別な想いをはっきりと自覚した時から、
まるで自分が嘘っぽくてもどかしい。
がんばって何かを隠すってことは、どちらかといえば不得意で。
だからこそ、ついうっかりするとずっと見つめてしまう自分が、お馬鹿さんだって腹立たしい。
生まれる前から彼しか見えてなかったんじゃないかって思うほど、私の心には彼しかいない。
……だって、心が全部持ってかれちゃったぐらいに、好きなんだもん。
そういうワケで。
私の心の一番大切な部分に大好きな幼馴染・長谷巧が鎮座している事は、私にとってごく当たり前な、自然の流れだったんだと思う。
私の大切な初恋は、片思いのまましっかり現在進行中。
私の名前は橘風花。萩の花女子高等学校2年生。
2年生ももうすぐ終わりなのにまだ16歳なのは、私が早生まれなせい。
中学1年生でぴったりと成長を止めてしまった身長は、たったの148センチ。
…学校で一番ちびっこいらしくて、いつでもどこでも人に埋もれてしまっている状態。
さらに哀しいほどの童顔のせいで、年齢とともに当たり前に出来た体の凹凸をだぶっとした服で隠してしまえば、小学生に間違われる事だってあるほどだ。
…認めたくないけど、かなり頻繁に。
もしかしたら、酷い猫っ毛をブローするのが面倒でツインテールにしてしまっているふわふわした髪のせいかも…?
いやいや、お母さんの趣味で結われている、このひらひらと風に靡くちょっぴり太目のピンクのリボンのせい?
ちょっとした事でほっぺをぷぅと膨らませてしまう、あまりにも幼い表現力のせい?
……私って何から何まで子供っぽく出来ているんだって泣きたくなる。
せめて中学生ぐらいに見られたら…謙虚で切なる願いが近い将来叶うかどうか、私にも分からない。
たった一つ言えるのは、”幼馴染”で”心の姉”で”大親友”の長谷更紗がもう少し幼ければ、いつも隣に立っている私が少しは大人びて見えるのは確かだって事。
更紗のお父さんのギルバートさんはイギリス人で、お母さんの由梨絵さんは日本人。
夫婦仲睦ましいおじさんとおばさんは容姿もその性格も生き様も素敵で、私の憧れの人たちだ。
そんな二人のおいしい所取りしたとしか思えない更紗は女の子でもため息をついてしまうほどの美貌の持ち主で、知らない人なら”もうすぐ大学卒業です”と言っても信じてしまうほど大人びている。
学校帰りに近隣の男子高校生がプレゼントを持って立っていたり、お出かけするたびに何度も見知らぬ男の子に声をかけられるのだって、当然のことだと胸を張って言える。
サラサラのロングストレートの黒髪と、知的に輝くブルーグレイの瞳。
雪のように真白な肌を彩る、まるで花びらのような唇。
クールビューティとはまさに彼女のためにある言葉だ。
外見の美しさもそうだけど、彼女の本当の魅力はその心・性格。
そっけなくてクールな彼女だけど、でもほんとはとってもやさしくて温かな人なのだ。
人の痛みがわかる彼女の言葉は、厳しくても相手のことをしっかり考えた上での発言ばかり。
口さがない人は「性格も言葉きつい」などと言うけれど、更紗ほど思いやりのある女の子を私は知らない。
そんな彼女には、双子の兄がいる。
彼こそ私の片思いの相手・巧くん。
更紗と私は幼稚園からエスカレーター式のお嬢様学校である萩の花女子に通っている。
巧くんは男の子なので幼稚園の頃から中学校までは萩の花の男子部に行っていたが、今はこのあたりでも有名な共学の進学校、青風林高校に通っている。
開校当初は生粋のお嬢様学校だった萩の花は男子部が中学校までしかなくて、高校進学時巧くんは家から一番近い青風林に入学したのだ。
萩の花でも女子と男子が同じ校舎で勉強することがなかったから変わらないと言えば変わらないけど、
行事の時は男女一緒だったし、やっぱり違う学校になっちゃったことは寂しかった。
巧くんの学校は私たちの学校からも近いから一緒に登校できるし、下校途中に待ち合わせしたり
偶然会えたりするので、まだよかったかなって思うけど。
でも、一緒にいる時間が増えると、それだけ見たくないものをたくさん見なければならない訳で…。
それが目下、私が感じるちくちくの原因だったりする。
巧くんは身長が185センチもあって、ちびっ子の私からすれば彼は見上げるほどに高い。
しかも容姿もきっちりギルバートさんから受け継いだ彼は、それはそれは魅力ある端正な顔立ちをしていて、さらさらできらきら光るキャラメルみたいなブラウンの髪と更紗と同じブルーグレイの瞳は大勢の女の子達を一瞬で虜にしてしまうほど甘い。
巧くんが立っているだけで女の子達の視線を釘付けにし、手を上げただけで悲鳴のような歓声が聞こえるほどだ。
しかも、更紗同様、彼もまたスポーツも勉強も出来る文武両道派で、何から何まで理想的。
さりげない気配りと爽やかな笑顔、きりりと凛々しい立ち居振る舞いに時折見せるいたずらっ子のように無邪気な表情…これじゃ、女の子達が放っておくはずがない。
そんな彼は、近隣の女子高生の間で”青風林の騎士様”などと呼ばれている有名人だ。
けれどそんなことを鼻にかけることもなく、誰にでも等しく優しくて、穏やかで、もの静かで。
聞き上手な彼はいつも人の心をほぐしてくれ、情も人望も厚い。
こんなとこ、由梨絵おばさんにそっくりだなぁと思う。
生まれる前からずっと一緒にいるけれど、そんな彼に惚れ直さない日などないほどだったりする。
こんなに人気者の巧くんの傍にいられるのは、他の女の子達と違って恵まれた環境にあるお陰。
そんなんじゃなきゃ、こんなちびっ子で魅力の欠片もない私なんて、巧くんと一緒にいられるはずないもの。
そんなことを考えては、ため息ひとつ。