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第八十九話 こうするしかない

 傭兵たちや帝国軍人たちは呆然とその光景に見入っていた。

 一見「幼女じゃないの?」と思うほどの小柄な女性が大きなハンマーを手にして恐るべき全身武器の魔人と互角に渡り合っているのである。


 重力に縛られる事なく、大地すらも不要というかのように赤く輝く尾を残して縦横無尽に空中を跳ね回るベルナデット。

 実際はジェットブーツによる連続多段ジャンプなのであるが見ている側からすればそれはもう異次元の曲芸であった。


 対する魔人クリエイター……狂気の芸術家ユリアン・ウィッツは全身に大量の武器を加え当初の何倍もの質量に膨れ上がっている。

 五体どこを見ても刃物部分が露出しており、下手に仕掛ければ攻撃側が深い傷を負うだろう。

 事実……激しく近接戦を挑んでいるベルナデットは一度も相手の攻撃を受けたわけではないのに身体のあちこちを負傷しそこから出血している。


「ンだぁ~ッ!! くっそ!! 鬱陶しいヤツですね、ホントに!! 至近距離だと勝手にケガさせられるのが厄介すぎるって!!!」


芸術(アート)!! 芸術(アート)ッッ!! アート・ニ・シテヤルッッ!!!!!」


 一方で心無き鉄の魔人であるはずのクリエイターも随分と興奮状態に陥っている。

 攻撃方法といえばただ無数の武器が連なって出来た両腕を振り回して殴りかかってくるだけ。

 非常に単純にして原始的な戦法だが、これを速度と威力が十分な状態で無尽蔵のスタミナでやられてみると凶悪な蹂躙になる。


 そして更に厄介な所はこの魔人には「肉体的なダメージ」というものが存在しない。

 操る鉄をボディとしているだけのこの魔人には「本体」に当たる部分が無く、いくら壊されようが千切られようが破片が集まって新しい手足になるだけなのだ。

 どれだけ物理的な損傷を与えようが意味はなく、攻撃側がただ消耗していくだけ……。

 そのルールには当然もうベルナデットも気が付いている。


 何度も……何度も。

 無駄であるはずの攻撃を繰り返している。


 永遠のような攻防……。


 だが徐々にベルナデットの息が上がり始めていた。

 かなりの体力オバケであるはずの彼女だが……それほどまでに魔人との戦いは消耗するものなのだろうか。


 対敵の動きが鈍くなり始めた事に魔人も感付く。


「ビギィィッッ!!! 芸術(アート)ォォォッ!!!」


 明らかに狂喜の混じった寄生を発して連なる無数の武具で出来た大腕を振り上げるクリエイター。

 ベルナデットは……動かない。動けない?


 食らう、終わりだ。


 何人かの見守る傭兵たちが見てはいられないといった風に目を逸らした。

 仲間の最期を直視できずに。


「……?」


 しかしいつまで経っても大量の武器を叩きつける轟音が聞こえてこない。

 肉の潰れる嫌な音もしない。


 魔人は腕を振り上げた姿勢のままで停止している。


「言ったろ?」


 ベルナデットが口の端を上げた。


「金物ってのはそーゆーふーに扱うものじゃねーんですよ」


 クリエイターの腕が無数の武器に分解されバラバラと散らばる。


「!!?? 理解・不能!! 理解……デキナイィィッッ!!!」


 分解は腕のみに収まらず胴体部分や他の手足からも武器は零れ落ちていく。


 ベルナデットが大きく消耗しているのは彼女が一打一打に自分の気持ちを……信念を乗せたからだ。

 芸術の事はよくわからないが、それを言い分に他者の物を奪い取ってあまつさえそれで相手を傷付けて喜んでいるようなヤツが鉄の理解者や支配者であるはずがない。

 そんな純粋な怒りを攻撃に宿し何度も打ち付けた。


「オーオオ・ォ・ォォオォ・ッ……」


 意味をなさない声を出しながら少しずつ分解していく魔人が近付いてくる。

 ……鉄はもう言う事を聞いてくれない。

 金属の支配者であったはずの魔人は最後の最後に金属に見放された。


「驚愕・セヨ!!! 喝采・セヨ‥‥‥!!!」


 うわ言のように言いながら彼は崩れていく。

 大量の武器をまき散らしながら、最期まで自分の人生の絶頂期の幻影に囚われ続けた魔人が迫る。


「私・ノ・作品ヲ・目ニ・焼キ付ケロォォォッッッ!!!!」


「やなこった」


 その胴体をハンマーの先で軽く小突く。

 それが最後の一押しとなってクリエイターは崩れ完全な武器と金属部品の山になった。


「オメーの名前も作品も……全部消える。ここで終わりですよ」


「イ・イヤダ。イヤダ……」


 掠れ声が……思念が消えていこうとしている。


「見向キ・モ・サレナイノ・ハ・イヤダ。……見ロ。私・ノ・作品……ヲ」


 消えゆく魔人が最後に見た幻は展示される自分の作品の前を無数の人々が素通りする風景であった。

 失意と絶望の中でどこまでも深い闇の中に沈んで消えていく。


「……見テ……クダサイ……」


 その最後の哀願も誰の耳にも届くことはなかった。


 ────────────────────────


 完全なる三つ首の魔犬と化した狂王ヴァルネロ。

 獣人と戦車の形態が格下の相手を蹂躙するスタイルであり、この魔獣形態は少数の実力者を正面からねじ伏せる時のこの魔人の最強の形態である。

 その巨体からは想像もできないような速度で標的に襲い掛かり鋭い爪と牙で引き裂く。

 距離を取れば三つの口から黒い閃光を放ち相手を爆殺する。

 いかなる間合いでも隙が無い。

 この姿に変じたからには、相手は為す術もなく無残な屍を晒す……。


 そのはずだったのに。


「ギガッッ!! しぶとい下賤どもがッッ!!!」


 三つ並んだ魔犬の頭の、その中央の頭が苦々しげに叫んだ。


 対峙する二人、ジュリエッタとマクシミリアン。

 どちらも傷だらけで、どちらも消耗している。

 それなのに目の輝きだけは少しも陰っていない。

 むしろ傷付ければ傷付けるほどより闘志を燃やして立ち向かってくる。


 狂王は苛立っていた。


 自分と相対する者は畏れ頭を垂れるか無残な屍となるか、そのどちらかであるはずだ。

 そうでなければいけないのだ。

 自分は王だ。……統治者だ。

 人である時から偉大な存在だったが、今や人を超えた存在となったのだ。

 その魔人の中でも自分は上位の存在。

 ルーザーとライアーの二人以外は歯牙にもかけていない。


「偉大な王にしては随分と余裕のない事だ」


「……ッッ!!!!」


 グワッと口を開き牙を剥いてマクシミリアンを威嚇するヴァルネロ。

 しかし第一皇子も態度と皮肉ほどに余裕があるわけではない。

 巨大な黒い獣は恐ろしく頑健で獰猛であった。

 ここから捨て身で大暴れでもされればまだ勝負はどう転ぶかわからない。


 状況が膠着したかと思われたその時、ジュリエッタの背後の茂みから出てきた一人の男がいた。


「……失礼、遅くなりました」


 黒い刃槍(グレイブ)を持ったやはり黒い軍服の男。

 第三皇子リヒャルトだ。


「何をしていた」


「ワイバーンが前方の巨大な魔物に怯えてしまいまして。しばらく役に立ちそうもないので離れた場所で降ろしてきました」


 兄の問いにリヒャルトが答える。


「遅れの分は働きにて」


 持ち上げた刃槍の、その切っ先を黒い魔犬に向けるリヒャルト。


「………………」


 三つの首を持つ魔獣は現れたばかりの三人目の敵を少しの間凝視していたが……。


「……む!!」


 驚く第一皇子。


 魔犬は踵を返すとその場から高速で離脱していったのだ。

 逃走した?

 あのプライドの高そうなヴァルネロが……無言で。


 ……………。


 森の中を高速で駆け抜けながら狂王は屈辱と怒りに表情を歪めている。


「ガァッ!! おのれ下賤ども……!!!」


 自尊心が高く自分以外の全てを見下しているヴァルネロだが、生存の為なら冷静に逃げを打つ事もできる。

 この生き汚さは彼が人間だった頃も最後の最後まで彼の周囲の人間たちを苦しめた。


(あいつはダメだ。無策でぶつかっていい相手ではないッ!!!)


 逃走しながら狂王はリヒャルトを頭に思い浮かべている。

 それまで戦っていた二人も想定外の難敵であったが、あの三人目は見ただけでわかる……それ以上のバケモノだ。


 一対一でまともにぶつかれば負けるつもりはないが、あちらは三人。

 しかも自分は消耗してしまっている。


「グレートのノロマめッ!! アイツがもたもたしているから俺に負担が掛かるんだろうがッッ!!!」


 遠目に見る巨大な魔人を見て毒づくヴァルネロ。

 はっきり言って人間形態の方が結果として移動は早い巨大魔人だがそもそも人間形態の時は陰気内気がいきすぎて出撃しようともしないのだ。

 あの形態になって細かい事が全てどうでもよくなるとようやく緩慢に動き出す。

 ただそうなると今度は万事において大雑把過ぎて周囲が合わせてやるしか同一の作戦行動はできない。


 巨大化が過ぎて色々なものが足りなくなってしまった存在……それが魔人ザ・グレートである。

 そうは言ってもあの質量はそれだけで脅威。

 動く要塞だ。


 創造者(クリエイター)はやられてしまったようだがこちらの損害はまだそれだけ。

 後はまだ誰一人魔人は欠けていない。

 共闘などしたくはないが、ザ・グレートと交戦中の人間たちが混乱してる隙を突くのは悪くはない案に思える。


(木偶の坊だからな……こっちが上手く使ってやらねばなるまい)


 策を巡らせながら木々の間を風のように疾駆する黒い獣であった。


 ────────────────────────


 レグルスとマコト、二人がやってきたのは王宮最上階の空中庭園であった。

 かつては草花の咲き乱れる美しい場所だったのだろう。

 今は土の露出する花壇が当時を偲ばせる物悲しい風景になってしまっているが。


 かなりの広さだ。

 ここならば……決闘の場所として申し分ない。


 師弟、どちらもが抜剣する。

 同じ流派……と言えるのか、源流はマコトの我流であった双剣術。

 だが今の二人の構えは異なる。

 腰のあたりの高さで剣を交差させているマコトと、だらんと両手と剣を下げた姿勢のレグルス。


 何故、自分と師が殺し合いになるのか……。

 それはまったくわからない。

 納得しているわけでもない。


 だがこの戦いは避けられないという事だけはわかる。

 何よりマコトはそれを望んでいる。

 嫌われているわけではない。

 きっと自分の命を奪いたいわけでもないのだろう。


 それなのにこういう事になってしまうのは、どちらも剣士だからなのだろうか?


「そうだ」


 何も言っていないのに、マコトはうなずいた。


「お前は私が生涯を賭して育て上げた男だ。……ある意味で私そのものと言える。その全てを知りたい、味わいたいと思うのは当然だ。私は私がどんな存在であったか、その生涯にどんな意味があったか……それを知りたい。それなら、これしかないだろ?」


「そうなんかね。……よくわからん」


 釈然としない表情のレグルスだ。


「終わればきっとお前にもわかるさ」


 微笑むマコト。

 穏やかな表情ではあるが、肌が痺れるほどの圧を感じる。

 完全に戦う体勢だ。


「……さあ来い、レグ。私がお前の旅の終わりになるのか。それともお前が私の旅の終わりになるのか……どちらなのか。互いの剣に問う事にしよう」


 対峙する両者の間に乾いた土煙を乗せた冷たい風が吹き抜けていった。


 



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