オトゥームの異能力
目が見えなくなってまだ1日と少しだったが、ノアとメネスは既に走ることができた。キヌタの足音と地面の振動を感知し、自らの進むべき方向を判断した。
一方で一般の人々は街の真ん中に向かって避難している。大衆とは真逆の方向に三人は向かっていた。
壁上の監視塔に繋がる階段を三人は駆け登る。そこまで来ると急にキヌタの足が止まる。
『新世62年11月 夕刻 ゲル=ホーの西壁にて』
「今、壁の下ではオトゥームさんが戦ってやす」
「まさか一人で?」
「えぇ、お一人でさぁ。相手は鬼型の夜真人、だいたい2~30匹。あっしらは手を出さない方が良さそうでさぁ」
折角、ここまで急いで来たのに、なぜ助けないのかノアには分からなかった。
「なんで俺たちは行かない?」
「言っちゃ悪いが、足手まといにしかなりやせんよ」
確かにその通りかもしれないと二人は納得している。二人は多少暗闇の世界でも動けるようになったが、まだ夜真人と戦うことができるぐらい慣れた訳ではない。
「オトゥームは大丈夫なのか?」
「あのぐらいの数なら一人でも十分やと思いますわ。オトゥームさんはノアさんが思ってるよりもずっと強ぇですから」
キヌタはオトゥームの強さに絶対的な信頼を置いているようで、そう豪語する。ノアは固唾を飲んでその様子を感じようと努める。
街に攻めてきたのは鬼型の夜真人であった。肌の色は赤や青、黒など多様で、どれも体長は2m程ある。荒々しい手には黒鉄の鈍器が握られており、人間では到底太刀打ちできないと思わせる見た目をしている。
そんな恐ろしい鬼たちとオトゥームは対面している。見えていないからか、青年にはまったく怖がる様子がなく、堂々と怪物たちの前で仁王立ちしている。
敵を前にしているにも関わらず、彼は壁上の方に振り返り、ノアとメネスに手を振ってきた。
「やっほー二人とも! 私の戦いを見に来てくれたんだね。勤勉は成功の母なーんて言葉もあるからなっ☆偉いぞ!」
オトゥームはまるで戦闘に集中していないし、全くと言っていい程、緊張感がなかった。
そんな青年に対して、無慈悲にも鬼の金棒が振りおろされる。不気味な風切音を聞き取ったノアはオトゥームに向かって叫ぶ。
「オトゥーム、来るぞ!」
「へぇっ?」
──オトゥームはどうやって避ける気だ!?
心配になったノアは音に集中する。しかし聞こえてきたのは情けない声。
「痛ぁ!」
ゴツンと鈍い音が壁の上まで聞こえてくる。隙だらけのオトゥームが鬼の攻撃を避けられる訳もなく、彼は頭を強く打たれた。
そんな音を聞いたノアとメネスはびっくりしながらも不安になる。
「キヌタ、本当に大丈夫にゃ!?」
「えっっ……たぶん! たぶん大丈夫でやす!」
さっきまで絶対的な信頼をもっていたキヌタでさえ、ぎごちない返事しかできなかった。
頭を棍棒で殴られた青年は涙目になって、鬼たちを睨み付ける。
「よくもぶったな! ファザーにもぶたれたことないのに!」
その不甲斐なさに鬼たちもザワザワしている。そんな中、青い鬼が一匹、青年の方に近づいて来るとニヤニヤしながら大口を開いた。
「もう許さん!」
食べられそうになる目前、青年はペチっと冗談のように鬼の頭を叩いた。その瞬間、太くて赤い首が天高く飛ぶ。
鬼たちもノアもメネスも、みんな状況が理解できないでいる。数秒フリーズしたのちに全員が理解する。この男はただ者ではないと。
それを皮切りに怪物の群はオトゥームを取り囲み、迫り来る。さっきまでとは違い、鬼たちは本気で一人の青年を殺しにかかる。
全方位から迫る殺気にオトゥームはまったく臆することなく、やはりその表情は笑っていた。
「低能な鬼どもに教えてやろう私の能力は2つある」
四方八方から飛び交う棍棒を青年はスルリスルリと避けながら、ベラベラと自身の能力について話し始めた。
[解説]
No.5『オトゥームの目』
毎時間3d3(3~9)のSAN値を消費する。一定範囲内の人間の視力を奪う。代わりに他の感覚やSAN値、筋力などあらゆるステータスを大幅に向上させる。
No.6『オトゥームの触手』
1000のSAN値を消費し、無数の不可視な触手を生成する。この触手は使用者の手足の如く思い通りに動き、鋼鉄を切り裂く程度の破壊力を有する。
見えない触手が鬼たちの首を高速で切断していく。何が起きているのか分からない怪物たちは闇雲に青年に対して攻撃をしかける。
その攻撃はなんの意味もない虚無に終わる。鬼たちの振りかざす棍棒をただの一発も食らうことなくオトゥームは死体の山を積み上げていく。
ノアとメネスにその様子は見えていないが、夜真人たちの悲鳴や血の匂いからなんとなくオトゥームが無双している現状を把握することはできた。
──普段はふざけてるけど、こんなに強いなんて!見えてないのに、あれだけ戦えるなんて凄い……凄すぎる!
結局オトゥームは計27体の鬼を1分も経たない間に全て倒してしまった。こうして夜真人の群れは討伐され、ゲル=ホーの街の平和は守られた。
その後、キヌタ率いるメイド軍団により積み重なった死体の清掃が行われる。
ノアとメネスも手伝いに駆り出され、彼らは壁を布巾で拭いて綺麗にした。そんな手伝い一つとっても、盲目の世界では良い訓練になった。
一通りの作業が終わるとキヌタが二人のもとにやって来た。
「二人ともお疲れさんです」
彼は冷えた水の入った水筒を二人に渡した。労働後の水は喉に染み、とても美味しい。そんな初めての体験に二人は達成感を覚えていた。
少し休憩した後、キヌタが立ち上がる。
「今から集会がありやす。お二人もきてください」
なにやら街全体が騒がしい。街の真ん中に向かう人の波が出来ている。それに乗じて、彼らも街の中心にある広場に向かった。