17話 衝突の始まり
◆ 1
桃子が鬼ヶ島へ戻る道を必死に走っていると、
空気が急に変わった。
冷たい。
重い。
肌がひりつくような気配。
(……嫌な感じがする)
犬が低く唸り、
猿が肩の上で震え、
キジが羽を広げて警戒した。
桃子は木刀を握りしめた。
「……間に合って……!」
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◆ 2
鬼ヶ島の入り口にたどり着いた瞬間——
耳をつんざくような叫び声が響いた。
「うわああああああっ!!」
桃子は息を呑んだ。
若者たちが、鬼の影から逃げ惑っていた。
「やっぱり鬼だ! 本物の鬼だ!」
「無理だ! 勝てるわけない!」
「誰だよ、行こうなんて言ったのは!」
その中心に立っていたのは、
昨日桃子と戦った“大鬼”。
その目は怒りに燃えていた。
「……人間ども。
我らの地に踏み込むとは……」
若者たちは震えながら武器を構えた。
「ひ、ひとりずつなら……!」
「囲めば勝てる……!」
「桃子さまが来るまで耐えれば……!」
(やめて……!
そんなの、絶対に無理だよ!)
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◆ 3
大鬼が一歩踏み出した。
ドンッ!
その衝撃だけで、若者たちが後ずさる。
「ひっ……!」
「や、やば……!」
大鬼は低く唸った。
「我らは争いを望まぬ。
だが……子らを脅かす者は許さぬ!」
拳が振り上げられた。
桃子は叫んだ。
「やめてぇぇぇぇっ!!」
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◆ 4
桃子は若者たちの前に飛び出し、
大鬼の拳を木刀で受け止めた。
ガンッ!!
衝撃で腕がしびれる。
膝が折れそうになる。
(重い……!
でも、倒れない……!)
大鬼は目を見開いた。
「……人間の娘。
なぜ、我らを庇う?」
桃子は歯を食いしばった。
「庇ってるんじゃない……!
止めたいだけ!
誰も……死んでほしくないの!」
若者たちは呆然とした。
「桃子さま……?」
「なんで鬼の前に……?」
「裏切ったのか……?」
桃子は振り返らずに叫んだ。
「違う!!
私は……村も鬼も守りたいだけ!!」
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◆ 5
大鬼は拳を下ろした。
「……娘よ。
お前の心は、嘘ではない。
だが——」
大鬼の背後から、
別の鬼たちが姿を現した。
怒りに満ちた目。
震える子どもを抱えた母鬼。
武器を手にした若い鬼。
「人間が……また来た……!」
「子どもを守れ!」
「追い出せ!」
若者たちは恐怖で叫んだ。
「ひっ……!」
「無理だ、帰ろう!」
「桃子さま、どいてくれ!!」
桃子は叫んだ。
「やめて!!
戦わないで!!」
だが、
鬼も人間も、
もう止まれないところまで来ていた。
大鬼が低く唸った。
「娘よ……
お前が止めねば、戦になるぞ」
桃子は木刀を握りしめた。
(止める……
止めなきゃ……!
私がやらなきゃ……!)
犬が吠え、
猿が肩にしがみつき、
キジが空へ舞い上がる。
桃子は前に出た。
「みんな……落ち着いて!!
話を聞いて!!
戦ったら……誰かが死ぬ!!」
しかし——
その声は、
怒りと恐怖の渦にかき消されていった。




