1話 桃から生まれた女子高生?
◆ 1
葛城桃子は、可愛い。
鏡を見れば自分でもそう思うし、友達にもよく言われる。
ただし——剣道三段の肩書きと、鍛え上げられた体つきのせいで、男子からは微妙に距離を置かれがちだった。
「桃子ってさ、強いよね」
「いや褒めてるのかそれ」
そんな日常。
恋愛に興味がないわけじゃないけど、別に急いでるわけでもない。
普通の女子高生として、普通に学校生活を送っていた。
今日は剣道部の夏合宿。
山間の道場には、竹刀のぶつかる乾いた音がまだ残っているようだった。
「はぁ……今日のメニュー、マジでしんどかったんだけど」
汗で道着が肌に張りつく。
でも、嫌いじゃない。
剣道は桃子の“日常”そのものだ。
「桃子、自由時間どうする?」
「川で足だけ冷やしてくる。泳ぐ元気はもうゼロ」
スマホは圏外。
SNSも通知もない世界。
それが逆に心地よかった。
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◆ 2
山の水は驚くほど澄んでいて、足を入れた瞬間、ひやりとした感覚が全身に広がる。
「うわ、冷た……最高じゃん」
深くはない。
膝下くらいの水位。
流れも穏やかで、危険なんて感じなかった。
——その一歩までは。
「え、ちょっ……!」
足裏の石が、思った以上に滑った。
体が傾き、反射的に踏ん張ろうとした瞬間、流れが太ももをさらう。
「待って待って待って——!」
冷たい水が肺に刺さる。
耳の中で水音が反響する。
息を吸おうとして、水を飲んだ。
視界が揺れ、暗くなっていく。
(やば……ほんとに……)
——暗闇が、すべてを包んだ。
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◆ 3
どれくらい沈んでいたのか分からない。
ただ、暗闇の奥で、何かが脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
温かいような、重いような、不思議な感覚。
次の瞬間——
眩い光が、世界を裂いた。
「ま、眩しっ……!」
身体が押し出される。
狭い空間から、外へ。
ぬるりとした果肉が肌を滑り、冷たい空気が触れた。
甘い桃の香りがした。
……桃?
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◆ 4
「おおっ、でっけぇ桃じゃのう!」
「えっ……?」
桃子の視界に飛び込んできたのは、見知らぬ老人の顔だった。
どうやら桃子は——巨大な桃の中から転がり出たらしい。
老人は川辺で洗濯をしていたらしく、流れてきた桃を家に持ち帰り、
「なんか美味そうじゃ」
と包丁で割ったところ、中から桃子が出てきた、という流れらしい。
「女の子じゃ……桃から生まれた子じゃ……!」
「いやいやいや、違う違う! 私、人間で、川で溺れて……!」
必死に説明しようとするが、老人は聞いていない。
むしろ感動で震えている。
「桃から生まれた女の子……桃子じゃな」
「勝手に決めた!?」
「よい名じゃ。桃子や、わしが育ててやるからのう」
「いやいやいやいや、ちょっと待って!?」
反射的に中段の構えを取ってしまい、
老人が「おお、強そうじゃのう」と感心しているのが余計に腹立つ。
状況が理解できない。
川で溺れたはずなのに、なぜ桃から生まれているのか。
ここはどこなのか。
この老人は誰なのか。
頭の中は疑問でいっぱいなのに、老人は完全に“桃太郎のノリ”で話を進めてくる。
「さあ、家に入るぞい。桃子や」
「いや、入らないし! ていうか私、桃から生まれてないってば!」
抗議は虚しく家の中に吸い込まれた。
桃子は、桃から生まれた“ことにされた”のだった。
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◆ 5
老人の家は、昔話に出てくるような素朴な造りだった。
桃子は座布団に座らされ、湯飲みを渡され、完全に“歓迎ムード”である。
(これ……まさか……)
桃。
老人。
“桃子”という名前。
(……桃太郎?)
そんな馬鹿な、と思う。
でも、目の前の光景はどう見ても“昔話の世界”だった。
「桃子や、最近は鬼が……いや、なんでもない」
老人が一瞬だけ表情を曇らせた。
その“なんでもない”が、妙に引っかかる。
外では、遠くの山から太鼓のような音が響いた気がした。
(……なんか嫌な予感しかしないんだけど)
こうして——
葛城桃子の、桃太郎世界での生活が始まった。
もちろん、本人の意思とはまったく関係なく。




