12話 鬼の事情
◆ 1
大鬼の後をついて歩くと、
鬼ヶ島の奥に広がっていたのは——
「……村?」
桃子は思わず立ち止まった。
岩肌に囲まれた谷間に、
粗末だが確かに“生活の場”があった。
木と石で作られた家。
干された布。
焚き火の跡。
そして——
小さな畑のようなものまである。
(……鬼って、こんなふうに暮らしてたの?)
犬は鼻をひくつかせ、
猿は木の上から周囲を観察し、
キジは桃子の肩に止まった。
大鬼は振り返り、低い声で言った。
「驚いたか、人間」
「……うん。
もっと……荒れた場所だと思ってた」
鬼は鼻で笑った。
「人間は、我らを“怪物”と呼ぶ。
だが、我らも生きねばならぬ」
その言葉に、桃子の胸がざわついた。
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◆ 2
鬼の集落を歩くと、
鬼たちが桃子を警戒するように見つめてくる。
大人の鬼は険しい目をしていたが、
子どもたちは怯えながらも興味深そうに覗いていた。
(……怖がってるのは、鬼の方かもしれない)
桃子は思わず木刀を背中に回し、
両手を見せるようにして歩いた。
大鬼が言った。
「長のところへ案内する。
余計なことはするな」
「しないよ。
てか、できないよ」
鬼は少しだけ目を細めた。
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◆ 3
集落の中央にある大きな洞窟。
その奥に、鬼の長がいた。
白い髪、深い皺、
しかしその目は鋭く、
桃子を一瞬で見抜くような力があった。
「……人間の娘か」
桃子は緊張で喉が乾いた。
「は、はい……」
鬼の長は桃子をじっと見つめた。
「お前……剣を持っておるな」
「えっ……あ、これは……!」
桃子は慌てて木刀を背中に隠した。
「戦うためじゃなくて……
その……身を守るためで……」
鬼の長はゆっくりと頷いた。
「恐れを知る者は、無闇に刃を振るわぬ。
よい心だ」
(……褒められた?)
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◆ 4
鬼の長は、焚き火の前に座りながら語り始めた。
「人間の村は……我らを“鬼”と呼ぶ。
だが、もとは同じ土地に住んでおった」
桃子は目を見開いた。
「え……?」
「人間の領主が土地を奪い、
我らは山へ追いやられた。
食うものもなく、
寒さに耐え、
飢えた子らを守るため……
村へ降りるしかなかった」
桃子は息を呑んだ。
(……鬼が村を襲ったのは、
生きるため……?)
鬼の長は続けた。
「我らは戦いたくはない。
だが、飢えた子を前にして……
何もせぬわけにはいかぬ」
桃子の胸が締めつけられた。
(……そんなの、知らなかった)
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◆ 5
鬼の長は桃子を見つめた。
「人間の娘よ。
お前は……何をしに来た?」
桃子は木刀を握りしめた。
(村を守るため……
でも、鬼を倒すためじゃない……
私は……)
「……話をしに来たの。
鬼が何を考えてるのか、
どうして村を襲うのか……
知りたかった」
鬼の長は目を細めた。
「……人間で、そんなことを言う者は初めてだ」
桃子は深く息を吸った。
「……戦いたくない。
でも、村の人たちも守りたい。
だから……どうすればいいのか、
わからないんだよ」
鬼の長はしばらく黙っていたが、
やがて静かに言った。
「ならば……お前に見せよう。
我らの“飢え”を」
鬼の長が立ち上がると、
洞窟の奥へと歩き出した。
桃子は犬・猿・キジと共に後を追った。
(……鬼の“真実”を見なきゃいけない)
桃子は木刀を握りしめた。
その先にあるものが、
自分の価値観を変えてしまう気がして——
胸がざわついた。




