別れ、そして旅立ち
ノアは寒さに身を震わせて目を覚ました。
「うぅーん、あれっ? 雪が降ってる」
寝室の窓から外の様子を覗き、少年は起き上がった。僅かに射し込んだ陽光を頼りに居間に向かった。
居間にはセルシオの姿はなく、いつも着いている暖炉の火も消えていた。
「じーちゃん! いないの?」
呼んでも返事はない。少年はひどい違和感を感じていた。
──なんだかいつもより寒いな。じーちゃんもいないし変だ……
どうしようもなくなったノアは玄関から表に出てみることにした。
木製の扉を開けると、感じたことのない冷気が彼に押し寄せる。その先に広がる光景を見てノアは絶句した。
「えっ?」
異形の死屍累々、鼻孔を突く鮮血の臭い。愛しい人の無惨な姿、知らない女の明るい笑顔。
一瞬にして与えられた視覚的情報の多さに彼の脳はフリーズしてしまった。
「なにこれ?」
呆然と立ち尽くす彼に駆け寄って来る女、その顔は本当に嬉しそうであった。
「ノア様ご無事で本当に良かった!」
突然の包容、白い両手が少年の体をひしと抱きしめる。
「こうして再開できたことをユキメはとても嬉しく思います!」
鼓膜に響く耳障りな声。たった数秒でノアは状況を察した。目の前の女は穢らわしき人外であり、恩師セルシオを殺した張本人であること。
全て悟った少年の顔が怒りに燃える。鋭い語気で女に拒絶の言葉を放つ。
「その薄汚い手をはなせよ」
「すみません。嬉しくてつい……」
少年は高鳴る心臓の鼓動を抑えきれないでいた。
いつの間にかその青い左目は金色に染まっていた。
「おまえがやったのか?」
「はっはい! 殺さぬように善処しましたが、なかなか……」
「そうか」
「お待ちください。話を聞いてっ」
少年の手刀が女の両腕を切断する。ちぎれた二本の腕が地面に落ちる。少年は女の細い右腕を手に取ると荒々しくそれを食らう。
「なにをするのですかっ!?」
「今からおまえを殺す」
「そんな……ユキメはなにかしてしまいましたか?」
その気迫に女は尻餅をつき後退りした。少年は
女に馬乗りになると、拳を振り上げその頬を殴りつけた。
「いやっ……やめてくださいっ! ノア様!」
女の静止をものともせず、少年は渾身の力が籠った拳で女の顔を殴打する。何度も何度も、原型が分からなくなるまでそれは続いた。
細く伸びた綺麗な鼻筋はぐにゃぐにゃに曲がり、頬は林檎のように腫れ、綺麗な白い歯が雪の上に散らばっていた。
それでも女は意識を失わず、激昂する少年を見据えていた。
「貴方の手で殺されるなら……悔いなどありません」
女の頬に涙が伝う。
「ノアさまっ……必ず幸せになっ」
最期の言葉を遮るように、少年は歪んだ女の顔を握りつぶした。頭部が破壊された瞬間、女の体は粉雪のようにとけて消滅してしまった。
その左目が青に戻った少年は呆然と立ち尽くす。
「今っ……俺は何を」
正気に戻ったノアはセルシオの元へ急いで駆け寄る。
「じーちゃん! いったいなにがあったんだよ!」
「よぉ来たなノぁ……」
「しなないでよぉ!」
少年の必死の訴えを聞いたセルシオは静かにハハと笑う。老人はもはや死ぬことに恐怖などなかった。こうして最期の時をノアと共にできることがただ嬉しかったのだ。
「残念じゃがっ……ワシはここまで。すまんが、旅にはついていけん」
「じーちゃん……おれっ、これからどうすればいいんだよ……」
「最後にワシの願いを聞いてくれぬか?」
老人がなんとか絞り出した言葉に少年は静かに頷く。
「ノアよ必ず真実を探求しろ」
「記憶のことだね」
「そうさ。東に向かえ。そこにきっと鍵がある」
抱きつきながらノアは泣いていた。少年は泣きじゃくりながらもセルシオの言うことを必死に聞いていた。
「分かったよ。俺、必ず自分が何者なのか思い出す」
「安心した……強くて優しいおまえなら絶対にできるよ。そなたの旅路に幸があらんことを…………」
老人の嗄れた顔は笑みで溢れていた。遂にその口から新しい言葉が紡がれることはなくなり、再度森が静まりかえる。
──じーちゃんの想い、絶対に無駄にはしない。俺は必ず記憶を取り戻さなきゃいけないんだ。
こうして少年の記憶を取り戻すための旅は始まるのであった。
第一章 終
現在ノアの使用可能な能力
???の左目
雪女の右腕




