10話 鬼ヶ島の違和感
◆ 1
鬼ヶ島の岩場に足を踏み入れた瞬間、
桃子は思わず息をのんだ。
空気が重い。
冷たい。
どこか湿っていて、肌にまとわりつくようだった。
(……ここ、本当に“鬼の島”なんだ)
犬は低く唸り、
猿は肩の上で身を縮め、
キジは羽をふるわせている。
「大丈夫だよ……たぶん」
桃子は自分に言い聞かせるように呟いた。
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◆ 2
島の奥へ進むと、意外なものが目に入った。
「……え?」
岩陰に、木の桶。
その横には、干された布。
さらに少し進むと、
石を積んで作られた簡素な小屋があった。
(生活……してる?)
桃子は思わず立ち止まった。
鬼ヶ島といえば、
もっと荒れ果てた“怪物の巣”を想像していた。
でも、目の前にあるのは——
人間の生活とほとんど変わらない痕跡。
「……誰か、住んでるんだ」
犬が鼻を鳴らし、小屋の方へ向かう。
猿は木の上に登り、周囲を警戒し、
キジは地面をつつきながら進む。
桃子は木刀を握りしめた。
(気をつけないと……)
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◆ 3
小屋の前に、何かが落ちていた。
桃子はそっと拾い上げる。
「……これ、子どもの……?」
小さな木製のおもちゃだった。
丸い車輪がついた、手作りの車。
(鬼に……子ども?
いや、そんなはず……)
桃子の頭の中で、
“鬼=恐ろしい怪物”というイメージが揺らぎ始める。
そのとき——
ガサッ。
茂みが揺れた。
桃子は反射的に構えた。
「誰!?」
犬が吠え、
猿がキーッと叫び、
キジが羽を広げる。
緊張が走る。
(来る……!)
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◆ 4
茂みから飛び出してきたのは——
「……え?」
小さな影だった。
桃子の腰ほどの背丈。
角は短く、体つきも細い。
目は大きく、怯えたように震えている。
鬼の子どもだった。
桃子は思わず木刀を下ろした。
(……子どもだ)
鬼の子は、桃子を見るなり後ずさりした。
犬が吠えると、さらに怯えて泣きそうな顔になる。
「ちょ、犬! 吠えないの!」
桃子が慌てて犬を押さえると、
鬼の子はびくっと震えた。
(怖がってる……
私を“敵”として見てる……)
桃子はゆっくりとしゃがみ込んだ。
「大丈夫。
私は……その、戦いに来たわけじゃなくて……」
(いや、戦いに来たんだけど……
でも、この子に向けて言う言葉じゃないよね)
鬼の子は、桃子の手元をじっと見つめた。
その視線の先には——
桃子が拾った木のおもちゃ。
「あ……これ、君の?」
鬼の子は小さく頷いた。
桃子はそっと差し出した。
「……はい。返すね」
鬼の子はおそるおそる近づき、
おもちゃを受け取ると、
そのまま茂みの奥へ走り去った。
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◆ 5
桃子はしばらくその場に立ち尽くしていた。
(……鬼って、
本当に“倒すべき敵”なの?)
犬が桃子の足元に寄り添い、
猿が肩に乗り、
キジが静かに鳴いた。
桃子は木刀を握りしめた。
(……わかんない。
でも、何かがおかしい)
鬼ヶ島は、
桃子が思っていた“怪物の巣”ではなかった。
そこには生活があり、
子どもがいて、
恐怖があり、
そして——
何か大きな秘密が隠されている。
桃子は深く息を吸った。
「……行こう。
もっと奥まで」
こうして、桃子は鬼ヶ島の“真実”へと足を踏み入れていく。




