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第九十五話 似ている

 最小限の明かりのみが照らす薄暗い鋼鉄の通路に靴音が響いている。

 一人分の足音だ。


 誰かが廃都地下に侵入し、今中枢を目指している。


「あれぇ? 姉様、誰かが近付いてきてますよぉ」


 遂にその何者かの気配は中央制御室にいるパンドーラが感知できる位置まで接近してきた。

 モニターに向かっている白いコートに白い仮面の博士の肩がピクッと一瞬揺れる。


 ……さあ、この正体不明の来客を放置した事が吉と出るか凶と出るか。


「わたくしはこの状態です。パンドーラ、貴女が処理しなさい」


「キャハッ、わかりましたぁ。可哀そうな姉様の分までボクが……」


 ……パンドーラの言葉が途中で止まった。

 同時に表情も消える。

 何かを小馬鹿にしているような笑みが消えて、真顔に。


 その腕の中のシェラザードも何かに驚いている表情で硬直してしまっている。


(んん? ……なんだ?)


 二人の様子を肩越しに振り返り、訝しむ博士。

 急に二人は幽霊でも見たような表情で固まってしまっている。


 パンドーラの頬を冷たい汗が伝っていく。

 彼女は噛み合わせた歯の根をカチカチと震わせている。


「姉様……姉様……。こ、こいつ……!!」


「落ち着きなさい、パンドーラ。そんなはずはないでしょう。あれから何千年経っていると思っているのですか」


 落ち着くように諭しているシェラザードだが、彼女自身も声が僅かに揺れてしまっている。


「でもッ!! この気配は……あいつの気配……」


「ありえないと言っているでしょう!!!」


 ついに声を荒げたシェラザード。


「でも、でもっ!! もし本当にあいつだったらボクじゃどうにもできないよ!! 姉様だって……姫巫女様だってあいつには勝てなかったんだからッ……!!!」


「……ッ!!!」


 ギリッとシェラザードの奥歯が鳴った。


(なんだなんだ? 何をパニックに陥っているんだ……? 誰が近付いてきている?)


 あいつ? 勝てなかった?

 二人にとっては面識のある相手が来ているという事か?

 しかし数千年経っているという発言もあった。


「………………」


 一分と少しの間の沈黙。

 その間シェラザードとパンドーラはピクリとも動かない。

 そして……唐突に二人の姿が消失した。

 その場から忽然と。


「!! 何!? 逃げた……?」


 相手が誰なのかを実際に自分の目で見て確認する事すらせずに逃走したというのか。

 それとも気配を殺して周囲に潜んでいるのだろうか。

 首だけになっても生きているような恐るべき魔女二人がそこまで恐れるほどの相手とは……。


 俄然興味がわいてきたテラー。

 彼は座ったまま動かずやってくる何者かを出迎えることにした。


 やがて中央制御室の自動扉が左右に展開し、何者かがフロアに足を踏み入れた。


「……!!」


 驚く博士。

 入ってきた者とは……。


 それは帝国の第三皇子リヒャルト・ギルオールであった。


 ────────────────────────


 魔人ライアー……古の英雄王ロードライトが変化した巨大な黒い邪竜戦で瀕死の重傷を負っているはずのリヒャルト。

 彼が何故今さしたる負傷の気配もなくこの場に姿を現したのか。


 彼は邪竜との戦いの最中、自分たちではこの巨大な魔物には勝てないと冷静に判断し体力を温存する事にしていた。

 全員が行動不能にされるわけにはいかない。

 壊滅したらその時は自分が囮となってドラゴンを皆から引き離す……そのつもりだった。


 ところが思いがけない援軍により竜は倒され、結果としてリヒャルトは余力を残した状態で戦いを終えていたのである。

 戦いの後で彼は己の役割が救護ではなく別にあるのではないかと考えた。

 そして残党が潜んでいないか地下まで下りてきたのだ。


 リヒャルトの思惑は他にもある。

 父ヴォルフガングの事だ。

 万事において無関心の父が何故突然この浮遊大陸の攻撃を命じたのか。

 その事がずっと胸に引っ掛かったままだ。


 何かその理由が推測できるような情報が地下にないか……彼はそれも探るつもりでここに来ている。


 ……………。


「やはり、生き残りがいたか」


 モニターの前の椅子に座っている白衣の男……ドクター・テラーに向かって第三皇子は一歩進んだ。

 手にした刃槍の切っ先を相手に向けて。


「……まあ待ちたまえよ、リヒャルト」


 両手を上げて抵抗の意思がない事を示しつつテラーは弟に呼び掛けた。

 名を呼ばれたリヒャルトは怪訝そうに眉をひそめる。


「私だよ……弟よ」


 後頭部に両手を回し、フルフェイスの白い仮面を外す。

 外気に素顔を晒した白衣の男にリヒャルトが驚愕した。


「……ヨアヒム兄上!!!? 馬鹿な……兄上は」


 父に討たれ命を落としたはずの次兄。

 ……だが、すぐにリヒャルトは冷静になった。

 眼前のヨアヒムが漂わせる冷たく不吉な気配。

 それはここに至るまでに相手をしてきた数多の闇の眷属たちと同質のものだ。


 目の前の男が既に自分の知る兄ではなくなっている事を悟る。

 同時にバラバラのピース状態だったいくつかの事柄が頭の中でカチカチと繋がって一つの画になっていく。


 思えば、今回の一件の始まりは父によるヨアヒムの粛清からであった。

 何故皇帝はそのような凶行に走ったのか。

 毒蟲の巣を墜とせ……出撃を命じた父の言葉。

 強い表現から窺えるのは父の嫌悪感だ。

 どういうわけか皇帝ヴォルフガングは魔人たちを嫌悪し憎悪している。


 ……この兄は父の言う毒蟲になってしまっていたのだ。

 だから皇帝は自らの手でそれを滅し、同族の撃滅を自分たちに命じたのか。


「兄上、貴方がこのような悪事に加担していようとは」


 硬い表情と、そして声で兄へとまた一歩詰め寄るリヒャルト。


「待て! 待てと言っているだろう。抵抗はしない。そう殺気立つな」


 慌てて両手を振ってヨアヒムは弟を留める。


「事故だよ……事故があってこのような事になってしまったんだ。私が人を辞めた事は理解できているようだな。ここの連中の言いなりになっていたというのもその通りだ。だが、他に道はなかった。逆らえば殺されていたのだよ」


 目を細めたリヒャルト。

 明らかに「信じました。受け入れました」という表情ではない。


「では兄上はここで何をしていたのですか」


「命令されてこの浮遊大陸の進路を操作していた。奴らはこれを人の多い都市の上に運んで落とすつもりなのだ」


 表情を変える事はなかったがリヒャルトは内心で絶句した。

 大陸最大の国土を持つ国でも浮遊大陸ほどの広さはない。

 落とせば未曾有の大災害が巻き起こるだろう。


「……すぐに止めてください」


 目を閉じる沈痛な表情の第三皇子。

 人間とは違う生物になってしまったとはいえ、まだ自分の事を弟と呼ぶかつての兄がそこまでの非道に手を貸しているという事実を彼は嘆いた。


「ああ、勿論だ。お前が来てくれた事で私を脅していた連中もどこかへ逃げていったよ。もう言う通りにする必要もない」


 うなずいて同意すると白コートのヨアヒムが操作盤に向き直る。


「よし、これでいい……。元あった海域上空に戻って停止するようにしておいた」


 操作を終え、座ったままの座面を回転させ後ろを振り返ったヨアヒム。

 リヒャルトはいつの間にかその彼の真後ろまで近付いてきていた。


「そうですか」


 第三皇子は無感情にそう言うと……。


 渾身の力で兄の胸板を刃槍で刺し貫いた。

 ヨアヒムは驚愕の表情で大量の血を吐き出す。


「ぐフッッ……!!! そ、そんなところまで……ッ!!」


 胸板に大穴を開け、浮かしかけていた腰をドスンと椅子に落としたヨアヒム。


「そんなところまで……お前、は……」


 段々細くなっていく呼吸の中でヨアヒムが皮肉げに笑っている。


「お前は……本当に……父上に、よく、似て……いる……な」


 ガクッと項垂れ、それきりヨアヒムは動く事はなかった。


「さらばです、兄上」


 物言わぬ骸となった兄の前で、そう静かに呟いてリヒャルトが視線を伏せた。


 ────────────────────────


 こうして……

 己を魔剣に変えたマコトがレグルスに自分を受け取らせる為に仕組んだ前代未聞の大騒動は終わりを告げた。


 浮遊大陸は現在も海上に浮き上がったまま。

 その後も捜索が行われているが、今の所魔人たちの残党は見つかっていない。

 下ろす事もできるのだが、今は少しでも炉の『闇の炎』を消費させた方がいいだろうという事になり、効果的な闇の炎の削減方法が見つかるまでは浮いたまま維持する事になった。


 近日中に各国の代表が集まり、この大陸を今後どう扱うのかが話し合われるという。


 ……………。


 ベッドの上で包帯の塊になっているレグルスが呻いている。

 全身十箇所以上の骨折に打撲に内臓破裂に……割と死にかけであった。

 今は教団の司祭たちによる回復魔術で危険な状態は脱している。


「ごめんなさいねぇ。私がこんなでなければすぐ治療するのに~」


 嘆くモモちゃん先生。

 彼女も右腕を吊っている状態だ。

 邪竜に渾身の拳打を放ったときに折ってしまった腕を。


「助手ちゃん(医術精霊)たちをまだ呼び出せなくって……」


 モモネの消耗は激しく、医術精霊の召還もまだできない状態であった。

 モモネだけではない。仲間たちは皆ようやくベッドから立ち上がれるようになったばかりだ。


「それにしてもダーリンがここまでボロボロにされるとか、やっぱあのデカ過ぎ野郎はかなりの強敵だったんですねー」


 腕組みをして唸るベルナデット。


 ……ちなみにレグルスの全身の負傷は高いところから落ちたからであり戦闘自体は一撃で勝利している。

 が、もう面倒臭いので説明もしていない。


 そこで病室の扉が開き、ぞろぞろと入ってきたミレイユやジュリエッタ。

 そして何故かエドワード。


「失礼するであります。レグルス殿、ウンコの時間でありますよ」


「ぶおッ!! 何でお前が来るんだよ!! お前らも!!」


 ベッドの上のレグルスがじたばたともがいた。

 重症の彼はまだ自分でトイレができないのである。

 それはいいんだがいつもの看護師のオバちゃんたちではなく何故彼らが来るのか。


「お世話のお手伝いであります。今この病院負傷者で溢れかえっているでありますから」


「アホ抜かせお前らの前でウンコできるか!! 帰れ!!!」


 騒ぐレグルス。

 かつてどんな強敵を前にしても見せたことの無い狼狽っぷりだ。


「私は気にしませんが」


「オレがするんだよ!!!」


 いつもの静かな声で言うミレイユに答えるレグルスの声は半分悲鳴だ。


「重症なんだからしょうがないでありますよ。さ、皆さんお願いするであります」


 よっしゃー、みたいな感じでエドワードとミレイユたちがわさわさベッドのレグルスに群がってくる。


「いやッ!! ちょっと、やめッ!! いやぁ~!!! エッチィィィ!!!!」


 こうして大病院に切ないレグルスの悲鳴が響き渡るのであった。

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