一歳半の雲魔法使い
発見の後、俺の取り組みはより体系的になった。
気象学者のアプローチを魔法練習に応用した。観察して、仮説を立てて、試して、改良する。
観察すべきは俺自身の感覚だった。体内の温かさの分布。それを動かす時に生じる疲労感。出力の規模と疲労量の関係。
まず確かめたのは疲労だ。体内の温かさを動かすと、一定以上消耗すると補充まで時間がかかる。眠れば回復する。ゲームで言うMPに近いものだ。
次にわかったのは、意図の精度が出力の質を決めるということだ。「何かを出したい」という漠然とした意識では散漫な霧しか出せないが、「特定の密度の水譒気が特定の方向に流れる」という具体的なイメージを維持すると、より安定した形になった。
問題は、技術の上限だった。
一歳半になる頃までに、俺は親指ほどの大きさの霧の玉を数秒維持できるようになっていた。でも、それ以上が難しかった。大きくしようとすると霧散する。長く維持しようとすると疲弊する。
それでも、世界の片隅で小さな奇跡が続いていた。
ある昼下がり、シオンが台所で料理を始めた。俺は揺りかご……ではなく、床の上に座布団を敷いたところで一人遊びをさせてもらっていた(一歳半ともなると揺りかごが小さくなる)。
俺は手のひらの上に、いつもより少し大きな霧の球を呼び出した。
今日は何かいつもより調子が良かった。温かさの流れが滑らか。イメージの維持がしやすい。
霧の球が大きくなった。拳ほど。
「テンキ?」
シオンの声に驚いて、俺は集中を乱し、霧が消えた。振り返ると、母が台所への入口に立っていた。目を見開いて俺を見つめ、陶器のボウルを胸に抱えたまま固まっていた。
俺は沈黙した。
でも、隠せるものではない。見られた。確実に。
「——魔法?」
シオンの声は、奇妙なほど穏やかだった。怖がっているのではなく——どちらかというと、信じられないものを見た人の声。
俺は頷いた。まだ一歳半なので、込み入った説明はできない。
「雲の、魔法?」
再び頷いた。
シオンは一歩、また一歩と近づいてきた。そして俺の前にしゃがんで、俺の頭に両手を当てた。目が、じわりと赤くなった気がした。
「もう一度、見せてくれる?」
俺はもう一度集中した。体内の温かさを集め、手のひらへ向けて流し、凝結のイメージを描いた。
再び、小さな霧の球が俺の手の上に現れた。
シオンは息を飲んだ。
「すごい」と彼女は囁いた。「テンキ、すごいわ」
その時の彼女の声を、俺は今でも忘れない。誤りではなく——少なくとも最初から誤りではなく——驚きだった。この子が何者なのか、改めて見直したような驚き。
「ガレス!」と彼女は大声を上げた。「来て!今すぐ来て!」
父が畑から足音も荒く飛んできた。扉を開けた瞬間、何か大変なことが起きたのかと身を固くしていたが、シオンが「落ち着いて、見てよ、テンキを見て」と言い、俺が再度、霧の球を出した。
ガレスは俺を見つめ、しばらく黙っていた。
それから言った。「……魔法か」
「雲の魔法みたいよ。生まれつき持ってたのかもしれない」
「一歳半で發動できるのか」
「そうよ。ガレス、これって——」
「凄いことだ」と彼は言った。言葉は少なかったが、声には何か重みがあった。「テンキが凄いことだという意味だ、シオン」
彼女が彼の手を握った。
俺は二人の顔を交互に見た。心配。驚き。そして確かに、愛情。
この体の親たちは、俺を愛していた。
前世では——雲野颯太としては——家族もいたし、関係もあった。でも独り身で、仕事一筋で、孤独をさほど意識しなかった。
この体に生まれ直して、この両親のもとに来て、初めて俺は思った。
ここが、俺の家だ。
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二歳の誕生日を迎える頃には、言語の習得はほぼ完了していた——少なくとも日常会話のレベルでは。前世の大人の語彙力と、赤ちゃんから学び直した現地語の組み合わせは、思いのほか効率が良かった。
二歳の子供として周囲に認識されるために、わざと語彙を難しくしないよう心がけてはいたが。四十年分の知識を持つ意識が二歳児の口から長文を喋り始めたら、さすがに怪しまれる。
雲魔法の練習は順調だっ——た、と言いたいところだが、実際のところは「着実だが遅い」という表現が正確だった。
俺が生み出せる霧は、ひと月ごとに少しずつ大きくなっていった。一ヶ月後には握り拳ほど、二ヶ月後には枕ほど、三ヶ月後にはシオンの頭ほど。でも制御がまだ甘く、形を保つのが難しかった。
シオンは毎週俺の練習に付き合ってくれた。彼女自身の料理スキルの発動と似た構造があるらしく、時折アドバイスをくれた。
「テンキ、意図が強すぎると崩れるわよ。水みたいに、流れを優しく導いて」
柔らかく流す。
これは、前世の気象学でいえば気流をモデル化するアプローチに近かった。力で制御するのではなく、自然な流れを見極めて、軽く方向づけすること。
二歳半頃、俺は安定した小型の積雲を約三十秒維持することができるようになった。
シオンはそれを見て目を細め、どこか遠くを見るような表情をした。
「魔法の鑑定人に見せたいわね」と彼女は思慮深く言った。「テンキのスキルを、正確に把握したい」
「鑑定?」と俺は聞いた。
「スキルを測る方法があるの。水晶を使って。普通は十歳くらいで受けるものだけど……テンキは特別だから」
スキルを測ることができるのか。
この世界のシステムについて、俺が一番知りたいことの一つだった。自分の能力の客観的な現況把握。
「したい」と俺は言った。
「そうね。でも少し待って。今は……」シオンは言いかけてやめた。「まずはもっとうまく使えるようになってからでいいかな。まだ小さすぎる」
後で知ることになるのだが、彼女が躊躇したのにはわけがあった。魔法持ちは珍しく、特殊な扱いを受けることもあるこの世界で、子供のうちから目立つことへの警戒心があったのだ。
当時の俺にはまだ、その文脈が完全にわかっていなかった。
でも、シオンの「まだ小さすぎる」という言葉には、単なる年齢以上の意味が込められていた気がした。
待とう。
俺には時間があった。人生全て。そして今は、使える時間を練習に充てることだけを考えよう。
その夜、窓の外の空に向かって小さな雲の欠片を出してみた。二秒ほど漂わせて、消した。
前の世界では雲を追いかけた。今の世界では、雲を作る。
笑えるような、泣けるような、そんな気持ちだった。
でも、悪くない。
全然、悪くない。




