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雲追いの最後の空

朝の陽光が部屋の壁をオレンジ色に染める中、俺はスマートフォンへ手を伸ばした。枕にまだ半分埋まったままで。


四十年間、変わらない習慣がある。まず確認するのは天気予報アプリ——メールでも、ニュースでも、気象予報士としての仕事の連絡でもなく。


〈晴れ。正午頃から積雲が散見される予報〉


完璧だ。


ベッドを抜け出し、窓のカーテンを引き開ける。その仕草は、クリスマスの朝を迎える子どもと変わらない。眼下に広がる東京の街並み——けれど俺の視線は、ただただ上へ向かう。


朝の早い空は、青のグラデーションだった。天頂の深い群青から、地平線に近づくにつれ淡い空色へ。そして東から、巻雲の最初のひとつらなりが流れてきた。繊細な羽毛のような輪郭が、日の出の光を受けて黄金色に輝いている。


綺麗だな。


手がカメラを掴んでいた——自分でそう決める前に、身体が動いていた。こういう習慣は思考より深いところにある。ファインダーが切り取る眺め。遠くのビルのシルエット。輝く空。風が書いた筆跡みたいに広がる、高層の雲。


カシャ。


シャッター音が、これから飲むコーヒーより心地よかった。


「おはよう、空」と俺は呟き、カメラを雑然とした机に置いた。「今日もありがとな」


なぜ気象予報士になったのかと問われるたびに、俺は困る。給料は特別良くない。台風シーズンは不規則な長時間労働が続く。テレビドラマが描くような華やかさなど、これっぽっちもない。


でも、毎朝のこれを経験したことがない人には、永遠にわからないだろう。


富士山に傘雲が現れたと聞いただけで息が止まる感覚。昼休みに飛び出して乳房雲を撮りに走る衝動。夕暮れ時、一つの砧雲が生きものみたいに形を変えていくのを、一晩中見続けてしまう夜。


俺にとって、雲は単なる水蒸気と氷晶の集合体じゃない。アートだ。詩だ。空が自分を表現する言葉だ。


トーストをかろうじて齧りながら机に座り、写真コレクションを開く。十五年間に撮り溜めた雲の記録、全て種類と日付と撮影地別に整理されている。巻雲、積雲、層雲、乱雲、考えられるありとあらゆる混成型。ハードディスクの容量が逼迫しているが、一枚たりとも消せない。


どの写真も、ある一瞬だ。気温・気圧・湿度・風——それらが二度と全く同じには揃わない特定の重なりが生んだ、唯一無二の瞬間。


お気に入りのフォルダには「夢」というラベルがついている。触れてみたいと思った雲を追い求めた写真ばかり。綿飴みたいに寝転べそうな積雲の大きな塊。天を支える柱みたいな積乱雲のかなとこ雲。ロール雲、荒波雲、夜光雲——UFO写真みたいな希少な現象たち。


子供の頃、雲に乗る夢を見た。それは普通のことだ。足元でふわふわ漂う白い巨人たちを見上げれば、誰でも一度はそうなる。でも、他の子どもたちが大きくなるにつれてその夢を手放していく中、俺はどうしても諦められなかった。


目線を変えたに過ぎない。子供の妄想が、大人の執念へと変形した。


雲に乗れないなら、研究しよう。予測しよう。写真に残そう。一生かけて、空に浮かぶこの美しくはかない彫刻たちを理解しよう。


スマートフォンが震えた。同僚のヒロシからのメッセージだ。


〈おはよ!今週末の予報見た?嵐雲が撮れるかも〉


俺は笑いながら返信した。


〈もちろん見た。いいカメラ持ってく〉


〈最高!〉


これが俺の人生だ。これが俺の生きがいだ。金を追う人間もいる。名声を追う人間もいる。愛を追う人間もいる。


俺は雲を追う。


そして、後悔は一切ない。


---


気象センターはいつもの通り、制御された混沌の中にあった。複数のモニターで埋まった机の迷路。壁に貼られた気象図。大気モデルを走らせるコンピュータの低いうなり。コーヒーの匂いとキーボードの打鍵音のシンフォニー。


「雲野さん!」


田中主任が駆け寄ってきた。それだけで異常だとわかった。主任が急ぐことなど絶対にない。気象現象は自分のペースで展開する——人間は品よくそれを観察すべきだ——という信念の持ち主なのだ。


走っているということは、何か重大なことが起きている。


「見てもらいたいものがあります」と主任は息を切らしながら言った。「朝の六時から報告が入り続けていて」


分析ステーションへ連れていかれると、三人の気象予報士がスクリーンを囲んでいた。その表情は、困惑から深刻な不安まで様々だった。


「これは何ですか?」と俺は身を乗り出して聞いた。


衛星画像には京都周辺が映っていた。そして市街地の真上に……何かがあった。


胸が高鳴る。


まるで誰かがルネサンス絵画の天使をリアルタイム衛星画像に合成したみたいだ。完璧な円形の雲が三重の輪を作り、まるで天上のウエディングケーキのように重なり合っている。各輪は奇妙な黄金の発光を放っていた——太陽光が氷晶に反射したものでは、明らかにない。何か別のもの。見たことのない何かが。


「本物ですか?」と俺は息を飲んだ。


「複数の衛星と地上観測の両方で確認済みです」と山本上席研究員が答えた。「約四時間前に出現しました。消散の兆候なし。本来なら散逸させるはずの気流にもかかわらず、完全に定位置を保っています」


俺は画像を拡大する。頭の中で自動的に分類を試みる。レンズ雲——湿った空気が山岳地帯を越える際に生じる凸レンズ形雲——に形状は似ているが、対称性が完璧すぎる。そしてレンズ雲は発光しない。


「レーダーデータは?」


「それが問題なんです」と山本さんは別の画面を引き出した。「レーダーシグネチャが……一貫しません。通常の雲密度として反応することも、ほぼ透明として反応することも。そしてこれを見てください」


彼女は中心部をハイライトした。「正確な中心点で、電気的活動を検出しています。雷とは違いますが似たものです。持続的な低レベルの放電が」


「気温の読みは?」


「めちゃくちゃです。外輪は高度相応の気温。中衛は不思議なことに暖かい。内輪は……」彼女は一瞬言葉を止めた。「あの高度と気圧では、ありえない温度を示しています」


俺はスクリーンを眺め、自分のキャリアでほとんど経験したことのない感覚を味わっていた。完全な困惑。気象学はパターンの科学だ。カオスなパターンではあるが、パターンだ。気団は熱力学に従って動く。雲は確立した原理で生成する。環水平弧や太陽犬や火焔虹のような最も珍しい現象ですら、説明がある。


これは説明がつかない。


「行きます」と俺は言った。


「そう言ってくれると思ってました」と田中主任が答えた。「次の新幹線に乗ってください。現地観測が必要です。写真、測定、とにかくデータを」


主任は観測機材ケースを手渡してくれた。ポータブル気象センサー、分光計、カメラ機材一式。


「何でも必要なものを持って行ってください。最優先事項です」


ドアへ向かいながら、田中主任の声が追いかけてきた。「雲野さん? 気をつけて。雲は動いていませんが、その下の気象が変なんです。局所的な雨の報告が、その他の場所では晴れているにもかかわらず続いています。稲妻なしで雷鳴が聞こえたという報告も」


俺は頷いたが、もう頭の中は別のところにいた。カメラの設定を頭の中で調整し、風速測定を順番に組み立てながら、この不可能な気象現象を記録することだけを考えていた。


京都の上空に浮かぶ奇妙な雲。黄金に輝く三重の輪。


乗れないなら、せめて追いかけよう。


そして、この雲だけは絶対に見なければならなかった。


---


新幹線が日本の田舎を走り抜ける中、俺はノートパソコンに釘付けだった。普段なら車窓から景色を眺めながら雲の形を追うのだが、今日はそれどころじゃない。


京都の異常現象に関するあらゆるデータをダウンロードしていた。複数アングルの衛星画像。分光測定のデータ。近くの観測所からの気球データ。現象を目撃した一般市民のSNS投稿。それらすべてが同じことを示していた——これは存在してはならない。


隣に座った老婦人が興味深そうに覗き込んできた。「熱心にお仕事中ですね、お兄さん」


俺は微笑んだ。四十歳でまだ「お兄さん」と呼ばれる。「気象予報士です。京都に珍しい雲が出ているので調べに行くところです」


「まあ! あの天使の雲ですね!」彼女の顔が明るくなった。「今朝のニュースで見ました。神様のお告げかもしれないって言ってたけれど、写真を撮りに行くんですか?」


「それも含め、色々と調べる予定です。何が原因なのか理解したくて」


老婦人は賢そうに頷いた。「孫はアニメに出てくるみたいって言ってましたよ。でもわたしは綺麗だと思います。天国が扉を開けて、素晴らしいものを見せてくれてるみたいで」少し間があった。「危なくはないんですか?」


それが問題だった。あの現象のデータは、大気物理学の根本的な何かがおかしいことを示していた。温度勾配だけでも、通常の雲構造を引き裂くには十分すぎる。中心部の電気的活動は、典型的な雷雨の放電量をはるかに上回る。にもかかわらず、完全に安定した状態で、まるで宇宙の装飾品みたいに京都の上空に浮かんでいた。


「大丈夫だと思います」と俺は優しく嘘をついた。「雲は劇的に見えますが、激しい気象でもなければ危険はほとんどありません」


老婦人は満足そうに頷いて雑誌に戻り、俺も窓の外を眺めた——でも心は別の場所にあった。


もしかしてこれが、俺のための凸レンズ雲なんじゃないのか。俺だけの乳房雲、完璧なストーム——何千倍もの規模で。キャリアを定義する現象。俺の名前が気象学の論文や教科書に載るような発見。


雲野の異常現象、なんて呼ばれるかもしれない。


自嘲気味に笑った。むしろ、特殊な大気成層と空気中の特定のミネラル成分が組み合わさって、光を新しい形で屈折させているのかもしれない。奇妙だが、最終的には説明がつく何かだろう。


でも……もし違ったら?


もし本当に新しい何かだったら? 大気物理学を根本から書き直すような何かだったら?


ただの職業的な達成感を超えた、純粋な驚きのスリルが走った。俺は乗れる雲を夢見て育った。理解できる雲を研究しながら大人になった。でも心の奥底では、ずっと、俺を驚かせてくれる雲を待っていたかもしれない。現実が、どんな理論よりも奇妙で美しいことを示してくれる雲を。


スマートフォンがもう一度震えた。ヒロシから。


〈あのマジの雲に行くの?やばすぎ!俺にも写真送ってよ!〉


〈千枚くらい撮るつもり。マジで信じられない〉


〈でも気つけてね。ネットで変なこと言われてるよ。電磁波の干渉とか奇妙な感覚とか〉


〈大丈夫。多分集団ヒステリーだよ〉


〈まあね。終わったら連絡して〉


〈わかった〉


スマホをポケットに戻し、もう一度データを見る。三重の完璧な輪に目を細め、電気活動が記録されている中心核に拡大する。あの形成物の対称性には、何か催眠的なものがあった。


雲に乗れないなら、この雲に触れよう。比喩的には。測定して、撮影して、理解しよう。


きっとそれは、子供の頃の夢よりもっといいものだ。


新幹線が減速しはじめた。車内放送が京都駅への到着を告げる。


俺はノートパソコムを閉め、機材を最終確認し、胸の高鳴りを感じた。


不可能な雲に会いに行く時間だ。


---


京都は二つに分かれていた。


街の半分は完璧な春の日差しの下にあり、地平線から地平線まで青空が広がっていた。もう半分は——異常現象が真上に浮かぶ半分は——あらゆる大気科学の原則を無視した局所的な雨嵐に包まれていた。


俺は境界に立っていた。片足は陽光の中に、片足は雲の影の下に。現実そのものが、この場所の異常さに抗議しているように感じた。


研究チームが影響域の縁にある公園に機材を設置していた。大阪大学から来た二人の気象学者と、どこかの大学院生らしき六、七人が、小さな気象観測所に匹敵するほどの装備を広げていた。


「雲野さん!」伊東博士——学会で何度か会ったことがある——が手を振った。「ちょうど良かった。もう一度気球を上げるところです」


合流し、機材ケースを置く。「何かわかりましたか?」


「何一つ」と彼女は率直に言った。声に明らかなフラストレーションがある。「雨は外輪の雲からではなく、中心の約五百メートル下で自然発生しています。凝結核も検出できなければ、それを説明する気温勾配もない。水が……出現するんです」


「電気的読みは?」


「持続的だけど安定している。まるで世界一辛抱強い稲妻みたいに、電荷を蓄積し続けながら決して放電しない。少なくとも、俺たちが認識する形の雷としては」彼女は上を指さした。「中心を見てください。じっと見ていると実際に見えますよ」


三重の黄金の輪が空に君臨していた。最外輪の直径はおそらく一キロメートル以上。回転も、変形も、本来なら数分で引き裂くはずの風のせん断にも揺らがず、ただそこにある——物理法則の存在を否定した宙吊りのアート。


そして最中心部、三つの輪すべてが収束する点で……


光が瞬いた。黄金がかった白。現れてはまた消えていく。


「綺麗だ」と俺は呟いた。


伊東博士が妙な目で俺を見た。「綺麗? 雲野さん、あれはホラーですよ。あの電荷を発生させているものは、雷と同等以上のエネルギーを数秒ごとに放出しています。もしいつか本当に放電したら——」


「しない」と俺は確信していた。根拠はなかった。でも確信があった。あの形成物は破壊的じゃない。何かを見せているのだ。俺たちがこれまで観測したことのない大気物理学の何かを。


カメラを出して撮影を開始する。全体の規模を捉えるワイドアングル。各輪の細部をとらえる望遠。中心の光の瞬きを捉えるための長時間露光。


ファインダー越しに見る異常現象は、さらに印象的だった。黄金の発光は均一でなく、オーロラのように波打って流れていたが、あの完璧な円形の帯に制約されていた。氷晶か? いや、気温がおかしい。イオン化ガス? 可能性はあるが、何がそのイオン化を散逸させずに維持しているというのか。


「真下に行く」と俺は言った。


伊東博士が腕を掴んだ。「雲野さん、ダメです。中心の現象が何によるものかわかっていません。電磁波の読みがおかしいんです。機材がショートするかもしれないし——」


「あるいは、最高の観測データが手に入るかもしれない」俺は穏やかに彼女の手を外した。「博士、俺はキャリア全体を雲の研究に費やしてきました。台風の目に乗り込み、竜巻を追いかけ、凸レンズ雲を撮るために山に登った。これが俺のしごとです」


彼女は不満そうだったが止めなかった。「せめて無線を持ってって。それと、とにかく気をつけて」


無線、カメラ、携帯気象センサーを掴む。大学院生たちが、まるで俺が処刑台へ向かうみたいな目で見送った。もしかしたらそうかもしれない。でも、試みなければ一生後悔する。


陽光と影の境界は鋭かった——不自然なほどに。一歩踏み込むと、温かさから冷たい湿気へ移行した。雨が上着に降りかかる、軽くて持続的な雨。不思議なのは、真上以外は全方向に青空が見えることだった。まるで誰かが気象の円柱を切り抜いて、全く異なる気象システムを差し込んだかのように。


影響域の奥へと歩き進みながら、俺は頭上の輪を見上げ続けた。この角度からはより大きく、より威圧的に見える。黄金の輝きは中心に近づくにつれ強まり、空気そのものに何かを感じた——振動でも気圧でもなく、何か微妙なおかしさが。


気象センサーがけたたましく鳴った。読み取り値を見ると——


気温:乱高下。気圧:ありえない値。湿度:数秒ごとに0%と100%を行き来している。


機材が誤作動している。そうに違いない。この速さで大気状態が変化することなど不可能だ。


でも、もうそんなに確信が持てなかった。


中心と思われる場所に立ち、上を見上げた。三つの輪が同心円状に完璧に整列している。そして真上、共有された中心点から、おそらく高度二キロメートルの場所で——


光が集まっていた。


以前のような一瞬の瞬きではない。持続する、成長する、強まる輝きだった。黄金がかった白。目を細めてもなお直視したくなるような明るさで。


でも目を逸らさなかった。


代わりにカメラを上げた。


もしこれが危険なら、もし今がこの異常現象が蓄積したエネルギーを放出する瞬間なら——せめて記録しよう。せめて人類に、俺たちが何を目撃したかを伝えよう。


光が増していった。さらに、さらに明るく。苦痛であるべき明るさなのに、苦痛ではなかった。春の午後、完璧な積雲越しに差し込む太陽光のように——温かく、心地よかった。


背後で伊東博士が無線に何か叫んでいたが、その声は雷に似て雷でない音——もっと深く、もっと共鳴する、まるで空自体が歌うような音——に飲み込まれていった。


俺はシャッターを切り続けた。指はボタンの上、目は涙で霞んでいたが閉じなかった。


これだ。これが、すべての雲追いが夢見る瞬間だ。珍しいものを目撃するだけでなく、不可能なものを目撃する瞬間。ルールを書き換えるものを。


光が降下し始めた。最初はゆっくり、それから速く。天と地をつなぐ光の柱。そして俺はその真下に立っていた。


恐れを感じるべきだった。


逃げるべきだった。


でも俺の頭にあったのは、ただ一つのことだった。美しい。俺が今まで見た中で一番美しい雲だ。


カメラが最後の一枚を切った。


光が俺に触れた。


温かさが全身を貫いた——灼熱でも、痛みでもなく、ただ圧倒的な正しさの感覚。まるで生涯問い続けた問いの答えをついに見つけたような。俺が撮影し、研究し、夢見てきた雲たちが、俺を家に迎え入れてくれているような。


そうか、これが、と意識が遠のきながら俺は思った。雲に乗るということは。


子供の頃の夢が、決して想像しなかった形で叶えられた。


俺は微笑んだ。


死ぬなら、せめてこれが見られて良かった。せめて空に触れることができた。


全てが白くなった。


---


どこ……?


意識。それが最初にあった。自分が存在しているという認識。


何……?


二つ目は混乱だった。深く、完全な混乱。なぜなら、俺は死んでいるはずだからだ。光を覚えている。温かさを覚えている。死が雲に触れることのように感じられるなら、死ぬことは受け入れられると思ったことを覚えている。


でも死んでいるなら、なぜ思考がある? なぜ……何かを感じている?


柔らかい。温かい。包まれている。


目を開けようとした。その動作が妙に感じられた。忘れてしまった誰かの機械を操作するみたいに。瞼が重く、もたついて、どうしてもうまく動かない。


ぼんやりとしている。すべてがぼんやり。漠然とした輪郭、くすんだ色、何も焦点が合わない。


盲目になったのか?


パニックが突き上げてきた。動こうとした。座ろうとし、顔に触れようとし、何かをしようとした。


体が言うことを聞かなかった。手足は弱々しく、ばたばたして、制御できない。声は言葉にならない高い音として出てきた——四十歳の男の声では絶対にない。


ぼんやりした輪郭が動いた。さらに近づいてきた。音——言葉だと思う、でも知らない言語で。抑揚が違う、音素もわからない。


でも、何かが感じとれた。声のトーンが。穏やかで、心配していて、愛情にあふれていた。


温かいものが俺を包んだ——腕? そう、腕だ。俺の体と比べて大きな腕が、力を入れずに俺を持ち上げた。さらに音が、あの旋律的で未知の言語が俺を洗う。


頭が猛烈な速さで動き始めた。不可能性を調整しようとして。


俺は死んでいない。でも俺は……俺じゃない? この体は?


四十歳では絶対にない。スケールがおかしい。俺を抱える人は巨大で、あるいは俺が小さすぎるのか。手足は短く、ぽっちゃりして、強さも協調もない。視界に入る自分の手——霞んでいるが、それでも——赤ちゃんの手に見えた。


いや。


違う違う違う違う。


転生。その言葉が、漫画やアニメやライトノベルの記憶から浮かび上がった——楽しみのために読んでいた、現実だなんて一瞬も思っていなかったフィクションから。


俺は転生した。


赤ちゃんとして。


この現実は壊滅的であるべきだった。四十年の人生——記憶、経験、人間関係——が、異常な気象現象によって断ち切られた。キャリア、写真コレクション、同僚たち、あの不可能な形成物を記録するという夢……


全て消えた。


これに置き換わった。無力さ。依存。基本的な命令にも従わない赤ちゃんの体。


泣きたかった。赤ちゃんの泣き声ではなく、深く、魂をえぐる、本物の喪失の嗚咽を。


でも出てきたのは、制御できない甲高い泣き声だった。


俺を抱く腕が調整され、熱と安らぎの近くに引き寄せた。穏やかな声——女性だと思う——が理解できない言葉を呟いた。揺れを感じた。不愉快なはずのリズムが、実際には……心地よかった。


俺の意志に反して、パニックが静まりはじめた。


よし。よし。俺は生きている。別の体だが、生きている。意識がある。まだ俺だ、それが何を意味するにしても。


俺は気象予報士だった。現象を観察し、データを集め、仮説を立てることに人生を費やしてきた。同じ方法論をここでも使えるはずだ。俺は赤ちゃんで、木の天井と電気照明のない環境から判断すると、産業化以前か低技術の社会にいる。あの雲の現象が俺の意識を別の世界——あるいは自分の世界の別の時代——に移送したと考えるのが自然だが、誰も通じない言語が飛び交っている以上、後者の可能性は低いだろう。


データが足りない。まだ観察するしかない。


揺れが続いていた。赤ちゃんの体は感情が消耗させた後で、意識を保つという難しい仕事に向き合っていた。覚醒を保とうとした。もっと情報を集めたかった。


でも生物学が勝った。瞼が落ちていった。


解明する、と眠りに落ちながら自分に約束した。何が起きたのかを理解する。これを理解する。


いつだって、俺はそうしてきた。


---


時間は霞の中で過ぎた。


日? 週? 参照点がない。赤ちゃんの生活とは食べて、寝て、抱かれて、を繰り返すことだった。制御も主体性もなく、ただ徐々に神経が発達していった——視力が上がり、聴力が鋭くなり、少しずつ手足が思い通りになっていく過程。


苛立ちは凄まじかった。精神は四十歳なのに、体は生まれたばかり。乖離は気が狂いそうなほどだった。


でも、俺は学んでいた。


最もよく目にするぼんやりした輪郭は、新しい母だった。若くて——二十代後半?——やさしい目と穏やかな笑みの持ち主。俺に絶え間なく話しかけ続け、ゆっくりと、あまりにもゆっくりと、俺はその音の意味を読み解き始めた。


「テンキ」と彼女は俺を見ながら言う。「わたしの小さなテンキ」


テンキ。俺の名前らしい。


テンキ、というのは日本語で「天気」を意味する。前の人生では天気に取り憑かれて生き、そしてこの全く異なる世界に、全く異なる言語を持って生まれ変わって、名前が……テンキ。


宇宙はユーモアのセンスがあるのか、それとも運命が俺の顔で笑っているのか。


父親は別の話だった。母が温かく表現豊かな分、彼は確固として寡黙だった。俺の視点から背が高く——六フィート二インチ(約188センチ)以上?——広い肩幅は長年の肉体労働を物語っていた。


最初は彼が少し怖かった。わけもなく——ただ、俺を持つときの不器用さのせいで。まるでガラスでできていて、少し動かすと割れるとでも思っているみたいな。


「シオン」と彼はときどき、その深い、低い声で言う。「本当に正しく持てているか?」


シオン。母の名前。情報をまた一つ保管する。


「ガレス、大丈夫よ」と彼女は笑う。「壊れないわ。ミラが小さい頃も持ったじゃない」


ミラ? 兄弟姉妹がいるのか? どこに——


でもその前に、母が俺を抱き戻し、父の顔——ガレスという名の——にほんの少し安堵と、それでも消えない微かな失望が見えた。


こうした観察の中で一番重要な発見は、生後四ヶ月ほどのある日の出来事だった。俺がこの世界の本質を理解することになる、何かを目撃したときだった。


「夕食を作り始めるね」とシオンは言い、俺を部屋の隅にある木の揺りかごへ下ろした。シンプルな家——台所と居間を兼ねた大きな部屋、奥に寝室。粗削りの木の壁、石造りの暖炉、簡素な家具。中世レベルの文明と思しき農家の家。


揺りかごに揺られながらシオンを観察した。根野菜と何かの肉を保冷箱から出して、木の切り板で下ごしらえをしている。普通の光景だった。


それから、不可能なことが起きた。


食材を大きな鍋に入れ、水を加えて火の上に吊るす。ここまでは特に変わりない。でも彼女は両手を鍋の上に翳し、目を閉じ、聞き取れないほど小声で何かを呟いた。


彼女の手が光った。微かに、束の間、でも間違いなく——手のひらから柔らかな金の光が溢れた。


鍋の中が、まだ火が十分に温まっていないのに、すぐに沸騰し始めた。漂ってきた香りは……完璧だった。完璧すぎた。何時間もの丁寧な下準備が必要なはずの、レストランの厨房クオリティの香り。


なんだ、これ?


シオンは目を開き、エプロンで手を拭い、満足そうに微笑んだ。「よし。もうすぐ夕飯ができるわ」


テーブルで農具を修理していたガレスが頷いた。「料理スキル、どんどん上がってるな。もうレベル4か?」


「そうよ、レベル4。先月の鑑定で確認したわ。もっとレアな食材があれば、どこまで上がるかわからないけど」


「レベル4は村の料理人としては凄いことだ」とガレスは言った。「ほとんどの人はメインスキルでもレベル2を超えることはない」


スキル。レベル。この世界にはRPGシステムがあったのか。


科学者としての脳が、狭苦しい赤ちゃんの体の中で一気に動き出した。シオンが「料理」スキルにレベルがあるなら、他に何がある? スキルは万人に共通? 習得できるもの? それとも生まれつき持つもの?


続く数日間、俺は新たな強度で観察した。


ガレスには、レベル4の「農業」スキルがあると知った。畑で両手を土に当て、口の中で何かを呟く仕草を見た。同じ金の輝き——今度は少し緑がかっている?——と、植えた種が目に見える速さで発芽した。数日かかるはずのことが数時間で。


「土が今年も味方してくれている」と彼は手の泥を払いながら言った。「神々の小さな恵みに感謝だ」


神々。複数形。また一つデータポイント。


俺は全てを記録した。スキルには何らかの口頭による発動が必要に思えること——よく囁き声で、ほとんどパスワードのように。発動時に光が現れること。レベルが上がれること。両親ともにスキルレベルを誇りとしていること。


でも最も重要な発見は、生後五ヶ月頃のことだった。シオンが昼食を用意しているのを揺りかごから見ていると、初めてそれを感じた。


温かさ。胸骨のすぐ下、深いところに。体の温かさじゃない——別の何かだ。静かに脈打つ、もう一つの鼓動のように。


これは……?


意識を向けると、温かさは俺の注意に反応するように、少し強く揺れた。


これは……魔力? マナ? 両親のスキルを動かすエネルギー?


精神的に手を伸ばして触れようとしたが、シオンが俺を抱き上げた瞬間に集中が途切れた。感覚は薄れたが、その存在はわかった。待っている何かが。


その夜、両親の静かな寝息が聞こえてから、もう一度試みた。


温かさはまだそこにあった。集中し、赤ちゃんの体が要求してくる全て——空腹感、不快感、眠りたいという衝動——を押しのけた。四十年の科学者としての訓練が助けになった。瞑想の研究論文を読んだことがある。できるはずだ。


ある。


温かさが再び脈打った。より強く。意識を巻きつかせるようにして、その性質を理解しようとした。


感じたのは……広大さだった。俺は蟻で、大洋の縁に立って、感知しているものの規模をほとんど把握できていない。これはただの温かさじゃない。力だ。まだ誰にも制御されていない潜在エネルギーが、この小さな体の中に何かの形で存在している。


動かそうとした。何かに、どこかに向けようとした。


何も起きなかった。


また試みた。そしてまた。試みるたびに、もっと疲弊した。ついに赤ちゃんの生物学が勝ち、思わず眠りに落ちた。


問題がある、と眠りに就く前に思った。でも問題は俺が解ける。


いつもそうだった。

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