11話 鬼との初遭遇
◆ 1
鬼の子どもが去ったあと、
桃子はしばらくその場に立ち尽くしていた。
(……鬼に、子どもがいる。
生活してる。
怖がってた。
じゃあ……“鬼=悪”って、ほんと?)
胸の奥がざわつく。
犬が鼻を鳴らし、
猿が肩の上で落ち着かずに揺れ、
キジが低く鳴いた。
「……うん、行こう。
もっと奥まで行かないと、何もわかんないし」
桃子は木刀を握りしめ、
鬼ヶ島の奥へと足を踏み入れた。
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◆ 2
しばらく進むと、
岩場の向こうから“重い足音”が聞こえた。
ドン……
ドン……
ドン……
桃子の心臓が跳ねる。
(……来た)
犬が唸り、
猿が毛を逆立て、
キジが羽を広げる。
足音は近づいてくる。
一歩ごとに、地面が震える。
桃子は木刀を構えた。
(怖い……でも、逃げない)
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◆ 3
岩陰から現れたのは——
「……っ!」
大きい。
桃子の二倍はある。
角は太く、皮膚は灰色がかった青。
筋肉の塊のような体。
まさに“昔話の鬼”そのものだった。
鬼は桃子を見下ろし、
低い声で唸った。
「……人間、か」
桃子の喉がひゅっと鳴った。
(やば……本物だ……
これ、絶対勝てないやつじゃん……)
鬼は一歩踏み出した。
その足音だけで、桃子の膝が震える。
「ここは……鬼の地。
人間は、帰れ」
桃子は必死に声を絞り出した。
「か、帰りたいよ!
でも……帰れない事情があるの!」
鬼は眉をひそめた。
「事情……?」
桃子は木刀を握りしめた。
「村が……襲われてるの。
だから、話を聞きに来たの!」
鬼は鼻で笑った。
「話など、いらぬ。
人間は、いつも奪うだけだ」
その瞬間——
鬼が地面を蹴った。
ドンッ!
(速っ……!)
桃子は反射的に横へ飛んだ。
剣道の“体捌き”が、ギリギリで鬼の拳を避けさせた。
拳が地面にめり込み、
岩が砕け散る。
(当たってたら死んでた……!)
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◆ 4
鬼が再び拳を振り上げた。
「やめてっ!」
桃子は木刀を構え、
鬼の腕を横から叩いた。
バシィッ!
鬼は一瞬だけ動きを止めた。
(効いてる……?)
しかし鬼はゆっくりと桃子を見た。
「……人間のくせに、よく動く」
「褒めてるの!? 脅してるの!?」
鬼は再び踏み込んだ。
桃子は必死に避け、木刀で受け流す。
剣道の技術が、
“生きるため”に使われている。
(怖い……怖いけど……
負けたら終わり……!)
犬が吠え、
猿が鬼の背中に飛びつき、
キジが鬼の顔の前を飛び回った。
「みんな、危ないから下がって!」
しかし三匹は下がらない。
桃子を守るように、鬼の周りを動き回る。
鬼は苛立ったように唸った。
「……小賢しい」
鬼が腕を振り払うと、
猿が木の上へ逃げ、
犬が転がり、
キジが空へ舞い上がった。
(やば……このままじゃ……)
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◆ 5
鬼が桃子に向かって拳を振り下ろした。
(終わった——)
その瞬間。
「やめろォォォォッ!」
別の声が響いた。
鬼の拳が止まる。
桃子は目を見開いた。
岩陰から現れたのは——
昨日、桃子が出会った“鬼の子ども”だった。
「その人……悪い人じゃない……!」
鬼の子は震えながら叫んだ。
「おもちゃ……返してくれた……
優しかった……!」
大鬼は目を細めた。
「……お前が、そう言うのか」
鬼の子は必死に頷いた。
桃子は息を呑んだ。
(……助けられた)
鬼はゆっくりと拳を下ろした。
「……人間。
話を聞く価値は……あるかもしれぬ」
桃子は木刀を下げた。
「……ありがとう」
鬼は背を向けた。
「ついてこい。
長が、お前と話したがっている」
桃子は深く息を吸った。
(……ついに、“鬼の真実”に触れるんだ)
犬が寄り添い、
猿が肩に乗り、
キジが頭上を飛んだ。
桃子は鬼の後を追った。




