運命と希望
そしてまた次の日の夜。ノアとメネスが出会ってからこれで3日になる。この日も昨日と同じくらいの時間に彼はやって来た。
「ノアってしつこいね」
言葉ではそう言いながらもメネスの声は嬉しそうであった。
「そうだな。村長も好きなだけいろって言ってるし、しばらくウルタールに滞在しようかなと思ってるよ」
「そっか。記憶喪失って言ってたけれど、本当に何も覚えてないの?」
「うん、あるのはじーちゃんと暮らした一年間の記憶だけかな」
「その人はどこに?」
「夜真人から俺を守って死んだよ」
「ごめん……」
一瞬気まずい空気が流れるが、ノアの元気な声が雰囲気を変える。
「良いって! それで俺さ、その人と約束したんだよ。必ず過去を思い出すって」
「そうだったんだ。じゃあ私の知ってること少し教えてあげるよ。何か思い出すかもしれないし」
「それはありがたいな」
「私みたいな変な力を持ってる人は結構いるらしいんだ。こういう力を持ってる人のことをサバトって言うらしい」
「じゃあメネスはサバトなのか?」
「うん、たぶん私はサバトにゃ」
「もしかしたら、俺もそれかもしれない」
「えっ、なんで?」
サバトという言葉に彼は思い当たる節があった。ウルタールに来る前にミミズ型の夜真人と戦ったこと、そして助けた少年からサバトと呼ばれたことを彼はメネスに話した。
話を聞いた少女はしばらく考えこんでから、とある組織の名前を交えて答えた。
「もしかしたらノアは"サバトキングダム"の人かもしれないにゃ」
「サバトキングダム?」
また彼の知らない言葉が出てきた。知らないのだと察したメネスは"サバトキングダム"について説明し始めた。
「サバトキングダムっていうのは、簡単に言えばサバトの集まりで、夜真人から人を守るために戦ってる人たちのことだよ」
「その人たちは夜真人に勝てるのか?」
「昔はけっこう倒してたらしい。でもね、数年前に"カミ"が目覚めた時から状況は一変したの」
また彼の知らない言葉が出てきた。神という言葉の意味は分かるが、この世界の"カミ"については知らなかった。
──カミ? なんだか聞き覚えがあるような……
「たくさんいたサバトもほとんどカミに殺されたし、今はもう現状維持がやっとって感じらしいにゃ」
「そんなことがあったんだ」
「私もこれ以上詳しくは知らないんだよ」
「いや十分だよ」
聞いたこともない存在、サバトキングダム。そしてカミ。その二つは自分の力と記憶に何か関係があるのかもしれないとノアは考えていた。ここにきてようやく、彼は記憶を思い出すためのヒントを得ることができた。
「いつか思い出せるといいにゃ」
「ありがとう。少しだけ答えに近づけたよ」
初めて出会った時とはまるで違う、穏やかな空気間が二人の間には流れていた。
「なぁメネス、一つ気になってたんだけど。"にゃ"ってどういう意味なんだ?」
ノアは少女の語尾が気になっていた。彼女は語尾に"にゃ"とつける時とそうでない時があった。その違いは何なのかと彼はずっと疑問に思っていたのだ。
「そっそれは……口癖にゃ。まさか口癖の意味もしらないにゃっ……?」
煽っているようで、少女は照れていた。その響きが気恥ずかしくて普段あまり言わないようしていたが、ふとした拍子にでてしまう"にゃ"。そんな自分の口癖を指摘されることも、これが初めてだった。
「口癖の意味くらい俺でも知ってるにゃ!」
「ばかにしないで!」
「なんで怒るんだよ。猫みたいでかわいいじゃないか」
「もうノアなんて知らにゃい!」
「あっ、また言った」
なんだかんだと言いながらも二人は楽しそうに話していた。その後も他愛もない会話を繰り広げながら時間は過ぎていく。そして、あっという間に時は経ち朝が来る。
「明日も来るよ」
「……」
返事がない。メネスの様子がおかしいことを察したノアは心配して問いかけた。
「どうかした?」
「実はね……明日はもういないの」
その一言でノアはだいたいの状況を察したし、どこかでそれを覚悟していた。
「詳しく教えてくれ」
真剣な口調で彼はメネスに聞いた。少女の口から自らの現状と今後が詳しく話される。
ウルタールの村には何年かに一度産まれる忌み子を夜真人に捧げることで、村の平和を保つという風習があること。
今回の生け贄こそメネスであり、逃げないようにこの小屋に何年も閉じ込められているということ。
そして明日、いよいよ夜真人に生け贄として捧げられるということ。
もし自分が逃げ出せばウルタールは夜真人たちに襲われ、それを防ぐ術など何もないということ。
全部を聞かされたノアは神妙な面持ちで嘆く。
「なんだよそれ……」
「だから今日でお別れにゃ。少しの間だったけど、話し相手になってくれて嬉しかった」
涙まじりの声で少女はノアに別れと感謝を告げる。
「俺が助ける」
その言葉に迷いはなかった。メネスを助けようという思いは彼の中では既に確固たるものだった。
「何言ってるの。それって迷惑だよ」
縮まった自分たちの距離を再び突き放すように少女は言った。
「なんでそんなこと言うんだよ!」
「何の役にも立たない私のたった一つの存在理由。それだけは奪わないでっ!」
「何がたった一つの存在理由だ! ふざけるな!
そんなのメネスが死んでいい理由になるわけないだろ!」
互いにぶつけ合う激情。普段は温厚で静かに喋るノアが声を荒げて怒りをあらわにする。そんな彼の怒りを前にメネスは黙ってしまった。
「必ず君を助けだしてみせる。だから信じて待ってて」
それだけ言い残すとノアは行ってしまった。すぐにでもメネスを助け出すために、彼は動き始める。
一方で残されたメネスは泣いていた。ここにきて気持ちが揺らぐ。今までは死を覚悟していたから何も怖いことなどなかった。
だが今は強く生きたいと感じている。故に死ぬことがとても怖かった。
「なんで変に希望をあたえるんだにゃ……」
天神ノアという大きな希望が少女の運命を大きく変えようとしていた。