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第五十話 ケタ外れの二人

双剣(デュアルエッジ)』の二つ名で知られる傭兵業界でも屈指の凄腕レグルス・グランダリオが刺客の手に掛かり命を落とした。


 ……この噂は瞬く間に各国へ広がり彼を知る者たちには衝撃を伴って受け止められる事となった。


 落命の地であったダイレン武侠国の王ゴライアスが友人として盛大な葬儀を出すのだという。

 ……が。


「集めすぎだろうがバカ!! どんだけ人呼んでやがんだ!!」


 物陰から都の様子を窺っているレグルスが小声で怒っている。

 どこへ行っても人だらけだ。

 喪服の黒が都全体を埋め尽くしているようである。

 訪問客を当て込んだ露天商の類も数多く出てきており獣人の都は今混沌とした有様であった。


「いえ、葬儀を行うと通知しただけで誰も招待はしていないはずですわ」


 同じく物陰に潜んでいる喪服を着たジュリエッタが首を横に振っている。

 葬儀が偽装である事を知るのは仲間たちとゴライアス王とその配下……そして交流のある国の重鎮たちだ。


「じゃあなんだ、コイツら勝手に集まってきたんか。ヒマ人か」


 眉間に皺を刻んでレグルスが渋い顔をしたその時……。


「……ヤローは死んでねェよ!! こんなもんイタズラに決まってんだろうが!!」


 どこからか野太い男の叫び声が聞こえた。

 見れば大柄な濃い黒髭の男が通りのど真ん中で声を張り上げている。

 全身を分厚い筋肉で覆って無数の古傷のあるいかにもな傭兵業(そのスジ)の男だ。


「あのクソガキが死ぬわけねえ! 俺は信じねえからな!!」


 死んでない、信じない、という割には男はしっかり喪服姿である。

 叫びつつも鼻を赤らめて啜っている男。

 彼は雄叫びを止めるとガックリその場で項垂れている。

 そんな彼を数人の別の男が取り囲み慰めるようにその肩を優しく叩いていた。


「……どちらですの?」


「いや、知らん。……誰だよアレ」


 口では強がっているがレグルスの死を悲しんでいるらしい髭の傭兵。

 だが哀しいかな彼が誰なのかはレグルスの記憶にはないのだった。


「れぐるすさんちゅうのはどこのお人なんじゃろうなぁ」

「お爺さん、きっとお偉い御方に決まっておりますよ。これだけの人がいらしてるんですから」


 等と話をしている喪服の老夫婦。


「完全にオレと何の関係もないヤツもいるじゃねえか。観光イベントじゃないんだぞオレの葬式は」


 イヤそうな顔のレグルス。


「狂言でした、等と言ったら怒り狂った彼らに襲われて本当の葬式が出るのではないか?」


 喪章を付けたメイド服のシンラが皮肉げに薄く笑った。


「……冗談じゃないわ、クソッ! いざとなりゃ空に逃げれば追ってはこれないだろ」


 ドカッと路地裏の木箱に腰を下ろしレグルスが腕組みをした。


 ────────────────────────


 ──数日前。


「『闇の炎』を感知する装置だと?」


 レグルスから話を聞いたギゾルフィ。

 実際に闇の炎が動力として利用されていた時代の生き残りである老賢人。

 彼ならばそれを探し当てる手段も知るのはないかとレグルスは話を聞きにきたのだった。


「それならば作らずともある」


「む、ホントか。そりゃ助かる」


 闇の炎とは『裂け目(クラック)』と呼ばれる空間にできたヒビから漏れ出す赤紫色の揺らぎのことだ。

 優れたエネルギー源であるため古代ではこれを利用し超技術が次々に開発された。

 しかし後にその危険性が明らかになり時の権力者たちはこの力を禁忌として利用を禁じたのだ。


「禁忌とされても闇の炎はクラックから定期的に漏れ出ていたからな。まだ見つかっていないクラックを探す為に探知技術も開発された」


 ちなみに賢人王がいう事には、同じく当時に開発されたクラックを消去する技術によって大陸中のクラックは現在ではほぼ殲滅されているそうだ。


「『闇の炎』に関する物は私しか入れない部屋に納めてある。取ってこよう」


 ギゾルフィはそう言って席を立ち、部屋を出て行った。


 ……………。


 そうして彼が用意した感知器を更に小型化したものがダイレン王宮や都の各所に設置してある。

 ちなみに小型感知器を大量生産する作業に加わっていたのが……。


(ワン)もお手伝いしたっしゅ! お利口コボルドっしゅ」


 今やすっかり賢人王の助手となっているポメ朗である。


「そういやいたな、お前。もう存在を忘れてたわ」


「……あんまりっしゅ!!!!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて抗議するポメ朗であった。


 ────────────────────────


 深夜、ダイレン王宮。

 想像以上だった葬儀の訪問客への対応でこの時刻でも王宮には煌々と明かりが灯っている。

 遠目に窺えば廊下を忙しそうに行き来する官吏の姿がある。


 その様子を屋根の上から窺う二つの人影があった。

 忌まわしく冷たい雰囲気を纏った二人の男。

 黒いローブの小男……ギエランと白銀の鎧の騎士パイアスだ。


(ここまでの規模でやるとはな。……小僧が、本当に死におったのか?)


 怪訝そうに眉を顰めて下を見ているギエラン。

 彼はレグルスが死んだとは思っていない。

 それを裏付けるようにルーザーは彼の葬儀の報せに何の反応も示さなかった。

 死亡が事実でないのなら葬儀は罠だという事だ。

 彼を殺したつもりでいる者を釣り上げる気なのだろう。


(あえて乗ってやって今度こそ小僧を殺して、あの女の鼻を明かしてやるのもいいが……)


 そこはまだ決めかねているギエランだ。

 とにかく……まずはレグルスの生死を確認しなくては。


「プアーマン」


「はァ~い、お客さーん困りまーっす。ここは関係者以外立ち入り禁止っスよー」


 パイアスが鋭くギエランを呼んだのと、その女の声が聞こえたのはほぼ同時だった。


「!!」


 弾かれたように真横を見るギエラン。

 屋根の上に誰かがいる。


 あちこちにトゲトゲの跳ねたブロンドに、額にゴツいゴーグル、それから襟元にファーをあしらったレザーのジャケットを着込んだ小柄な女……ベルナデットだ。

 彼女は不敵に意地悪い笑みを浮べながら屋根に立っている。

 ……二人の魔人を前にしてまったく動じた風もなく。


「罠か。同行して正解だったな」


 低い声で言うとパイアスが長剣を抜き放つ。

 刀身に一瞬煌びやかな夜の王宮の風景が映る。

 寡黙な騎士の両眼が殺意に赤く輝いた。


「ウチの事覚えてっかァ? この前はほとんど入れ違いになっちまいましたからね」


 動力炉での戦いの時の事だ。

 ベルナデットが駆けつけてきた直後にギエランは逃走している。

 その事をギエランも記憶している。だが……。


「知るかキサマのことなど!! 悠長に小娘と遊んでやるほど暇ではないのだこっちは!!!」


 メキメキと音を立ててギエランが変容していく。

 全身が青みがかった灰色に。アゴを覆った分厚い髭は無数の触手に。

 四本の腕と無数の触手の下半身を持つ怪物へと。


「ノコノコと独りで現れおって……八つ裂きにしてくれる!!!」


 アゴのラインに並んだ触手をわしゃわしゃと蠢かせながらギエランが叫んだ。


「独り……ね。まあ気分的にはそうしてーとこですけどね」


 スッと脇へ退くベルナデット。

 そこに進み出てきたもう一人。


「流石にそこまでウチも欲張りじゃねーんで……てワケで本日の担当2号のお披露目デース」


「こんばんわ~。モモちゃん先生です」


 ヒラヒラと手を振っているのは白衣姿の半獣人。

 モモネである。

 殺気立つ場に現れるにはあまりにも場違いな雰囲気のこの女医にギエランが呆れたように表情を歪める。


「なんだ……? このとぼけたツラの女は」


「プアーマン」


 先ほどと同じく相方の名を呼んだパイアス。

 その声は一度目の時よりも緊張感を孕んだ硬質のものだ。

 ポーカーフェイスだった表情も今は眉間に皺を刻んで目を細め険しさを増している。


「二人とも桁外れに強いぞ。気を引き締めろ!」


「!!」


 相方の警告に驚くギエラン。

 剣を構えながら騎士はじりっと前方の二人に対して距離を詰める。


「私が白衣の女を殺る。……お前は小さいほうをやれ」


「誰がお手頃サイズですかこのヤロー! 慎ましやかレディと呼べなさい!」


 背中に担いでいた何か……機械仕掛けの巨大な両手持ちハンマーをぶおんと振り上げるベルナデット。

 ハンマーの一部の部品がブシューっと勢い良く蒸気を吹き出した。

 小柄な体躯に見合わぬ巨大武器を軽々と振り回すベルナデット。


 人間だった頃は非戦闘員であった為にギエランには目の前の相手の強さや厄介さを本能的感覚的に理解する能力に欠けている。

 そんな彼も今……。


「………………」


 目の前の小柄な女性が一瞬だけ途方もなく大きく見えて、背筋を冷たい痺れが駆け抜けていくのを感じたのだった。


 ちっちゃい女がでっかい武器でうねうね男を威嚇しているその横では……。

 双方邪魔にならないようにとモモネがピョーンと屋根から飛び降りる。

 出会って間もない二人に連携攻撃などできようはずもない。お互い距離を取ったほうがいいのだ。

 ボケとツッコミの間はぴったりでも戦闘ではそうもいかない。


 即座にパイアスもマントをはためかせてモモネを追ってくる。

 地上で再度両者は向き合う事となった。


「あ、ちょっと御免なさいね~……」


 靴を脱ぎ散らかして素足になるモモネ。

 そして白衣の袖を肘まで捲る。


「ハイOKですよ。お待たせしました」


 腰を落とし構えを取る。

 ……拳法だ。

 ダイレンでは極々一般的な武術である。

 国民のほとんどが嗜んでおりモモネがこれを使うこともまったく不思議ではない。


(拳法ならば対処のしようもある)


 数多の拳法使いと戦い殺めてきた魔人パイアスにとって拳法は組し難い戦闘法ではない。

 共通のクセや警戒すべき点は凡そ頭に入っている。


「……ンぶグッッ!!!!」


 ……その騎士の魔人の顔面がいきなりひしゃげた。

 前歯が飛び散り鼻はおかしな方向に曲がり鮮血が飛沫いている。


 彼女の拳が……。

 構えていたその拳がいきなり拡大されて視界に入ったと思った瞬間にはもう顔面に打撃を受けていた。

 突進からの直線の打撃だ。

 だから視界の拳の位置は変わらず対処が遅れた。

 自分の知らない動きだった。


「私の闘法(これ)は色々混じってますから、単純な拳法だと思って構えているとそうなりますよ」


「くッ……はぁ……ッッ」


 ぽつぽつと地面に赤い染みを残しながらパイアスが数歩後退する。

 顔面の傷は既に白い煙を上げ血の泡を出しつつ修復が始まっている。

 折角の初撃のダメージを回復されてしまっているのにモモネは追撃に動こうとしない。


「この人間態(すがた)でもう少し勝負にできるかと思ったが……自惚れだったな」


 呻くように言うパイアスの全身を赤紫色の揺らぎが覆う。

 その中で彼は変容していく。

 白銀の鎧と白い外套がどす黒く染まっていく。


 黒だ。

 ……漆黒の異形だ。

 その姿は言うなれば馬頭のケンタウロス。

 頭部が馬になっている人間の上半身が馬の首の部分に接続されている。

 下半身は四本足の馬だ。


 馬の頭には捻くれた一対の角が生えており、その胸部には人間だった頃の彼の面影が残る人面が浮かび上がっている。


「さて、この身体にも先ほどの打撃が通じるかどうか……試してみるがいい!!」


 胸の顔が醜悪な笑みを見せ、そして異形は前足を振り上げて雄叫びを上げるのだった。


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