9話 鬼ヶ島へ出発
◆ 1
朝の空気は、やけに冷たかった。
桃子は木刀を背負い、村の外れにある小さな港へ向かっていた。
犬は足元を歩き、猿は肩に乗り、キジは後ろからついてくる。
(……ついに、この日が来ちゃったんだ)
村人たちはすでに集まっていた。
みんな不安そうな顔をしているのに、桃子を見ると無理に笑顔を作る。
「桃子さま、気をつけてな」
「必ず戻ってきてくれよ」
「鬼を退治して、村を救ってくれ」
「いや、そんな簡単に言われても……」
桃子は苦笑したが、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
(……帰ってこられる保証なんて、どこにもないのに)
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◆ 2
港には、古びた小さな漁船が一艘だけ浮かんでいた。
「これで行くんですか……?」
「これしかないんじゃ」
老人は胸を張って言ったが、
船はどう見ても“ギリギリ浮いてる”レベルだった。
(沈まないよね……?
いや、沈んだら終わりなんだけど……)
桃子が乗り込むと、犬も続いて乗ろうとした。
「ちょ、犬は船酔いするんじゃないの?」
犬は「ワン!」と元気よく飛び乗った。
……そして五秒後。
「……うぇっ」
犬は船の端でぐったりした。
「ほら言ったじゃん!」
猿は船の柱にしがみつき、
キジは船の縁に止まってバランスを取っている。
(……このメンバーで海渡るの、普通に無理じゃない?)
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◆ 3
船がゆっくりと岸を離れる。
村人たちが手を振っている。
桃子も思わず手を振り返した。
「桃子さまー!」
「気をつけてー!」
「鬼を倒してくれー!」
「いや、倒せるかどうかは……」
声は波にかき消された。
(……ほんとに行くんだな、私)
桃子は海風を受けながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(怖いけど……
でも、やるしかないんだよね)
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◆ 4
しばらく進むと、海が少し荒れ始めた。
船が揺れる。
犬は完全にダウン。
猿は「キーッ!」と叫びながら柱にしがみつき、
キジは羽を広げてバランスを取っている。
「みんな落ち着いて! 落ち着いてってば!」
桃子も必死に船縁をつかんだ。
(やば……これ、普通に死ぬやつじゃん……)
そのとき、老人が言った。
「桃子や。
あの島が……鬼ヶ島じゃ」
桃子は顔を上げた。
霧の向こうに、黒い影が見えた。
岩肌がむき出しで、木々は荒れ、
どこか“人の気配”があるようで、ないようで。
(……あれが、鬼ヶ島)
胸が強く締めつけられた。
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◆ 5
船が島に近づくにつれ、空気が変わった。
冷たい。
重い。
どこか、息が詰まるような感覚。
犬が唸り、
猿が毛を逆立て、
キジが低く鳴いた。
(……やっぱり、危ない場所なんだ)
老人が言った。
「桃子や。
ここから先は……おぬしの力で切り開くしかない」
桃子は木刀を握りしめた。
「……うん。
わかってる」
(怖い。
でも、逃げない)
船が岩場にぶつかり、止まった。
桃子は深呼吸をして、足を踏み出した。
「よし……行こう」
犬が吠え、
猿が肩に飛び乗り、
キジが空へ舞い上がった。
こうして、桃子はついに鬼ヶ島へ足を踏み入れた。
その先に何が待っているのか——
まだ誰も知らない。




