第七話 激突!ミレイユVSジュリエッタ
王都からやってきた伯爵令嬢ジュリエッタ。
彼女はレグルスを巡って(語弊あり)ミレイユと決闘する事になってしまった。
清楚で物静かな佇まいのミレイユであるが魔術の才は百年後の教科書に載っててもおかしくないクラスである。
ジュリエッタが大怪我……というか原型無くなったりしないように何とか思い留まらせたいレグルスであるが……。
「なぁオイ、やめとけって。ああ見えてミレイユはかなり強ぇぞ。ロクなことにならんって」
忠告はしつつも飯は食う。
大通りの悶着の後で連れてこられたジュリエッタの屋敷。
ガーデンテーブルの上には湯気の立つ分厚いステーキの乗った鉄板……これはレグルスの希望で出されたものだ。
流石にもう素材からして超が付く高級品だ。
食べていると味に意識が全部持っていかれて会話の内容が頭から飛びそうになる。
「ううっ、自分も肉がいいであります……!」
そのステーキをうらやましそうな目で見ているエドワード。
彼の前には何故かチャーハン。
こいつにはチャーハンを、とレグルスに指定されてしまったのだ。
ちなみにミレイユとはあの場で別れている。
彼女は帰って食器を洗うのだそうだ。
「あの方が実力者である事くらいはわかっておりますわ」
レグルスらを屋敷に連れてきた後で食事の手配をした後、奥へ引っ込んだジュリエッタは無垢なる薔薇の騎士団の鎧に身を包んで再び姿を現した。
肩に薔薇の紋章をあしらった美麗な装飾の白銀の軽装鎧と、そして真紅のマント。
格好だけならさぞかし名のある騎士なのだろうと言ったところであるが……。
「ハッ!!!」
ヒュンヒュンと大気を裂いて細剣の切っ先が躍る。
構えを取り静止して……雷光のように鋭く突く。
(……おん?)
レグルスのフォークが止まった。
横目で見ていたジュリエッタが素振りをした所でだ。
(こいつ……)
イノセントローズについてマクベスと話をした時の事をレグルスは思い出す。
ごっこ遊びだよ、と彼女たちの活動を表現した宰相。
ただ、そういえば最後に宰相はこう付け足してはいなかったか……。
『数名、例外がいるがね』
どうやら彼女は「例外」だったようだ。
素振りをしただけでもレグルスにはある程度の彼女の実力がわかった。
中々の実力者である。
この前の帝国との戦いに混ざっていたとしたらそれなりの戦功を上げたのではないだろうか。
彼女に躊躇せずに敵兵の命を奪う覚悟があればの話だが。
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ジュリエッタ・プリムローズは常にエリートとしての人生を歩んできた。
しかし彼女が現状に満足したことはない。
常に貪欲にさらなる高みを目指し続ける。
戦闘においてもそうだ。
騎士となり剣を手にした以上は敗れることは許されない。
父の伝手で国外から優秀な剣術使いを家庭教師として招き徹底的に鍛えてもらった。
そして遂にはその教師すらも上回る剣の使い手となった。
彼女は単に己を鍛えて悦に入っているわけではない。
理想がある。自分を錬磨し続けるのは何かを成し遂げるため。
歴史を動かすような何かを。
そしてその歴史を動かすような人物として彼女はレグルスを見出したのだ。
(この御方と共に歴史に名を残すのはこのわたくし! 他の誰にも譲りませんわ!!)
……そして約束の日。
白銀の女騎士ジュリエッタと氷の魔術を使う皇女ミレイユが対峙する。
場所は都市が直営する競技場である。
広いスタジアムは貸し切られ今日はがらんとして静まり返っている。
「ルールを再度確認致しますわ。相手の意識を失わせるか参ったと言わせたら勝ちです。よろしいですわね?」
「はい」
うなずくミレイユ。
両者の間には成り行き上審判を務めることになってしまったレグルスがいる。
(こいつもほんとよくわからんな……)
表情のないミレイユの横顔をチラリと見て思うレグルス。
何故に彼女はここまでして自分の下へ来ることにこだわるのか。
「間違っても殺すんじゃないぞ。オレが発端で女が死んだとか洒落にならんわ」
右手を上げるレグルス。
ジュリエッタが構えを取る。
細剣の切っ先をミレイユに向けて腰を落として。
相手の間合いを侵略する速度においては絶対の自信があるジュリエッタ。
これは魔術師にとっては相当不利な要素のはずだ。
ジュリエッタには魔術師との対戦経験がない。
ただそれを想定した学習はしてきている。
(とにかく距離を詰めること。魔術を使うための集中をさせる間を与えないこと)
魔術の行使は視線の動き、手の動き、詠唱などから察知できるはず。
その「出」を潰す!
後はそのまま畳みかける!
頭上に上げた手を振り下ろしたレグルス。
「始め」の合図だ。
(先手必勝!!! ……ッ!!!??)
神速の刺突を繰り出すジュリエッタ。
……だが、彼女はその場から動かない。
動けない。
(やっぱこんなとこか。もうちょい勝負になるかもなと思ったんだが……)
ジュリエッタの右足の足首から下が氷結している。
氷は地面に彼女の足を固着させてしまっている。だから彼女は踏み出すことができなかったのだ。
「……………」
その事に彼女自身も気付いて愕然としている。
ミレイユはただ黙って対戦相手を見ている。
視線……ミレイユはジュリエッタの顔をまっすぐに見つめていた。
足元は見ていない。
詠唱……何もなかった。
彼女は口を開いていない。
魔力の集中……感じ取れなかった。
それほど刹那の間に行使された魔術なのだ。
何もかもが定石から逸脱している。
事ここに至ってジュリエッタはミレイユという魔女の深淵の淵にようやく立ったのだ。
覗き込んでも底は見えない彼女の魔術の才の。
勝負ありだ。
地面に固定されて移動を封じられた以上、もうジュリエッタにできる事はない。
この状況ではあとはミレイユの思うがままである。
離れた場所から魔術を連打されればジュリエッタには為す術はない。
ギリッとジュリエッタが嚙み締めた奥歯を鳴らした。
「……まだですわ!!!」
「!」
逆手に持ち替えた細剣を頭上に振り上げたジュリエッタ。
驚いたミレイユが僅かに目を見開いた。
彼女が何をしようとしたのかを察したのだ。
「あー、バカタレが」
瞬間移動のように一瞬でジュリエッタの真横に走りこんだレグルスが鞘に納めたままの剣で彼女の手の甲を打つ。
弾かれて地面に転がった細剣は凍り付いている。
同じタイミングでミレイユも魔術を使ったのだ。
「殺し合いじゃないっつっとるだろうが。物騒なことすんな。そうまでしなきゃいけなくなった時点でお前の負けだ」
(……なんつーお嬢様だよこいつは)
やれやれとレグルスはため息をつく。
ジュリエッタは……自分の足を切断しようとしたのだ。
生半可な覚悟ではない。
……何が彼女をそこまでさせるのか。
「……っ」
地面に両手と片膝を突いてうなだれるジュリエッタ。
競技場の地面にぽろぽろと彼女の涙の雫が滴った。
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ミレイユは実力者であったジュリエッタをまったく寄せ付けることなく一方的に下した。
それも彼女なりにジュリエッタを傷付けないようにかなり気を使ったやり方でだ。
この事はジュリエッタも気が付いていることだろう。
挑んだ相手に手心を加えられて敗れたという事実は彼女のプライドを酷く傷付けることとなった。
勝負の日の夜。
ジュリエッタの屋敷……彼女の私室。
豪華な椅子にふんぞり返って座っているレグルス。
その前ではジュリエッタが座って床を見ている。
「お前、前に自分がオレのものだって言ってたよな」
「……はい」
不機嫌そうなレグルス。
ジュリエッタの返答は消え入りそうなほどか細いものだった。
「あれは口から出まかせか?」
「!! そんなことはございません!! 本気ですわ!! わたくし、本気で……」
狼狽して顔を上げるジュリエッタに立ち上がったレグルスが歩み寄る。
椅子に座る彼女の傍らに片膝を突いてレグルスはその右足首を軽く掴んで床から浮かせた。
「じゃあ、これもオレのだよな?」
「……そっ、そうです」
レグルスはジュリエッタの右足首を持ったままでジロリと彼女を見上げて睨む。
「お前今日何しようとした? これに。オレのを傷付けたらダメだろうが。例えお前自身であってもだ」
「………………」
唇を噛んでジュリエッタが再びうつむく。
「……申し訳……ありませんでした。わたくし……敗北を意識してしまって、恐怖で焦って……」
絞り出すような声で言うジュリエッタ。
フン、と鼻を鳴らしてから立ち上がったレグルスが彼女をガバッと抱き上げた。
突然の事にジュリエッタがきゃっ、と短い悲鳴を上げる。
そのまま彼女の豪華なベットまで歩いていき、そこに彼女を落とすレグルス。
「レグルス様……」
仰向けにベッドに転がされたジュリエッタが驚いた顔のままレグルスを見上げていた。
その形の良い顎のラインにレグルスが指を滑らせる。
「これもオレのだよな?」
ジュリエッタの顎に指を添えたまま言うレグルス。
「そうです」
神妙な顔つきでうなずくジュリエッタ。
その豊満な胸をやや乱暴にレグルスが鷲掴みにする。
「これもだ」
「そ、そうですわ……!! 全て貴方のものです!!!」
顎をやや反らせたジュリエッタ。
頬を紅潮させて吐息を乱す彼女は何かを期待するように潤んだ視線をレグルスに向けていた。
「どーも信用できんなぁ。じゃあ今からそれをじっくりと確かめさせてもらうぞ」
ニヤリと「悪い」笑みを見せてから上着を脱いでそれを脇に無造作に放ったレグルス。
「確かめてくださいませ!! レグルス様っ!! わたくしが貴方の所有物だと……刻み込んで!!!」
抱き着いてくるジュリエッタに覆い被さるレグルス。
重なる二人がベッドに沈み込んだ。
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翌日午後、旅行鞄一つを手にしてミレイユはジュリエッタの屋敷にやってきた。
「お世話になります」
丁寧に頭を下げるミレイユ。
出迎えたのは屋敷の主であるジュリエッタだ。
「約束は約束ですわ。……ようこそ、ミレイユさん」
鷹揚に対応するジュリエッタ。
その彼女を見てミレイユは一瞬動きを止めた。
「……髪を」
「ええ、そうよ。先ほど切らせましたの。ケジメですわね……わたくしなりの」
そう言って胸を反らせたジュリエッタ。
腰まであった彼女の美しいブロンドをばっさりと切って、今の彼女はショートカットだ。
「今回は確かにわたくしの負けですわ。ですが、わたくしこれで終わるつもりはありませんので。いずれ再戦を申し込ませて頂きます」
ふふん、と不敵に笑うジュリエッタ。
その彼女を見てミレイユは不思議に思う。
……明らかに昨日よりも手強い相手になっている。
気力が満ちていて以前より隙が少ない。
昨日のあの試合の後で……短時間の間に何があったのだろうか?
「……では、次はスキンヘッドに?」
「もうこれ以上切りませんわよ!!!! っていうか連勝前提で話をしないでくださいませ!!!!」
静かに問うミレイユに対して引き攣った顔で絶叫するジュリエッタであった。