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第七十話 七凶星襲来

 七星ガイロンの屋敷で、静羊団の団長ジョルジュが空中都市制圧作戦の密命を受けた時の事。


 退出するジョルジュを見送ってからガイロンは席を立ち、団長が出て行ったのとは別の扉を開いた。

 書斎に()()()を招き入れるためである。

 着込んでいるものの割には静かな足取りで入出する漆黒の巨体……黒騎士ミューラー。


「聞いての通りだよ。現地では今の男が全体の指揮を執る」


 ジョルジュ団長の出て行ったドアを見るガイロン。

 七星は彼とのやり取りを隣の部屋にミューラーを置いて聞かせていたのだ。


「貴方もそれに参加して頂きたい。そして、凡そが完了した所で……」


 カチッと卓上のライターで細い葉巻に火をつけるとそれを咥えるガイロン。


「彼も始末してしまってくれ。そこまでが貴方への依頼だ」


 フーッと紫煙を細く吐き出してガイロンは目を閉じる。


「彼ハ……子飼イデハナイノカ?」


 ガイロンの促す方向を見る事もなく直立で前を見たまま黒騎士は低いエコーの掛かった声を発した。


「その通りだよ。だが、少々あれには仕事をさせすぎた。表に出れば私の立場を脅かしかねないものもある。最近はそれで報酬(ギャラ)の吊り上げも露骨になってきたしな。この辺りが見切り時だろう」


 長年のビジネスパートナーではある二人だが忠誠や情では繋がっていない。

 不要と断ずれば即こういう事になる。

 ……そんな二人の事情等、この漆黒の騎士からすればどうでもいい事ではあるが。


「ワカッタ。引キ受ケヨウ」


 報酬は破格だ。

 大事なことはそれだけである。


 ……………。


 オルトワージュ・V・ミューラーという魔女は数百歳を超えている。正確な年齢はもう数えていないので本人にもわからない。

 彼女がゼニスとなったのは十九の時。その頃から外見はほとんど変化していない。

 その若さも異例中の異例だが、出自についても飛び抜けて奇異な存在が彼女だ。

 大体が血筋で決まるのが魔術師としての才能である。

 優れた魔術師は一族からしてそうなのだ。

 ミレイユなどがその代表であろう。


 ……ところがオルトワージュはまったく魔術の素養がない両親から産まれた『突然変異』であった。

 幼い頃から魔術に……特に()()()()の魔術に強い興味を持ち独学で本を読み漁って知識を得て、我流で魔術修行を積んだ。


 十二歳になった頃には彼女の魔術は既に周囲の熟練の魔術師を凌駕する域に達しており、彼女の師となれる者は誰もいなかった。

 後に天頂に至るまでに魔術を極めた者の中で誰にも師事していない者など他にはいない。


 十五で実家を離れ生まれ育った街を発った。

 これは更なる魔術の高みへと至る為の旅立ちでもあり、コミュ障をバクハツさせまくった挙句にとうとう肉親すらまともにコミュニケーションが取れなくなってしまった末の逃避でもあった。


 彼女は『闇』使いだ。闇を操る魔術を行使する。

 世間から隔絶し、孤立し、達観してそれを受け入れるでも無しに寂しさからトチ狂って一人暮らしの大きな屋敷で一人パーティーを開催し飲んだ暮れて潰れて泣きながら眠る度に彼女の魔力は爆発的に高まっていった。


 普段彼女は闇から作り出した鎧の騎士の姿で活動する。

 世に知られた『黒騎士ミューラー』は彼女のこの姿からだ。

 大体は鎧のみを遠隔操作で操っているのだが、言葉を発する事ができない為に言葉でやり取りしなければいけない時は鎧の中には彼女本人が入っている。


 オルトワージュは現在、ある国の森林一帯を買い取ってその奥深くに屋敷を建ててそこで一人で暮らしている。

 諸々の維持費や生活に必要な品々を一々遠隔から取り寄せないといけないので莫大な生活費が掛かっている。

 その為十年に一度くらいの周期で彼女は金を稼ぐ為に活動を開始するのである。


「はぁ……イヤだな、人と会うの……疲れる。キツい」


 オルトワージュは宿の自室で憂鬱そうに湿った息を吐く。

 ジョルジュも他の七星が送り込んできた刺客たちも黒騎士の正体を知らない。

 雇い主であるガイロンですら知らないのだ。当然といえば当然である。


「ゼニスが……四人だっけ……疲れそう。はぁ……しんどい」


 かつてない破格の報酬の仕事ではあるが、その仕事内容もかつてないほど難易度が高く複雑である。

 雇用者を計画の勝者にしつつ、敵対者も味方であるはずの者たちまで大体処理しなければならないのだ。


「まあいいやぁ~……警戒しなきゃいけないのは、一人だけ……。ミレイユ・ノア……彼女が、私の……私の魔術の正体にさえ気付かなければ……ふひひ」


 口元を歪ませ、引き攣っているんだか笑っているんだかわからない表情になる闇の魔女。


「戦士ならゼニスでも何人いようが……私は怖く、ない……フヒッ、言い過ぎました。ホントはちょっとだけ怖い……」


 そして彼女はガックリと両肩を落とす。


「というか……他人が怖い。生きるって、怖い……」


 暗黒の魔女が重たい足取りで部屋を出る。

 散歩の為でも観光の為でもない。


 ……今回は戦いになる。

 次に自分がこの部屋に戻ってくるのは標的が全滅した時になるだろう。


 ────────────────────────


 ブルーディアースの都の郊外に開けた草原がある。

 空中都市の外周であるこの空間はゼニスを目指す二人の日課の修練場所であった。


 雷神剣の継承者ジュリエッタと神速の剣士シンラ。

 互いに十分達人と言える腕前の彼女たちであるが目指す所は更なる遥かな高みだ。

 今日も二人は修練の支度を整え草原までやってきた。

 これから数時間を互いに仕合って汗を流す。

 ……その予定だったのだが。


 風が吹いて緑の海原が波打つ。


「………………」


 かばんを足元に置いたシンラがその気配を感じ取る。

 草の匂いの中にほんの微かな殺意。


「今日は……鍛錬ではなく実戦になりそうだな」


 もうすっかりメイド服が普段着になってしまった彼女が鋭く目を細める。


「そのようですわね」


 剣の柄に手を置いているジュリエッタ。

 自分たちを見ている何者かがいる。

 冷たい殺意の視線を感じる。どうやら少し離れた場所にいるようだ。

 数は……2。一人一殺のつもりらしい。


「離れておきましょうか。貴女を巻き込んでしまっては申し訳ないですからね」


「言うじゃないか。こちらが先に片付いたら助けにいってやる」


 シンラもそう言って笑みを見せて……。

 二人は互いに背を向けて歩き始める。

 言葉には出さず、互いに必勝を相手に誓って。


 歩いていくシンラ。

 殺意の出所を目指して。


 その先にはスーツ姿の豹頭の男が待っていた。


「……恨みはない」


 その男、ハザンが低い声で言う。


「だが義理があってやらねばならん。悪く思うな」


 腰を落として構えを取るハザン。

 徒手空拳だがその指先には鋭く分厚い爪が光っている。


「構わない。こういう生き方をしていればままある事だ」


 シンラもまた刀の柄に手を置いて腰を落とした。

 全身のバネに力を充填する。


「本来なら今は修練の時間のはずだった。私を狙うと言うなら糧になってもらうぞ」


「勝者が全てを食らう。野生の掟だ」


 そのやり取りを合図として……両者は同時に草原を蹴った。


 ……………。


 風の音に乗ってすすり泣く声が聞こえる。


「なんですの……寒々しい」


 歩きながら顔をしかめたジュリエッタ。

 鳴き声は男のものだ。


「うぅ……っ。うぁっ……おおぉぉ……許して。許して……くれ……」


 異様な男が地面に両膝を突いて泣き崩れている。

 革袋を被った骸骨のようにやせ細ったみすぼらしい身なりの男だ。

 素足な上に手首足首に鉄枷を嵌められている。


「……………」


 ジュリエッタは無言で雷神剣を抜き放ちそれを構えた。


 涙も懺悔も自分に向けられたものではない事は明白。

 言葉にはできないがとてつもなく忌まわしく不吉な感覚を覚える。


 ゆらりと……幽鬼のように『罪人(シナー)』ギュスターヴが立ち上がった。


「許してくれ。許してくれ……アドリアンヌ……」


 知らない女性の名を呼び、尚も不吉な男は泣いている。

 革袋の裾から涙の雫がボロボロと零れ落ちる。


 すると……突然彼の足元からドロドロと青黒い煙が立ち昇った。

 その中で寝巻のような簡素な白い服を着た女が立ち上がる。


 これもまた骸骨のように痩せこけた女だ。

 頬骨の浮いた顔は青白く。目には黒目がない。

 バサバサに荒れて乱れた赤毛の長髪の女性であった。


 あれは……この世のものではない。

 ジュリエッタは何となくだが見ただけでそれを察した。

 死霊か、亡霊か……あの女性は生者ではない。

 死して尚この世に姿を現した哀しくも忌まわしいなにかだ。


 バサッと赤毛の死霊の女がギュスターヴに背後から覆い被さるような姿勢で抱き着いた。


「おぉッ! アドリアンヌ……俺の……アドリアンヌ」


 愛おしむ様に肩に顎を乗せてきた死霊の頬を撫でる革袋の男。


 その次の瞬間……。


「キシャァァァッッッッッ!!!!」


 突如として甲高い奇声を発し、死霊を背負ったままギュスターヴが跳躍した。


「……なッ!!??」


 突然の事に一瞬ジュリエッタは硬直してしまう。


 跳び上がったギュスターヴは空中で背中の死霊をその長い髪を掴んで引き剝がした。


「ィィィィァァァァッッッッ!!!!!」


 上空でぶんぶんと髪の毛を掴んだ女の死霊を振り回す。

 死霊は両膝を屈して胸の前で両手で抱える姿勢で丸まっている。


「!!!!」


 咄嗟に横っ飛びでジュリエッタは草原に身を投げ出した。

 一瞬前まで彼女のいた位置にギュスターヴは丸まった女の死霊を叩き付けてくる。


 ドゴオッッッッ!!!!!


 大地が抉れ千切れた草と土埃が舞う。

 凄まじい威力だ。


「彼女を武器にしていますの!!!??」


 死霊術師(ネクロマンサー)の亜種とでもいうべきか……。

 目の前の男は呼び出した女の死霊を、あろうことか()()()()として扱っているのだ。


「許してくれ!! 許してくれェッ!! アドリアンヌ!!!」


 女の足首を掴んで振り上げるギュスターヴ。

 先程まで丸まっていた死霊は今度は両手を高く上げて頭上で重ねて全身をピンと伸ばして一本の棒状武器のような姿勢を取る。


「キヒィィィッッッ!!!!」


 大剣なのか棍棒なのか……。

 片手で軽々と死霊を振り回す革袋の男。


 間一髪で跳び上がりジュリエッタはスイングを回避したが……。


 その上空の彼女へ向けてギュスターヴがランチャーのように死霊を肩に担いだ。


「ッ!!!!!」


 自分に向けて……死霊が口を開ける。

 その口内には青白い炎のようなものが燃え盛っているのが見える。


 そして次の瞬間、虚空のジュリエッタに向けて悪霊の口から無数の青白い人魂が高速で射出されたのだった。


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