50.『芦屋山手お道具迎賓館』
高殿円さんの小説『芦屋山手お道具迎賓館』は、“お茶道具に宿る付喪神たち”をテーマにした、とても不思議で優しい物語です。
派手なバトルや大事件が起こる作品ではなく、静かな会話の中から歴史や人の想いが浮かび上がってくる、まるで古い道具たちの人生相談室みたいな作品でした。
この作品で特に印象的なのが、白い天目茶碗の付喪神・シロさんです。
普通なら、価値ある茶碗は桐箱に入れられて、大事に保管されるものですよね。
でも先生は、その茶碗の価値をまったく知らず、なんと普通のご飯茶碗として使っています。
高価な骨董品として扱われるのではなく、毎日の食卓で自然に使われている。
このズレがまず面白いんです。
しかもシロさん自身も、それを嫌がっていない。
「名品として飾られたい」とか、「大切に崇められたい」とかではなく、“道具としてちゃんと使われたい”と思っているんですね。
ここが、この作品のすごく好きなところでした。
茶道具って、どうしても「美術品」として語られがちです。
でも本来は、人が使うための道具だった。
シロさんは、その原点を大事にしている存在なんです。
さらに面白いのが、シロさんには四百年分の記憶が欠けていること。
だから現代のことが全然わからない。
先生との暮らしを通して、少しずつ今の時代を知っていくんです。
炊飯器やコンビニみたいな現代の日常を、昔の道具の視点から見ているのが新鮮で、時々ズレた反応をするのがかわいい。
でもこの作品、本当に魅力的なのはそこだけじゃありません。
登場するお茶道具の付喪神たちが、それぞれ長い歴史を背負っているんです。
戦国時代を見てきたもの。
茶人に愛されたもの。
持ち主を転々としてきたもの。
戦や火事を生き延びたもの。
そういう“道具の人生”が語られるたびに、まるで歴史の本を読んでいるような感覚になります。
しかも、それを難しい説明ではなく、付喪神たちのおしゃべりとして聞けるのが面白い。
「あの武将はこうだった」とか、「あの茶人は変わった人だった」とか、道具だからこそ知っている視点で歴史が語られるんですね。
歴史好きにはかなり刺さる作品だと思います。
ただ、この作品は知識をひけらかす感じではありません。
先生とシロさんの会話がとにかく穏やかで、空気が優しい。
高価なお茶道具が出てくるのに、ギラギラした骨董の世界ではなく、“日常の中で道具と一緒に暮らす温かさ”が描かれている。
だから読んでいると、不思議と落ち着くんです。
シロさんがご飯茶碗として普通に食卓にいる光景も、どこか微笑ましい。
名品なのに、肩肘張っていない。
「道具って、使われてこそ幸せなんじゃないか」
そんなことを自然に考えさせられる作品でした。
歴史小説が好きな人、付喪神や民俗学っぽい話が好きな人、
静かな会話劇が好きな人にはかなりおすすめです。
派手さよりも、“長い時間を生きてきた道具たちの記憶”をゆっくり味わうタイプの作品。
読後には、家にある古い道具まで少し特別に見えてくる、そんな優しい物語でした。




