猫の脱走
朝焼けが昇るなか、小屋を後にしたノアはそのまま村長宅に戻った。家族は皆まだ寝ていた。
既にメネスを救う方程式が彼の頭の中では解けていた。まず台所から石鹸を取ると、次に道具箱のある倉庫にむかった。
金槌や釘など色々な道具の入った箱をあさっていると、すぐに目当ての物を見つけることができた。手に握ったのはノコ身40cm程の古びたノコギリ。
二つを持った彼はすぐに小屋にむかった。村長宅での所要時間は5分程度。こっそり頭の中でメネス救出の構想を練っていただけあり、手際が良かった。
石鹸とノコギリそのふたつがあれば短時間で、入り口のない小屋から上手くメネスを脱出させることができると彼は考えていた。
息を切らせながら小屋にたどり着いた彼は急いで作業にとりかかる。
「メネス! おきてるか!? 急いで服を脱いで!」
「なっ!? 何言ってるにゃ!?」
急に来たノアにとんでもない要求をされ、メネスはドギマギしている。一体今から何が始まるのか想像できず、声が裏返る。
「何で服を!?」
焦っているノアは何も言わずに石鹸を投げこんだ。
少女はそれを受け取ると、状況を察した。
「ほんとに逃げるのにゃ!?」
察してなお、メネスは脱走を決心できずにいた。
「腹をくくれメネス! もうやるしかないんだ!」
彼の激励を受け少女は遂に決意する。小屋の中で少女は服を脱ぎ、石鹸を体中にぬる。その間にノアは必死で鉄の格子を切っていた。
「たぶん今から切っても二、三本が限界。でもメネスの身体なら、きっとすり抜けられる」
鉄格子を全部はずせば、余裕をもって一人出入りできるが、6本全部を切り取るにはかなり時間が掛かってしまう。
もう日が昇って2~30分経っている。今日は儀式の日なのだから、村長は朝イチでメネスのいる小屋を見に来るだろうと二人は認識していた。
とにかく時間との勝負だった。村長が来る前にメネスを連れて村を出れば晴れて少女は自由。なんとしてでもノアは少女を助けたかった。
緊張感が走る中、光明が見える。格子が切れる速度が予想より早い。
この世界の鉄鋼技術は未発達、格子の強度は脆弱で短時間でどんどん切れていく。10分程でノアは二本の鉄格子を切り終えた。
「メネス! もしかしたらこの広さでも出れるかもしれない」
「ほんとにゃ!? 一度試してみるにゃ!」
そう言ってメネスが格子窓に近づいた瞬間、鈍い音が聞こえた。その後すぐにノアがドンッと地面に倒れたのがメネスには分かった。
「ノアっ!!」
誰かがノアを殴り倒した。メネスの呼び声はもう彼には届かない。
「残念だったな。メネス、お前に逃げられたら困るんだよ」
「村長っ……」
その声は村長のものだった。少女はその声に怯えながら後ずさる。
「ここ数日、彼の様子はおかしかった。だから今朝はいつもより早く起きてこうして見にきたわけだ」
メネスは村長のことが怖かった。今まで酷い扱いを受け続けてきたのだから、当然のことだ。それでも少女は勇気を出して、男に訴える。
「村長! 私はどうなってもいいにゃ! だからその人だけには手を出さないで!」
自分は死んでもノアだけは傷つけないで欲しい、そんな思いで少女は一杯だった。
「はぁ……残念だよ。彼は一応、息子の恩人なんだが。だけど、知りすぎたからには死んでもらうしかないなぁ」
「そんにゃ……」
「メネス! お前はもう少し大人しく待っておけよ。俺がここで見てるからな! 逃げようとしても無駄だぞ!」
そう言うとノアを殴った棒を構えながら、村長は小屋の前に座った。その後すぐに村長の妻が何人かの村男を連れて来るとノアの体を引きずってどこかに連れていってしまった。
何も起きないまま昼になった。小屋の前には村の男たちが集まってきている。若い青年が丸太で壁を破壊すると、メネスを外に引っ張り出した。
生け贄の儀式は整った。村人たちはメネスを着飾ると、湖の方へと向かうのであった。




