5話 桃子、逃げられない
◆ 1
翌朝。
桃子が外に出ると、村の空気が昨日と違っていた。
ざわざわ……
そわそわ……
村人たちが妙に落ち着かない。
子どもたちは走り回り、大人たちは何やら準備をしている。
「え、なにこれ……お祭り?」
桃子が老人に尋ねると、老人はにこにこしながら言った。
「桃子の出陣祝いじゃ」
「出陣!? いやいやいや、まだ行くって言ってないし!」
老人は聞いていない。
村人たちも聞いていない。
「桃子さまー! 旗できたよー!」
「桃子さまのために餅ついたぞー!」
「鬼退治、頼んだぞ!」
「いや頼まれても困るんだけど!?」
桃子の声は、村人たちの歓声にかき消された。
(なんでこうなるの……?
私、ただの女子高生だよ?
剣道三段って言っても、鬼相手に勝てるわけないじゃん……)
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◆ 2
村の中央には、簡易の舞台が作られていた。
その上には——
「……ちょっと待って。
これ、私の絵じゃない?」
桃子の似顔絵が描かれた旗が掲げられていた。
しかも妙に美化されている。
「桃から生まれし勇者・桃子さま!」
「鬼を討ち、村を救う!」
「いやいやいや、そんなキャッチコピーつけないで!?」
村人たちは完全に“桃太郎の英雄”として桃子を扱っている。
(やば……逃げられない空気になってる……)
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◆ 3
そのとき、犬が桃子の足元に寄ってきた。
「……あんたは気楽でいいよね」
犬は尻尾を振っている。
猿は木の上からキーッと鳴き、
キジは桃子の肩に止まった。
村人たちはそれを見て、さらに盛り上がる。
「おおっ! 犬・猿・キジが揃ったぞ!」
「これはもう、鬼退治に行くしかないのう!」
「天の導きじゃ!」
「いやいやいや、勝手に決めないで!?
この子たち、ただの野生動物だからね!?」
しかし村人たちは聞かない。
むしろ“お供が揃った”と大騒ぎだ。
(……ほんとに、どうすんのこれ)
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◆ 4
村の長老が前に出てきた。
「桃子や」
「……はい」
「鬼どもは、今夜にも村を襲うかもしれん」
桃子は息をのんだ。
「……そんなに、危ないの?」
長老は静かに頷いた。
「村の若い衆では太刀打ちできん。
わしらも年じゃ。
頼れるのは……おぬしだけじゃ」
(……そんなの、知らないよ)
桃子は胸の奥がぎゅっと痛くなった。
(私、ただの女子高生なのに……
なんでこんな大役背負わされてんの……)
でも、村人たちの顔を見ると——
不安、恐怖、期待、希望……
いろんな感情が入り混じっていた。
(……この人たち、本気で困ってるんだ)
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◆ 5
長老が言った。
「桃子や。
鬼ヶ島へ向かう準備をしてくれんか」
桃子は目を閉じた。
(……逃げたい。
帰りたい。
でも……)
犬が足元に寄り添い、
猿が肩に飛び乗り、
キジが羽を広げた。
(……この子たちがいるなら……
もしかしたら……)
桃子はゆっくりと目を開けた。
「……わかった。
行くよ。
行けばいいんでしょ」
村人たちが歓声を上げた。
「おおっ、桃子さまー!」
「勇者じゃ!」
「村の誇りじゃ!」
桃子はため息をついた。
(……もう後戻りできないんだな)
こうして、桃子はついに“鬼退治に向かう”ことを決めてしまった。
もちろん、本人の意思とは半分くらいしか関係なく。




