AIと書き手
AIが創作物を作る世界で、私たちは何を作るのだろうか
人であることが必要なのだろうか
まだ、AIと人間が作るものは区別できる
イラストなら不自然な部分だったり、動画なら一貫性を保てないなどだ
しかし、テキストはどうだろうか、もう分からない領域に片足を入れている
テキストが区別できなくなるのは、情報量が少ないからだ
テキストの次にAIと区別がつかなくなるのは画像で、最後に動画だろう
この順に情報量が増えるからだ
テキストでも、散文はまだAIと人間がわかるかもしれない
しかし、ビジネスメールのような定型分に近づくと、自由度が減ってわからない
人間と機械の作った文章が区別できなくなった時
私たちはどうするのか、それを許容するのか
許容しないとしても、溶け込み、分からなくなってしまうだろう
それでも、人が書いた文章を読みたいと思うのは
その人の人生があるからだろう、これも作品に付与される情報だ
人に最後に残るのは、より情報量を増やすということだろう
AIと区別できるように、情報量を増やす簡単な方法は
デジタルではなくアナログに帰るということだ
手書きになれば情報量は増える
しかし、そんな不便に耐える余裕がないほどに
情報と利便性に埋め尽くされている
活版印刷という大量生産によって、利便性ともに奪われた筆跡取り戻すため
私たちは再び筆を取るのだろうか
どこまで人間であることを、あなたは求めているのだろうか