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第五十九話 試験会場がとても遠い

 筋肉に覆われた胸板を白く細い指先が滑っていく。

 くすぐったさにレグルスの背筋がぶるっと震える。


「うーん、健康そのものですね~。異常はまったくナシです」


 半裸のレグルスの胸に指先を当てたままで言うモモネ。

 これは最近頻発している彼女による健康診断である。


「当たり前だ。オレのボディは完璧だからな」


 ふふん、と鼻息を荒げるレグルス。

 だがモモネはどこか釈然としない表情である。


「完璧っていうか……。ちょっと仕上がり過ぎてません? 私と貴方が会ってからまだそれほど経っていないのに明らかに前より数レベル上の身体になってるんですけど……」


「ん? なんかよくわからんが別にいいんじゃないのか? 弱っちくなってるとかじゃなければな」


 自分の身体の事だと言うのに大雑把なレグルスだ。


「医師としてはよくわからないけどまあいいやっていうわけにはいかないんですよぅ……。もうちょっと調べますね……ハァハァ……素敵な胸筋ですよ……ハァハァ」


「ちょッ!!! 鼻息ッッ!!!」


 レグルスの身体を撫で回しつつどんどん目付きが色っぽくなっていくモモネであった。


 ……………。


「失礼しました。取り乱しました」


「別にいいけどよ。毎度そんなんでよくこれまで普通にやってこれたな」


 頭を下げるモモネの前でレグルスが上着を着ている。

 エロい展開は彼としても望むところではあるものの、モモネのこれに毎度乗っていたのでは彼女ばかりを相手にする事になってしまう。

 それはよくない……バランスは大事。


「他の男性(ひと)にはこんな事になりませんよ~。好きな人の身体は特別なんですよ。貴方だけです」


 ぶう、と頬を膨らませてモモネが抗議する。

 これまで異性とのお付き合いを経験せずにここまで生きてきたモモちゃん先生は暴走気味であった。


「ところで……」


 ふとモモネが真面目な表情になる。


「行くんですか? そのつもりならもう準備を始めないと間に合いませんけど……『天頂(ゼニス)』」


「そういやそんな時期だったか」


 言われて思い出したレグルス。


天頂位(クラス・ゼニス)』はその称号を受けるための認定試験がある。

 試験を受けられる期間は決められており一年で二週間ほどしかない。

 希望者はその二週間の間にギルドから認定試験を受ける資格をもらい会場まで自力で辿り着く必要があるのだが……。


「あの山登りはもううんざりだな……」


 戦闘職の試験会場は大陸中央部を走る山脈の『霊峰レイロード』……その頂き。

 ……とてつもない難所なのだ。

 麓から会場の神殿を目指すと十分に準備を整えた熟練者でも一ヶ月は掛かる。

 そもそも受験資格を得た世界有数と言ってよいレベルの戦士でも道中で命を落とす者が後を絶たない。

 試験を受けるだけでも超一流が命懸け……それがゼニスだ。


空中都市(こいつ)で乗り付ければいいか。ショートカットだ、わはは」


「えぇ、いいんですか……? インチキなのでは」


 流石にモモネも困った顔をする。

 確かに空中都市には高度の酸素、気圧、突風等という様々な問題に対応するための結界が張られている。普段地上数千mを標準の位置として浮遊している為だ。

 霊峰山頂の神殿に乗り込むのにはちょうどいいと言えなくもないが……。


「構わんだろ。飛んできたらダメだとかいうルールないしな」


 呑気に笑っているレグルス。


 モモネは知っている。

 飛翔不許可のルールがない理由。

 実際に飛んでいこうとする者もいるのだ。飛翔の魔術を修めた魔術師が多い。

 だが……徒歩で行こうとするよりその道のりは数倍過酷なものになる。

 霊峰上空は一年を通して猛吹雪に覆われている。そして地上よりも魔力が薄い。

 さらには付近一帯を縄張りとしている寒冷地に適応した飛竜の亜種がいるのだ。

 歩いて行ったほうがまだマシなのでルールがないだけだ。

 さすがに空を飛ぶ都市で行こうとする者が出ることまでは想定していなかっただろう。


「確かにそうかも? 期間内に現地に自力でたどり着けって言うだけですからね。ここもレグルスさんが自前で用意したと言えなくもないですし」


 何となく納得してしまうモモネであった。


 ────────────────────────────


「そんなワケだからお前ら皆ギルド行って許可貰ってこい。ゼニスになりに行くぞ」


 レグルスのそんな鶴の一声で空中都市はある大きな国の首都の近くに降下した。

 ゼニスの認定試験を受けるためにはギルドの許可がいる。

 そしてその許可を出せるような職員は大都市の支部にしかいないのだ。

 戦闘職の場合は試験を受けるに足るだけの実力を備えているのかが審査される。


 そして数日が経過し……。


「すまない。駄目だった」


 肩を落として戻ってきたのはシンラである。

 酷く気落ちしている様子のメイド服。

 まだ試験を受けるのに相応しい戦闘力がないと見なされたようだ。


「まだ早い、だそうですわ。……悔しいです」


 続いて戻ってきたジュリエッタも受験資格なし判定を貰ってきた。

 ただ彼女はシンラに比べるとさばさばしているように見える。


「今は先に進んでいてくださいませ。いずれ必ず追いついてご覧に入れますわ」


 力強く微笑んだジュリエッタ。

 王国屈指の良家の令嬢は切り替えてもう前向きになっている。


 最後に戻ってきたのはミレイユだ。

 彼女は表情にほとんど変化がないので戻ってきた時点での面相からは合否が想像できない。


「許可を頂いてきました」


 淡々と告げるミレイユ。

 ほかの二人より遅くなったのは身体検査や書類記入の為である。


「まずは第一関門突破だな。まだ入口っていうか……入口ですらないか」


「はい。ここから気を引き締めていきます」


 レグルスの言葉にミレイユがうなずく。


 ミレイユは変わった。以前とは違う。

 それはレグルスの目でもなんとなくわかる。

 母に会ってきてからだ。

 以前の彼女はどこか幻のように朧気でふと目を逸らした間に消えてしまっていてもおかしくないかのような儚さのような雰囲気があったのだが、それが今は違う。

 静謐さはそのままに、どこか重厚感があるというか……しっかりとした存在感がある。

 迷いが消えたことがここまで明確に雰囲気に出るものかとレグルスはやや驚いている。


「じゃあ今回はオレとミレイユの二人で受けてくるか」


 レグルスにとっては三度目の認定となる。

 試験内容は変わることはない。

 以前と受けた時と同じことをやらされるはずだ。

 その試験の内容は他者には明かせない。

 他言無用の規則になっている。

 破れば重い罰があるのだ。


「お、行きます? ちょうど準備できたとこですよ」


 そこへあちこちに油汚れを付けた作業服姿のベルナデットとポメ朗が顔を出した。


「なんだお前ら? 準備するような事があったのか?」


「当然でしょーが……。なんぼこの空中都市だってなんもナシでそのまま霊峰へは突っ込めませんよ。障壁(シールド)を強化したりとか内部環境調整機構に手を加えたりだとか……ここしばらくウチは大忙しですよ。けなげでしょ? こーやってウチはいっつもダーリンのために尽くしてるんですよ」


 口を尖らせるベルナデット。

 隣で「そうだそうだ」と言うようにポメ朗もうなずいている。


「そら済まなかったな。あとでアイス買ってやるぞ」


「これからクソ寒いとこ行くのに……」


 ジト目になるベルナデットであった。


 ────────────────────


 ブルーディアースが移動を開始する。

 大陸中央部を左右に分割するように走る山脈……通称『巨神の背骨(タイタンズスパイン)

 その最高峰レイロード山頂を目指して。


 その山頂には神殿がある。

 いつからあるのかもわからないほど古い神殿だ。

 こんな場所に大昔から建っているというのにこれといって傷んでいる部分も見当たらない不思議な神殿である。


 そこには女神ではない別の神が祀られている。

 旧き神々の中でも忘れられつつある一柱。

 信奉する者もほとんどなく、その名はおまじないの中で稀に聞かれる程度。

 その神の力を借りたある魔術機構がある為、ここがゼニスの試練を受ける場なのだ。


「……おや?」


 神殿の一室。

 大きな椅子にゆったりと腰かけて本を読んでいた男が顔を上げる。

 糸目の若い男だ。まるで眠っているようにも笑っているようにも見える細面の神官。

 肩まであるブロンドの長髪は襟足のあたりで束ねられている。


「これはまた……何とも珍しい方法でここを目指す人がいますね」


 窓から外を見る神官。

 だがその向こうの景色は猛吹雪のヴェールに覆われ一切が白く閉ざされている。

 それでも彼には何かが見えているらしい。


「ええ、ええ、構いませんよ。その手段を用意するのもその方の器量、実力の内ですからね」


 吹雪の空を眺めて薄く笑う神官であった。


 ………………。


 街をドーム状に覆う淡く緑に輝く障壁に無数の翼を持つ巨大生物が群がっている。

 白いボディに巨大な翼を持つ爬虫類。


「ありゃもう飛竜(ワイバーン)なんてモンじゃないだろ。……ほとんどドラゴンじゃねえか」


 見上げて苦々しい表情のレグルス。

 飛竜と言えば彼は以前帝国の皇子リヒャルトが乗ってきたものを思い浮かべるのだが、あれは翼を除く胴体部分が馬ほどのサイズであった。

 ところが今上空で群れている白い飛竜は胴体部分が巨象よりもさらに大きい。

 そんなものが胴体の数倍の幅の翼を広げているのだからその迫力は凄まじい。

 ましてそれが無数に群がってきているのだ。


「しょうがないな。ベル、ちょこっとだけシールド開けて中に入れちまえ」


 レグルスが指示するとすぐにその意図を察したベルナデットが敬礼した。


「……了解(ラジャ)。街の皆さんびびらせっぱなしなのもよくねーですからね」


「それに閉じこもってやり過ごすしかないのかと思われるのも癪だ。ブチのめしてやるわい」


 ニヤリと笑うレグルス。

 ジュリエッタたちも皆交戦に備えて武器を手に取る。


「はいじゃーいきますよっと」


 手元の操作盤(コンソール)に指先を走らせるベルナデット。

 一瞬だけシールドの輝きが薄れ、その隙に数匹のワイバーンが内側へ飛び込んでくる。


「わははは!! 刺身にしてやるぞ飛びトカゲが!!!!」


 哄笑しながら双剣を構えるレグルス。

 だが……。


 飛竜と彼らが刃を交えることはなかった。

 何故なら飛来した白い翼は次々に凍結し地面に落下していったからである。

 寒冷地に適応し寒さに強いはずの亜竜が……なす術もなく。


 ずしんずしんと地面を揺らしながら落ちて動かなくなる。


「………………」


 皆が無言で、それをやったのであろう人物の方を見る。


「すいません。少し力が入り過ぎました」


 そう言ってミレイユは静かに頭を下げた。


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