2話 桃子、村で暮らす事になる
◆ 1
老人の家は、昔話に出てくるような素朴な造りだった。
囲炉裏の煙の匂い、木の軋む音、外から聞こえる鳥の声。
すべてが“現代じゃない”と告げていた。
桃子は湯飲みを両手で持ちながら、必死に状況を整理していた。
(いやいやいや……どう考えてもおかしいでしょ。
私、川で溺れて……気づいたら桃の中……?
てかここどこ? 江戸? もっと前?)
老人はそんな桃子の混乱など気にも留めず、にこにこと笑っている。
「桃子や、腹は減っとらんか? 団子でも食うかの」
「だ、団子……?」
(まさか……黍団子……?
いやいや、そんな都合よく……)
老人が差し出した皿には、見覚えのある丸い団子が三つ。
(出たよ……黍団子っぽいやつ……!
てかこれ、何味? 栄養ある?)
桃子はそっと一つつまんで口に入れた。
「……あ、意外といける」
「ほっほ、よう食うのう」
老人は嬉しそうだが、桃子の頭の中は混乱の渦だった。
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◆ 2
「ところで桃子や」
老人が急に真顔になった。
「最近、鬼が出るんじゃ」
「……は?」
(出た。出たよ。鬼。
いやいやいや、待って。
鬼って、あの鬼? 角生えてるやつ?
それとも山賊的なやつ?
てか私、普通の女子高生なんだけど?)
老人は続ける。
「村の若い衆では太刀打ちできん。
わしらも年じゃしのう……」
「いや、だからって私に振られても困るんだけど!?」
「桃から生まれた子は、鬼を退治するもんじゃろ?」
「誰が決めたのそれ!?」
老人は完全に“桃太郎の物語”を信じているらしい。
桃子の言葉は一切届かない。
(やば……この流れ、絶対“鬼退治よろしく”ってやつじゃん……)
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◆ 3
その日の夕方。
桃子は村を案内されることになった。
外に出ると、村人たちがざわざわと集まってくる。
「おお、桃から生まれた子か!」
「ほんとに女の子なんじゃなぁ」
「鬼を退治してくれるんじゃろ?」
「いやいやいや、しないし! できないし!」
桃子の否定は、村人たちの期待にかき消された。
(なんでこうなるの……?
私、ただの女子高生だよ?
剣道三段って言っても、鬼相手に勝てるわけないじゃん……)
村の子どもたちが目を輝かせて言う。
「桃子さま、犬とか猿とかキジを連れていくんじゃろ?」
「お供はどうするんじゃ?」
「いや、野生動物でしょ!? 無理無理無理!」
子どもたちは「すごーい!」と歓声を上げる。
桃子は頭を抱えた。
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◆ 4
案内の途中、老人がぽつりと言った。
「桃子や。
鬼はのう……ただの怪物ではないんじゃ」
「え……?」
老人の表情は、さっきまでの朗らかさとは違っていた。
「村の者をさらったり、家畜を奪ったり……
夜になると、山の向こうから太鼓の音が聞こえる。
あれは……鬼どもの合図じゃ」
(太鼓……昨日も聞こえたやつ……)
桃子の背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
「じゃが、桃から生まれた子なら……きっと……」
「いやいやいや、期待しないで!?
私、桃から生まれてないし!
てか普通に怖いんだけど!」
老人は困ったように笑った。
「それでも……村は、おぬしに希望を見てしまうんじゃよ」
桃子は言葉を失った。
(……そんなの、知らないよ)
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◆ 5
その夜。
桃子は布団に横になりながら、天井を見つめていた。
(どうすんのこれ……
帰りたいけど、帰り方わかんないし……
鬼退治なんて無理だし……
でも、村の人たち……めっちゃ期待してたし……)
胸の奥が、じわりと重くなる。
(……私、どうすればいいの?)
外では、遠くの山から太鼓の音が響いた。
ドン……ドン……ドン……
桃子は布団をぎゅっと握りしめた。
(……やっぱり、嫌な予感しかしない)
こうして、桃子の“桃太郎としての生活”は、
逃げ場のないまま本格的に始まってしまった。




