8話 出発前夜
◆ 1
夕暮れの村は、いつもより静かだった。
普段なら子どもたちの笑い声が響く時間なのに、
今日は誰も外で遊んでいない。
(……なんか、空気が重い)
桃子は木刀を抱えながら、村の道を歩いていた。
犬は足元をついてきて、
猿は肩に乗り、
キジは後ろからとことこ歩いてくる。
「……あんたたち、明日ほんとに来る気ある?」
犬は「ワン」と返事し、
猿はキーッと鳴き、
キジは羽をふるわせた。
(……返事だけはいいんだよなぁ)
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◆ 2
老人の家に戻ると、夕飯の支度ができていた。
「桃子や、たくさん食べておけ。
明日は長い旅になるじゃろうて」
「……うん」
老人は笑っているが、その目はどこか不安げだった。
(そりゃそうだよね……
鬼退治なんて、普通に考えて無理ゲーだし)
桃子は湯気の立つ汁物をすすりながら、
胸の奥がじんわりと重くなるのを感じていた。
(帰りたい……
でも帰れない……
どうすればいいの……)
老人がぽつりと言った。
「桃子や。
怖いか?」
桃子は少しだけ考えてから、正直に答えた。
「……めっちゃ怖いよ」
老人は静かに頷いた。
「怖いのは、強い証じゃ。
怖さを知っておる者ほど、よう戦える」
「……そういうもん?」
「そういうもんじゃ」
桃子は湯飲みを握りしめた。
(……強いとか弱いとかじゃなくて、
ただ、逃げられないだけなんだけどな)
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◆ 3
食事が終わると、老人が布団を敷いてくれた。
「明日は早い。
ゆっくり休むんじゃぞ」
「……うん。ありがとう」
桃子は布団に横になった。
犬は足元に丸まり、
猿は窓の近くで寝そべり、
キジは桃子の枕元に座った。
(……なんか、修学旅行みたいだな)
少しだけ笑ってしまう。
でも、すぐに胸が締めつけられた。
(明日、鬼ヶ島に行くんだ……
ほんとに、行くんだ……)
桃子は木刀を抱きしめた。
(……怖いよ)
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◆ 4
そのとき。
ドン……
ドン……
ドン……
遠くの山から、太鼓の音が響いた。
昨日よりも、近い。
桃子は布団から起き上がった。
「……まただ」
犬が低く唸り、
猿は毛を逆立て、
キジは羽を震わせた。
老人が部屋に入ってきた。
「……鬼どもが、動いておる」
「……明日、行かなきゃダメ?」
老人は静かに頷いた。
「桃子や。
おぬしが行かねば、村は……」
桃子は目を閉じた。
(……わかってるよ)
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◆ 5
太鼓の音はしばらく続き、やがて止んだ。
桃子は布団に戻り、天井を見つめた。
(……明日、どうなるんだろう)
犬がそっと桃子の手に鼻を寄せた。
「……ありがと」
猿がキーッと小さく鳴き、
キジが桃子の髪をつついた。
(……この子たちがいるなら、
なんとかなる……かもしれない)
桃子は深く息を吸った。
(……よし。
明日、行こう)
目を閉じると、
太鼓の残響がまだ耳に残っていた。
こうして、桃子の“出発前夜”は静かに更けていった。




