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謎の青年オトゥーム☆

『新世62年 11月 朝 盲目の街ゲル=ホー 到着』

巨大な街の門の前まで二人は来た。10mほどの壁を見上げながら、ノアは何気なく沢山の鈴の一つに触れた。


「これ、なんのためについているだろ?」


リーンと高く鈴の音が響く。鈴が鳴りやむと同時に何かが風を切る音とが二人に近づいて来る。


「なにかくるにゃ!?」


危険を察知したメネスの毛が逆立つ。壁の内側から何かが二人に向かって接近している。彼女の猫耳はそんな状況を音で感じていた。


壁の上から、花びらのように一人の青年が飛来する。男は10mあまりある壁から落下したにもか変わらず、優雅に片膝を立てて着地することに成功する。


「スーパーヒーロー着地成功☆」


突然目の前に現れた魔術師のような服を着た男に対して二人は警戒を向ける。


──敵か!? だけど夜真人じゃなさそうだ。どうする!?


ノアは戸惑っていた。この男を攻撃するべきか、あるいは様子をみるべきか。 


いきなり攻撃するのはあまりに交戦的すぎるというのも分かっていたが、アマビエ戦では判断が遅れたせいで死にかけた。


一瞬の油断が死に直結すると知った彼はとにかく戦闘態勢に入ることを選んだ。右手を構え、いつでも能力が発動できるように男に向ける。


「おっと! 落ち着け! 私に戦意はない!」


ノアの右手からひりつく冷気を感じ取った青年は、急いで両手を上げながら後退る。


「本当か? 敵は皆、敵じゃないフリをする」


「ホントに私は悪い奴じゃないよん! なんならここで全部脱いで裸で語り合うかい? その場合、うちの息子が君らを卒倒させることになるかもしれないけれど……?」


そういうと青年はズボンに手をかけて脱ごうとしている。


「いやっいやっ……! それはやめたほうが……」


青年がとんでもないことをしようとしていると察したノアは青年の行動を止める。


「なんの話ししてるにゃ……」


場の空気が少し和む。青年の敵意のない態度にノアは警戒心を解いた。


──よく考えれば相手は人間じゃないか……人間同士でさえ、信じ合えなくなったらもう終わりだよな。


「ごめん。道中色々あったから、つい警戒してしまって」


無礼にも敵意を向けてしまったことをノアは素直に謝る。申し訳なさそうに彼は頭を下げたが、青年は笑い飛ばす。


「ハハハッ、確かにこんなクソッタレな世界だ。私も長生きしたけりゃ、殺られる前に殺れっ! ってマイファザーから教えられたものだよ」


「はぁ……?」


青年のよく分からないノリに二人は置いていかれてポカンとしていた。


「とっにっかっくゲルホーにようこそ! 迷える旅人さんを歓迎するよ☆」


スリムな群青髪の男は満面の笑みで会釈をする。

その話し方は快活で、ハキハキしていた。元気なのは良いが、明らかに様子がおかしい男でもあった。


男は盲目なのか目を閉じており、杖をつきながら二人に近づいてくる。そんな男を前にメネスは目を丸くしていた。


「あなた何者?」


「自己紹介が遅れたことを謝罪せねば。私はこの街の最高責任者オトゥーム! 以後お見知りおきを☆」


クルッと優雅に一回転すると、青年は二人に握手を求め、右手を差し出した。


──なんだか変な人だな……


二人は同じことを思いながら立ちすくんでいた。握手を返してもらえなかった青年は残念そうにうなだれながらも、すぐに立ち直って話をトントン拍子に進めていく。


「こんな所で話すのもあれだ。私の館に案内するよ。ゆっくり茶でも飲みながら話そうじゃあないか! アイスティしかないけど大丈夫かな?」


そう言うとオトゥームと名乗った青年はどこかに歩きだす。彼に悪意や敵意はないように見えたが、信用しきってしまうのも良くないと思ったノアはメネスに相談してみる。


「メネス……この人についていっても大丈夫かな?」


「わかんにゃいけど……なんとなく悪い人じゃなさそう?」


「うーん……一旦様子を見ようか」


オトゥームは身体を反りかえして、相談する二人の方を向いた。


「ハイハイそこぉ! 二人でこそこそ話してないで、あくしろ☆」


男は少し胡散臭かったが、二人は着いていく他になかった。この街に立ち寄らなければ、次にいつ生きている人間と会えるか分からない。


青年が杖で壁をコンコンと叩くと、隠されていた扉がヌルリと現れる。そして鉄製の重厚な門が上部に開門され、街の様子が明らかにになる。


そこには沢山の人が住んでいた。レンガ造りの家々が建ち並び、人々の声が行き交っている。


どこかで演奏でもしているのか、街中には綺麗な音色が流れている。大路では馬や牛が荷物を運んでいたり、食べ物を売る屋台などもあった。


「すっごーい!」


メネスは年相応の幼さではしゃいでいる。あまり言動には現さないが、ノアも活気づいた街の様子を見て興奮していた。


「ノア! あれ何かな!?」


「待ってよ、メネス!」


目を輝かせながら、駆け足で街の方に走っていく少女をノアは追いかける。


「あっ! 一つ大事なこと言い忘れてた!」


駆け出した二人の背中に向かってオトゥームは大きな声で言った。


「?」


門を越えその街に一歩足を踏み入れた瞬間、二人の視界が突如暗転する。


──真っ暗だ! 何が起こってる!? 


「ノア! 何もみえにゃい!」


「メネス気を付けろ! やっぱり攻撃だ! 騙されたんだ俺たち!」


ノアはオトゥームが何らかの攻撃を仕掛けてきたと確信する。男を信じてしまったことを悔いながらも、瞬時に彼は身構える。


二人はどこから来るか分からない攻撃を警戒しながらあたふたしている。何も見えていない中で、攻撃されれば避けることは困難だろう。


──まずい状況だ! メネスは大丈夫かもしれないけど、俺は身を守る術がない!


「しくったなぁー。先に伝えておくんだった」


そんな二人の必死な様子を見た青年は、頭を抑えながらため息をついた。


「どういうつもりだオトゥーム! 」


ノアの怒りに反して相変わらず青年はヘラヘラしている。


「確かに急に目がみえなくなったんだ。警戒する気持ちも分かる☆」


ノアだけでなく、もちろんメネスも青年に対して怒りを向けている。


「なんでこんなことするにゃ!」


「可愛らしいニャンコもご立腹みたいだ。怖い、怖い。私、猫アレルギーなもんでね」


「馬鹿にするにゃ!」


メネスはシャーッ!とイカ耳になってオトゥームを威嚇する。


「おっとすまない。ふざけすぎた」


スッと息を吸うと青年の声質が変わる。さっきまでの間抜けた声ではなく、低く重い声で彼は二人に語りかける。


「残念ながら、私が敵じゃないってことを証明するのは不可能だ。だけど未だに君たちに傷一つ付けていないってことが全てじゃないか?」


──それはっ……確かにそうだ。メネスの能力が発動してないってことは彼に殺意はないのか?


オトゥームが真面目なのはほんの一瞬で、すぐにまたふざけた調子に戻って言う。


「とにかく! うちにきてくれよ。ちゃんと説明するし、もちろんお・も・て・な・しもするよ」


──本当になんなんだこの人……?


オトゥームのチャランポランな態度を前に、ノアとメネスは戦意を喪失してしまい、結局二人は彼の館に着いていくことになった。


「手を繋いで歩きましょ☆」


「えっ……?」


何も見えない二人は歩くこともままならないで、その場から動けないでいた。そんな二人の手を取ると、オトゥームは街を闊歩する。


青年を真ん中にして三人で手を繋ぎ、彼らは街の奥へと向かう。

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